日本現代詩人会 詩投稿作品 第36期(2025年1月―3月)入選作・佳作・選評発表!!
厳正なる選考の結果、入選作は以下のように決定いたしました。
■伊武トーマ選
【入選】
早川啓「街灯」
ばれっと「ぼくのみた夢」
加藤水玉「ナナミの場合」
雨音「隣の部屋では」
緒方水花里「かにばん」
【佳作】
宮本誠一「雪解けの前に」
涼夕璃「雨やどり」
水田鞠「みずたまりとかえる」
三明十種「皮膚病の犬」
石原実「ぼくは少しだけ老いたかもしれない」
■橘麻巳子選
【入選】
大西優佑「遠い皿の国」
宮本誠一「無明海」
あらいれいか「暴動」
【佳作】
大野一豪「蛹虫」
宮崎祐介「蜘蛛の糸」
永井雨「2年生」
■根本紫苑選
【入選】
落合真生「しあわせ」
深月水月「ぞあし先生」
宇都宮千瑞子「飲み込む」
嶋田隆之「プゼレント」
函はま「僕はカラオケが嫌いだ」
【佳作】
角尾舞「うすい」
芦田晋作「春がつれていった」
清澄健二郎「静謐の朝」
長澤沙也加「蟻の卵」
橘一洋「仮面の森」
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***
憂鬱な夜に咲いた花が
静かに悲しみを拭っていく
いつかの景色に
街の中で仕事をしていると
暗闇が次第に通過していく
思い出したことは喧噪の中に
いつかの思いが消えていった
今でも蘇る歳月に
その中でも感情は残っていると
静かに告げたあの人が
願いを遠くへと繋いでいく
街灯の明かりの下に
消えていたシャツが風になびき
空想の途中で終わる旋律が
次第に姿を現す
何処かへ向かおうと
思っていた日から時間が経ち
祈りを時間に変えて
そんな日々を過ごしている
いつかは終わってしまう物語が
段々と熱を帯びて
届かない思いに
霞んでいった記憶が移ろう
電柱の下のごみ捨て置き場に
散らばった破片を眺めながら
今日も通過していく感覚が
夢の中を通り過ぎていく
いつものように風に揺れて
ただ平穏な風景を描いた
その途中にあったはずの
不安は薄れていって
遠くにいた人々に対して
終わりを予感させる
誰かを殺す夢をみた
おもちゃのようなホンモノを両手でかかえて
わけも分からず撃った
撃つ気などなかったが
撃たねばならなかった
ぼくが目を閉じた瞬間に
人が一人死んでしまった
思わず持ち手をこすろうとする
あれ、そうか、許されるのか
倒れたのがどこの誰かなどぼくは知らない
知りたくもないが
ああ、夢でよかった
家族が死んだ夢をみた
その時ぼくはどこにいたか知らないが
風のうわさでようやく知った
死に方までは誰も知らなかった
どこに手を合わせていいかも分からず
空に目をやる暇さえもなかった
怒りすらわかず
むしろ同情した
悲しみはやはり諦めに打ち勝ったが
ああ、夢でよかった
誰かに撃たれる夢をみた
相手の顔も見えないまま
激痛ともつれ合いながら地面にぶつかった
まわりには多くの人がいたが
みなぼくを足蹴にして進むか同じように転がるばかりで
誰もぼくの死に様を見てはいなかった
もう考えることなどできなかったが
ああ、夢でよかった
人が殺し合う夢をみた
激しい銃撃戦とか
最新鋭の殺人マシーンとか
子どものころ心を踊らせた画面に
今となっては希望も絶望も感じる隙はなかった
あのころとは違い
ただなにもかもが現実だった
ぼくは目を覚ましたかったが
いや、そうじゃない
これは夢なんかじゃないんだ
人が死んでいる
人の手で死んでいる
正義に見せかけた抑圧でおおわれた大義名分を信じて
あるいは襲いかかるそれらに対抗して
失った手足も命も人の心も
濁流に飲み込まれてもう掬うことは叶わない
足を踏み入れれば飲み込まれてしまう
橋が壊れたのはなぜか
橋を壊したのは誰か
みんなが知っている
それでも
対岸にうまれた火種は
嫌というほど大きく燃え上がり
もうそこまで、目の前に迫っている
ああ、これは現実なんだ
これが
これが
ああ、本当に
夢であればよかった
いつもナナミは午後の三時に起きた
心の病いを患っているわけでも
夜の接客業をしているわけでもなかった
郵便局の配送センターで夜間仕分けをしている
どちらかと言うと話しをするのは苦手
誰にも会わないとひと言も発さない日もあった。
空を眺めるのは好きだったが
雲ひとつない青空はきらい
