詩投稿欄

詩投稿作品 第23期(2021年10-12月)入選作・佳作・選評発表!!

詩投稿作品 第23期(2021年10-12月)入選作・佳作・選評発表!!

日本現代詩人会 詩投稿作品 第23期(20211012月)
厳正なる選考の結果、入選作・佳作は以下のように決定いたしました。

【選考結果】
■片岡直子選
【入選】
浅浦 藻「草原」
帛門臣昂「舟曳き」
涼夕璃「あの部屋」
守野 麦「干からびたクラゲの骨」
竹井紫乙「幸福な果物」

【佳作】
あさとよしや「おんぷう」
絶ツツツツ句「晩の夢」
新島汐里「触れる」
佐名田纓「距離」
若杉有紀「円形の窓」

■上手宰選
【入選】
竹井紫乙「幸福な果物」
吉岡幸一「雪宿り」
秋葉政之「海とぼく」
雪柳あうこ「彼女」

【佳作】
シーレ 布施「病院、水の中」
よしおかさくら「闇」
中山祐子「やさしいひと」
木葉 揺「せんべい」

■福田拓也選
【入選】
シーレ 布施「濡れる果実」
木内ゆか「【気密のアフロディテ】」
泊瀬「ひらめき」
関根怜「海を探して」
水城鉄茶「眼の指」

【佳作】
勝部信雄「夏」
青山誠「極夜」
紫村伊織「同じ理由で再び現れる強気な現象について」
中マキノ「溢排」
浅浦 藻「十一月二十六日(金)」

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浅浦 藻「草原」

 あまりに永い時を過ごしてしまったため、皮膚とヘッドホンは癒着し、耳を覆う丸い蓋をつなぐ部分には血が通っていた。重低音はリズミカルに鼓膜を圧迫し、やがて血管まで拍動させた。心臓の拍動は徐々に弱くなりついにはその役目をヘッドホンにゆずった。ずっと音がしている。もとはと言えば空気の振動、砂漠の砂から空気