あまりにも無垢な青ばかりだと不安になる
空も雲も判別できない真夜中が好き
でも星座を覚えるほど
ロマンチストではなかった
郵便の仕分けはダイレクトメールばかり
ラブレターもエアメールが届くことはない
封を開くことなく捨てられる手紙を思うと
自分はこの世界にいなくても良い存在
そんな風に考えたときもあった
けれどもそれでは命を絶つ理由にはならない
器量は悪くはなかったけれども
恋人がいたときはなかった
それが悲しいとも淋しいとも思わない
一日中だれかと一緒にいるのは耐えられない
自分のことを一番知っているのは
ナナミ自身なのだから
今朝方に実家から電話があり
父親が倒れたという
有給休暇を申請すれば済むのだが
上司に家族の話しをするのが面倒だった
それに突然の出費は頭を悩ませる
今月はゲームの課金がいつもより多い
結局夜行バスに乗って故郷に向かっていた
父がナナミに会いたがっていると母は言う
父と母だけしかいない実家は
ナナミの暮らしより寂しいのだろうか
車内は静寂に満ちている
それがナナミを安心させる
カーテンの隙間から夜空を眺めると
天使の弓のような三日月が見えた
三日月は夜行バスと並んで走っている
お月様にも帰らなければならない
我が家があるのだろうか
そろそろ眠らないといけない
閉塞に満ちた世界は休息を必要としている
瞼を閉じるとタイヤの音だけが
規則正しく聞こえてきた
雷ほどの大きな音が隣の部屋から聞こえてくる
ごろごろと振動する凄まじい響き
隣の部屋では戦争をしている
私は耳を澄ます
何も聞きたくないけれど
そうせざるを得ない
また音がする
ドンドンと何かを叩くような
音は空洞に反響するように
鈍く低く広がって
私の世界にもひび割れを作る
隣の部屋の戦争を
私はとめることができない
私の世界が壊れても
きっととめることができない
いっそこの部屋から逃げ出そうか
でも私の世界は
この部屋の外にもあるだろうか
また音が響く
窓の外には青い空が広がる
鳥が鳴いて蝶が舞って
隣の部屋の戦争などどこ吹く風
私は耳を塞ぐ
夕方になったら
私も何もかも忘れよう
この部屋を出よう
隣の部屋が血か炎かと紛う赤い夕陽に
焼かれていたとしても振り向かない
そして買い物をして戻ってくる
その頃には
隣の部屋のすべては滅び
闇に沈んでいることだろう
壊れてた部屋の隣のひび割れた部屋で
きっと私は眠る
こんなところでは眠れないと思いながら
きっと眠る
猫のように丸くなって
目尻を濡らす涙を拭って
とうめいなかにぱんのかなしみがすいせいになっておちてきた
かにぱんのかなしみ
コンビニ棚の一番下
すいせいのかなしみ
ここは海でも陸でもない
かなしみ
かになら海にパンなら陸に
でもかにでもパンでもない
足は袋に浮いている
充填された二酸化炭素
かにはうさぎにもなれたはず
ボールにだってなれたはずだ
それなのにかに?
どうしたってかに?
かにならかにで硬い殻がほしかに
かににしてほしかに
パンならパンであんパンみたいに
美味しく人気でいたかったに
だからかにぱん千切ってバラバラ
別の何かに組み替えよう
かにじゃないから残酷じゃないよね
パンじゃないから遊んでも良いよね
ぼくらの手足も千切って遊べば
何かになれる?
何になりたい?
ラーメン? うどん? 殺人鬼?
何か言った?
ううん、何でもない
何でもないよぼくらは
なみだボトル110円です
あ、この店員も透けている
ユーレイ達とすれ違うコンビニ
地面から足が浮いている
ういうい
陸にも海にも帰れない
ぼくらは何処にいますか
コンビニに本当にいるんですか
コンビニは本当にあるんですか
かにぱんにかには入ってない がっかに
でもそれが組み替えのミソで
ぼくらの死体にも脳味噌はなくて
何でもないから何にでもなれる
とうめいなからだけがういうい
バラバラ死体をトイレに捨てた
コンビニが本当にあるかはわからなに
小麦粉或いはコンビニ或いはカニカマ?
ハカマは昔履いてたし・・・
カブトだった時もあるし・・・
カブトガニ?
サラマンダー?
そんなの本当にいたんだー?
廊下(シマウマ(横断歩道?
誰も買わないから買ってやろ
そしたらお客にはなれるかも
店から出たら何でもないし
開封したらタイフーでもないけど
かにぱん
千切って
かえる
とんぼ
電話
ロボット
人間?
のようでただのゆび
のようでただのぱん
のようで
つまらない
結局ぱんじゃん・・・
くうしかないじゃん
見つめてつぶらな瞳(のような
バラバラになったゆび
はさみ?
右足 左足 どうたい?
何かになりたかったに?
コンビニ何処にでもあるってことは
何処にでもないことですね
陸でも海でもない空に
コンビニ浮かんでいないいな
遺伝子組み替え可能なので
ぼくら星にもなれないね
かにぱん星にもなれないね
きっと
空に浮かんだかなしみが
かにぱんになっておちてきて
パッケージされたかなしみを
ガス入れて永遠にしちゃってます
(こんぺいとうなのかも・・・
嫌な感じで飾られていたからね
とっくに捨てたよ
そのイメージ
ダンボールに入れられたまま
遠い皿の国はもう
数回眠ると
粉々でわからない
とにかく私たち
正体のわからない
汚いものを舐めないと
気狂いに背骨をさすられる
カッコつけてないのにでも
気狂いはいる
粉々の印象うけとっても
吐き場さえなく
やわらかいひらがなのような背骨
初めてさすったよひらがなを
多分あの時失った夜に居て
蛍のニキビ潰して光らせたり
おつかい行ったきり
雨晒しのアイスクリーム大事に持ってたり
立ち尽くす人々口ずさむのはやはり
とにかく私たち
正体のわからない
汚いものを舐めないと
その繰り返し
そんな遠い皿の国
でもね
嫌な感じで飾られていたからね
とっくに捨てたよ
そのイメージ
なんさまたまがった
纜ばむすんで沖ば見っと貝が山んごつ
有明海の干潟んあっちにもこっちにもあるじゃなかな
普賢岳と重なって石炭より真っ黒で艶光りしとっとたい
ほんなこてたまがった
山がどんどん寄ってきて怖ろしゅうて堤防ば駆け上がったつ
干潟もぬるぬるして生き物んごつ動きだすし大木も転がりでて
ありゃあ石炭の木ばい 有明海の神様が怒らしたつ
海ん底ばやりばなし堀ったくっとはお前か
海ば荒らしてなんばしよっか 人と争ってなんばしよっか
無明たい
有明の海ん神さんが無明にならしたったい
真っ暗な海ん底より地ん底より真っ暗な無明にならしたつ
知っとるな あん海の一番深かとこには大きか穴があっとよ
そらあ広くて深かったい
石炭ば掘っち坑道ば発破でつぶすどが
まるで泣きよらすごたる音ばたてて海がしずんでいくと
おれが小さかとき親父ん船で上ばとおったったい
お日さんの加減できれいに下まで見えたばい
この世のものとは思えんほど深かった
嘘じゃなかよ
穴ん奥は暗かばってん
なんか誘いよらすごたるとたいな
こっちけ こっちけ言うて
とつけむにゃあ気色んわるうなって
親父にはよう行かんなばて泣きつきよった
そっが最近よーく夢ばみっとよ
くるーくるまわりながら吸いこまれていくとたい
いろんな顔がでてくるばい
落盤で死んだつや争議で刺し殺されたやつ
爆発で顔も見わけがつかんごつ真っ黒に爛れて死んだやつに
組合でいっしょに闘こうたつもおる
どれもこれも恨めしか目でじっーとおれば見よる
ある晩 目ばあくると海ん中におってな地鳴りがしてくっとたい
泥や砂がゆっくり動いて貝や石炭ばだれも見知らんとこに
こそっともっていきよるごたっとたい
ああおれもついに穴ん底にきたつばいね 観念せにゃならん
虹のごたるもようもちらついて
アサリやろか タイラギやろうか
黒光りして目ん中にはいってきちゃ
小そうなったりふくらんだり息ばしよるごたる
ダバばはいた女ごん衆がぐるってそっばとりかこんで
腰ばかがめち手でかきあつめよる
ちょうど真上ば船もとおりよっとやろうかね
ぱたぱた音ばたてち幟旗ば風になびかせよっとやろ
もしかすっと軍艦のごたる蒸気船とぶつかりおうて
鉢巻んほどけてしもとっとかもしれん
風が海鳴りんごつふいてきちゃ耳ばゆすってものば言よるごたる
ばってん なんて言よるかいっちょんわからんたい
おれは海ん底でおかしゅうなって
一人でわろうとると
まるで誰かが読んでいた続きを持つように
ひとつ息をのむ ひとひらが、ふっと反転する
白線の胎動よ、屐声と馳せ来し
未生の律動をもて游ぶこの手
域をひらいた軛をほどき
舞いあがり地にかえる
ただ、どこまでも うつろう
その足はなにか求めている
躰より魂は 一歩分 まえを行く
そう 夜がね、一度くると 二度と帰れない
半磁器のからだはひんやりと似合うかしら
どうして?
そう聞かれることがある
でも、海辺のまちに住むあなたは
むかしから大した理由はない
頬をかすめ あしうらに纏わる
それだけ うなづくと 遠ざかるから
疑卵ではどうしても 強度が欠けるの
汚損したガーゼに被覆した指を折りながら
ようこそ、ようこそ、まもなく。葬列だ
はぢけるように 予測不可能な軌道をえがく
みづをうしない しんのようにかわく
不揃いな歩幅よ いまは無垢の破片と
この形が、私の死であり、あなたの手であり
めがさめる
きずくとあるく
そらはあおい、
しろい砂浜はなぜか
くもひとつない火もあれば
とつづく。坊や、
あんたも〝さがしてる〟口かい
しるよしもなく
おもいだせないその先に
かすんでしまい、
黙りこんだ自分は。
それから
象徴はねむる藻のように 深くなる
くろい脈が ながれるよ くさりちぎり
カゲは星々がいきを吸う 壁へ爪をそらせ
風が生る。きれいに片付いている
陶器の皿には なにも乗っていない
わずかに弾むなか 花の茎 一房
いまやさき いまだくもなく ひかり
なにもない
田舎の
古びた
一軒家
母の美しい発狂のなか
僕は生まれた
産声は
時に青く
時に黄色く
僕のあたりを照らし
母の胸元が熱い
父の泣き顔が熱い
今は何時だ?!
今は何時だ!?
元気な男の子ですよ
ありがとうありがとう
この子がずっと幸せでありますように
火花のように言葉が散る
元気な何時ですよ!?
今は男の子とう?!
今はありがとう!?
今は何時であります
こ男の幸せ
ありが元気だ?!
元は男の子ですよ
男の子でありがとう
この男の子
この子がずっと幸せ
この子がずっと男の子でありますように
この子がずっと幸せでありますように
火花のように言葉が散る
ずっとずっと散る
私の中に
私は元気な男の子
私はずっと男の子
私は幸せ男の子
「──はい、
これは先生のあだ名です
どういう意味だか分かりますか?」
中学生になって最初の家庭科の時間
黒板に書いたあだ名を指しながら
先生がどんな顔をしていたか
ぜんぜん思い出せない
ほら、と
教壇の端までゆくと
どすどす足を踏み鳴らして
象みたいでしょう、足首がなくて
タイトスカートから伸びた足を
見せつけるようにもう一度鳴らせば
どっと男子が笑った
女子はくすくす笑って
多分、わたしも笑ったはずだ
おぼえてないけど
先生も、きっと
ねえ先生、わたし職場で
事務の女性だけが事務服を着る事になって
カタログに載っているスカートが
全部ひざ丈なのがどうしても嫌で
上司に直談判したんだ
パンツスーツも許可してくれって
足踏みしてみせた
あの日の先生みたいに
どすどす、
「こんな太い脚、出すの勘弁して下さい
私みたいなおばさんにはキツいですって」
くびれの無い腹もおまけに叩いてみせたら
三つ年上の男の上司は爆笑して
ころりと許可してくれた
女子はスカートでしょって
ずっと怒っていたくせに
ねえ先生、
わたしその時、
一頭の象だった
なにひとつ面白くなかったけど
一緒にげらげら笑って
先生みたいに踏みしめてたんだ
家庭科の授業なんて
苦痛でしかたなかった
裁縫も料理も習う意味がわからなくて
通知表は三年間、評価が2だった
授業の内容は何一つ思い出せない
だけど
先生の足踏みだけはおぼえている
あの日
教室にあふれた笑い声と
同じものを聞くたびに
象のように踏みしめながら、
今も
広くなったベッド
白さが倍に見える
ベッドの中央に 長く黒い髪の毛
娘が落としていったもの とっさに口に入れる
まだ47歳 体温が残るベッドを何度も撫でる
「お母さん」 私を呼ぶ声が聞こえる
飲み込んだ髪の毛 こんなに黒く輝いているのに…
窓から新しい今日と言う日が 差し込む
ベッドの真っ白さが際立つ
枕があったあたりに もう一本 髪の毛
とっさに、また、飲み込もうとしたとき
その白さに唖然となる
髪の毛は長くて全てが 白い
大きく口を開け 持ち上げた髪の毛を再び
飲み込もうとする けれど
手が震えてうまく喉に入り込まない
黒かった髪の毛は
苦しさと悔しさで色を変えてしまったのか
残してくれた髪の毛が私は 愛しい
私の胎内に入れることで
娘の体の一部がずっと 私の中に残る気がする
喉ちんこに引っ掛かりながら それでも
私の食道を通り 心臓に絡みつきながら体内を一周する
永遠の命など ない
でも、けれど、体の一部を飲み込むことで
私の命がこの世にある限り 娘の命も存在する
暖かなお茶を喉に入れ込み 体を温める
娘の命に 温度が加わって暖かい
たった二本の髪の毛を飲み込んだことで
私は 娘の命を継承した気が する
どろんとした唾を 飲み込む回数も 増えた
「はい、おてまみ」
そう言って渡されたのは
折りたたまれたチラシの切れ端で
開くと裏には連なる不思議な模様で
もう一枚のチラシの裏には
色鉛筆で描かれた赤いリボンの女の子
「これ、なあに」と聞く僕に君は
「プゼレント」
と笑った
そんな君が今日
黙って僕の前に置いたのは
小さな紙袋がひとつ
「なに、これ」と聞く僕に君は
「割と有名なクラフトビールらしい」
と小ぶりのビール瓶を出し
「アテにもなるし、ご飯に乗っけてもおいしいってさ」
とラベルを見ながら瓶詰を二つ並べ
並べ終わるとすぐに
関係ないね という顔に戻り
後はご自由に という足が階段を上り
あっという間に部屋の戸が閉まり
いつもどおりの 何にもない夜ばかり
「おてまみ」はないけれど これは君からの
「プゼレント」
さっそく僕は そっと
そうっと栓抜きに力を入れ
折れ曲がらぬように力を込め
傷がつかぬように力を込め それでも
少し曲がってしまった王冠を
つまみあげ 裏も表も眺め
瓶詰と並べて置いて
コップにビールを注ぐ
「プゼレント、プゼレント」と
小さく笑う泡の向こうで
大きな赤いリボンの女の子が
あっちをむいて きっと
笑っている
僕はカラオケが嫌いだ
だって、それっぽいことをそれっぽく歌ってるだけじゃないか
みんな電波と気を遣って 無難な曲を探して
場を盛り上げたり 思ってもない愛を歌ってみたり
何が楽しいんだろう?
僕はカラオケが嫌いだ
僕には 万人受けする十八番が存在しないから
ちょっとでも道が外れれば
集まりそうで集まらない冷ややかな目線
自分の好きなの歌っていいんだよ、って
お世辞じゃないのは知ってても
お世辞にしか受け取れない僕と そうさせてる空気が嫌いだ
僕はカラオケが嫌いだ
音楽を奏でるのは好きだし 歌もそれほどコンプレックスじゃない
でも 社交辞令みたいなカラオケは
工場のライン作業みたいに無機質な感じがして身体が縮こまる
あ…ごめん。選曲ミスったわ。
声帯で音階を出力しながら 申し訳なさで蛹に閉じこもる
僕はカラオケが嫌いだ
自分が型から外れた人間であることを これ以上認識させられる機会はないから
1人で過ごしたいな その気持ちは無視できないけど
その空気の中で ありきたりみたいな音の中で 不可能なのは知っている
やっぱり僕は外れた人間なんだね この部屋から出ようかな
部屋から出たところで 充てはないし 実際出たくはないかもしれないけど
好きなもの同士 同じもの同士
それは楽で 有機的で のびやかだ
でも抑えられない 社会に属したいという欲
だから無理しちゃう 無理してまた、カラオケが嫌いになる
外の空気に帰ったら まずは溜息
選曲ミスってごめん……。呟きそうになり、心にしまう
カラオケ、好きになってみたいな。
■伊武トーマ選評
【入選】
・早川啓 「街灯」
・ぱれっと 「ぼくのみた夢」
・加藤水玉 「ナナミの場合」
・雨音 「隣の部屋では」
・緒方水花里 「かにぱん」
【佳作】
・宮本誠一 「雪解けの前に」
・涼夕璃 「雨やどり」
・水田鞠 「みずたまりとかえる」
・三明十種 「皮膚病の犬」
・石原実 「ぼくは少しだけ老いたかもしれない」
【選評】
伊武トーマ 選評(36期全体)
幅広い年齢層の方々から多様な表現が届きました。思い悩み、もがき苦しんだ痕跡が傷となって刻まれた作品。真逆に、羽ばたく言葉と響き合い、言葉に導かれるまま書かれた作品……相反する極端な例を挙げましたが、やはり表現は二律背反という単純なものではなく、複雑であるものだと思い知らされました。そんな2で割り切れない作品の中から、今期はミニマムで具体感がある作品を中心に選出しました。
【入選】
■ 早川啓 「街灯」
言葉による造形・空間構築が見事でした。動き、パースの切り替えが、複雑でありながらも外れることなく絡み合い、重曹的な詩空間が成立しています。詩空間に流れる空気に奥行きと透明感、薄っすら漂う色彩豊かな歌を感じました。
■ ぱれっと 「ぼくのみた夢」
羽ばたく言葉に導かれるまま手が動く臨場感があり、ストレートな表現でとてもみずみずしく、作者の息遣い、声が間近に聴こえて来そうな……素直さゆえ、とても強い作品です。
■ 加藤水玉 「ナナミの場合」
淡々とした語り口のうちに、どこか自分自身を突き放している〝ナナミ〟が、じわじわリアルに迫り来ます。ホラー物が恋愛物に一転するような、「瞼を閉じるとタイヤの音だけが /規則正しく聞こえてきた」最後の2行が秀逸です。
■ 雨音 「隣の部屋では」
傍観者でしかないがゆえの平和。裏腹に当事者でないがゆえの簡単に言葉にできないもどかしさ……せめぎ合いながらも、あれこれ探りを入れることなく、正面切って直球で対峙する表現者の姿勢に、深く感銘しました。
■ 緒方水花里 「かにばん」
〝かにばん〟から宇宙を席巻するかの如き、描写と問いかけの絶妙なコラージュ。リズミカルでキッチュ、ぐんぐん加速する詩空間に、草間彌生の無限増殖する水玉と対峙しているような……とてもヴィジュアルでポップな作品です。
【佳作】
■ 宮本誠一 「雪解けの前に」
オンダーチェの「イングリッシュ ペイジェント」を思い出しました。ひりひりした痛みと夢の情景が交差し、実は、痛みの主体こそ鏡の向こう、夢の中にあるかのような……具体感がありそうで掴みどころがない、不思議な詩空間です。
■ 涼夕璃 「雨やどり」
〝人間〟という樹。その傘の下で雨やどりする、地べたに落ちた樹の実たち。降りしぶくのは悲しみの雨でしょうか……等身大の作品であるがゆえ好感が持てます。
■ 水田鞠 「みずたまりとかえる」
いきなり顔に冷たい水をひっかけられたように「みんなの水たまりにはどんなカエルがいるんだろう。」この最後の一行にはっとさせられました。遠くから微笑みかけるようなまなざし、とても好感が持てます。
■ 三明十種 「皮膚病の犬」
言葉のエッジが立つ、硬質なマジック・リアリズムとでもいうのでしょうか。短い作品ながらもざらっとした触感があり、タイトル通り、あたかも鼻腔を突く腐臭が漂っているような……犬の実在感があります。
■ 石原実 「ぼくは少しだけ老いたかもしれない」
平明でありながらも心地良く、往年のフォークソングを聴いているかのようでした。〝老い〟をテーマにしていても澱みなく、清く流れる川のような作品です。感性というのは、年齢と関係ないものなのかもしれません。
■ 橘 麻巳子選評
【入選】
「遠い皿の国」 大西優佑
「無明海」 宮本誠一
「暴動」 あらいれいか
【佳作】
「蛹虫」 大野一豪
「蜘蛛の糸」 宮崎祐介
「2年生」 永井雨
■入選(3篇)
「遠い皿の国」 大西 優佑(オオニシ ユウスケ)
□選評
ことばを繰り返すことは、どこか呪文のような効果を与えることがある。「その繰り返し」と最終連で書かれているように、作品世界の反復とことばそれ自体の反復がぴたりとリンクする感覚だ。
冒頭、小さなものを摘まみ上げるような慎重さを孕む最小限のイメージは、その〈正体〉を現すことなく三連目にして場面の嵐に飲み込まれる。そこでも、あえて不穏な印象を読み手に与えながらやはり「嫌な感じ」の実体は隠されたままだ。そこが良かった。めくるめく場面の後の四連目、何事もなかったかのように「とにかく」と始まる箇所の恐ろしさに竦んだ。
「無明海」 宮本誠一(ミヤモトセイイチ)
□選評
誰が、誰に語っているのか。その問いよりも語り全体の力に引き寄せられた。語り手である「おれ」はヒトではないのかもしれず、最終連に出てくるような「風」や「海鳴り」に近い存在かにも思え、死者とは直接的に指さないでいる描き方が一層異世界への繋がりを感じさせる。
最後の「一人でわろうとると」の一行は、読者をも「おれ」自身をも続いてきた流れから突き放すようだが、同時に多くのものを受け入れるかのような悟りの姿勢にも映る。
優れた語りというのは自立しており、解説などあまり必要としないのかもしれないと感じる。
「暴動」 あらいれいか(アライレイカ)
□選評
人間の欲の中に潜む〈統一〉という誘惑から逃れた、または、あえて闘おうとした作品だと受け取った。キーワードは〈断片〉だと思った。作者はこの作品で、世界を断片的に書き出し、その総体は普段わたしたちが〈統一〉的に知覚するものを遥かに超えているようだ。
全体の、いわゆる均整という意味でのバランスよりも、ことばの連続性あるいは非-連続性の内在する力に振り切った点により、ことばそれ自体の暴れ回る力が大いに解放されている。
■佳作(3篇)
「蛹虫」 大野一豪(オオノカズタカ)
□選評
「好きなおにぎりの具は神話」「太陽の角を掴み説教する」。
これらの行はシュルレアリスムのような取り合わせの効果にも見えるが、名詞それぞれが結びついた瞬間の驚きでは終わらない。一行からでも物語を導きそうな想像の余地が、放り投げられたように残される。作者の手付きは、逃げていく光を連想させる。
個々のものの日常の役割が取り外され、同等な存在として優雅に並べ直されている。勢いと不規則なリズム。小気味よさを感じさせる全体の配置が印象的だった。
「蜘蛛の糸」 宮崎祐介(ミヤザキユウスケ)
□選評
〈不安〉という感覚は、どこか実体のないものとしてわたしたちに纏わりつく。その中でもがいたり、途方に暮れたりする。しかし、この作品における〈不安〉は語り手自身とまるで同等の存在であるようだ。(「あなただけが、頼りです、不安よ」)
さらに興味深いのは、作者は〈不安〉への評価を下していないらしい点だ。その評価を下さないという宙吊りな姿勢自体が、蜘蛛の糸と重なっている。
芥川龍之介の小説とタイトルは同じであり、使うにはかなりの思い切りも要るかもしれないが、充分にオリジナリティを発揮したと言えるだろう。
「2年生」 永井雨(ナガイアメ)
□選評
「似ている」「ずれていく」「見える」。ものと認識との、想像力を介したまぼろし、また時間の流れへの驚きを、作者は知覚を基にする〈事実〉の提示によって表す。
「一方的に/僕はほんの少し、やせて見える」という二行が入ることで、視野は「僕」自身を俯瞰的に見下ろすあたらしさを見せ、「宇宙」というスケールへ一気に読者を誘う。しかも、その宇宙に辿り着くためにはそれまで続いてきたコマ送りのような覚醒的な認識では行けず、無意識の領域へと繋ぐ眠りが必要なのだ。この流れが見事な暗転だと感じた。
■根本紫苑選評
にもかかわらず、それでも、詩を書く。いったいその原動力とは何でしょうか。幅広い年齢の、多様なテーマの作品に出会えて、とても魅力的で刺激的な時間を過ごすことができました。なるべく、詩歴は参考にしないようにしています。
今は、AIが代わりに作品を書いてくれたりもする時代なのですが、もし、AIに書かせたとしても、私にはそれを見抜く力などありません。また、人の作品を真似たとしても、やはり、私には分かりません。ただし、これから詩を書き続けたい、投稿を続けたいと思うのでしたら、ありふれた表現でも良いので、自分のことばで書いてみてください。
【入選】
落合真生/「しあわせ」
いのちの誕生の瞬間の緊張感や感動、そして祝福のことばが飛び交う中、我が子のしあわせを祈る親のことばはだんだんこどもを縛り付ける呪縛のように変わっていきます。最初はこどもが生まれる場面での普通の会話の「今は何時だ!?/元気な男の子ですよ/ありがとうありがとう」を、「今は男の子とう?!」「こ男の幸せ/ありが元気だ?!/元は男の子ですよ/男の子でありがとう」「この子がずっと幸せ/この子がずっと男の子でありますように」などなど、文章を壊して並び替えて、雰囲気は祝福から一変して呪のようなことばが繰り返されます。今回読んだ作品のなかで、この作品ほど興味をひかれたものはありません。
深月水月/「ぞあし先生」
性別を問わず、わたしたちの尊い身体は、人に笑われるために存在するものではない。「女子はスカートでしょ」の、差別的で偏見的で無責任で知性の欠片もないことばは、今までどれだけ多くの人々の心を傷つけてきたのでしょう。しかし、依然として未だに横行することばでもあります。スカートの下に伸びるスラリと細長い美脚を見せびらかして、周りの男性の欲望を満たすことができる人よりも、そうでない人のほうが多いが、そうでない人は、自分を笑い者にしながら、社会に受け入れてもらえるしかない。ぞあし先生と話者の足踏みと笑い声が聞こえてくるようで、とても印象深い作品です。
宇都宮千瑞子/「飲み込む」
47歳でなくなった娘を思う母親を描いている作品です。ベッドに落ちていた一本目の黒い髪の毛からまだ若かった娘の死を悼み、二本目の真っ白い髪の毛から娘の苦しさと悔しさに気付きます。その二本の髪の毛を飲む込むことで、娘の命を受け継ごうとする母親のすがたが淡々と描かれています。
だが、偶然髪の毛が口に入ったときの違和感を思い出すと、ほかでもなく髪の毛はなかなか飲み込むことが難しく気持ち悪くはないかと思ってしまう。読んでいるうちに私ののどちんこに髪の毛が絡まっているかのような感覚を覚えました。最後の、「どろんとした唾を 飲み込む回数も 増えた」から、生への意志を感じます。
嶋田隆之/「プゼレント」
こどもはよく言い間違いをしますね。単語の最初と最後の文字だけ正しくて、真ん中あたりが順番が逆になったりもします。私の娘もよく「エベレーター」と言っていました。
この作品で「おてまみ」と「プゼレント」を渡してくれた「君」は、きっと4〜5歳くらいかな。それが、すっかり大人になって今度はビールを渡してはさっさと部屋を出ていってしまう。「おてまみ」もなく、「プゼレント」も言わなくなったけれど、話者にとって、「君」から渡されたものは一生、「プゼレント」なのでしょう。こどもの成長にすこし寂しさも感じつつ、変わらない愛情をそそぐすがたがよく描かれています。
函はま/「僕はカラオケが嫌いだ」
1月に、最初にこの作品を読んだときから、ずっと気になっていました。
私も大勢でカラオケに行くのが嫌いです。でも、歌うのは好きです。でも、万人受けする曲など知らないので、いつも選曲をミスってしまいます。大勢の中で誰一人の共感も得られず、ひとりで歌って、ひとりで盛り上がって、曲が終わって、シーンとなることって私だけですか?それともよくあることですか?
話者は「僕はカラオケが嫌いだ」とずっと叫んでいて、でも、最後は「カラオケ、好きになってみたいな」と締めくくります。その正直さは良いですね。話し言葉で、友達に話しかけるように淡々と思いを述べる。この書き方のおかげですーっと詩の中に入っていくことができました。また投稿してくださいね。
【佳作】
角尾舞/「うすい」
昔の話ですが、泥酔して乗ったタクシーを降りるとき、投げ出されるように降ろされたことがあります。(単に、足がもつれただけだったのかもしれませんが。)私はそのまま地面に激突して、膝と手のひらを擦りむいてしまいました。この作品は、当時の私を思い出させます。
「餃子の皮もトルティーヤも/わたしを包んではくれない」。でも、だからって、肉まんのうすい紙は「ちょっと濡れていて/すきじゃない」。さて、飲むしかないですね。餃子の皮やトルティーヤ、肉まんのうすい紙など、滑稽でありふれた身近な素材でうすさと頼りなさをよく表しています。
芦田晋作/「春がつれていった」
芦田さんは、3作を投稿していますが、どれも不思議な書き方で魅力があります。その中で「春がつれていった」は、なにかしら隠された物語がありそうですが、なかなか全容は掴めませんね。金木犀香る、春の夜のできごと、なのでしょうか。想像が膨らんで、ことばの向こうを覗き込みたくなります。「よく考えたうえで」では、新宿駅の雑踏の中で途方に暮れるすがたが浮かんできます。
清澄健二郎/「静謐の朝」
最初に読んだとき、いいえ、何度か読んだ後も、「カナブンの足だとか/熟して落ちた桑の実だとか」を運ぶのは、朝通学路でたまに見かける、ゴミを拾うおじさんのような人だと思っていました。たった今、選評を書こうと読み直してやっと、これは蟻なのだと気付きました。せっせと食糧を運ぶ働き蟻と、その傍らに横たわって死んでゆく虫(蟻)。働き蟻はかつての仲間だった蟻の死骸を見つけて、どこへ運んでいくのでしょうか。生も死も早朝のように静かで、満ち足りていて、心地良い沈黙です。
長澤沙也加/「蟻の卵」
不覚にも、蟻が被ってしまいました。蟻の卵は食べられるそうですね。
この作品は、なんでも瓶に詰めてしまう母親とわたしのお話です。少々散漫なところもありますが、瓶に詰められた蟻の卵の描写はとても興味深いです。本当にニンニクの匂いがするのでしょうか。蟻の卵のイメージが強烈過ぎて瓶詰めされたわたし?(わたしたち?)にはあまり視線がいかないですね。
橘一洋/「仮面の森」
橘さんの投稿作品は「方言の森」「睡眠の森」「仮面の森」の3作ですが、この中で「仮面の森」が面白いと思いました。人の仮面を見つけてはしげしげと見つめる、という行為がなんとも言えないほどおかしくてグロテスクです。究極の仮面、つまり自分の仮面に出会ったものは消息がわからなくなるらしいですが、その後どうなったのかが気になります。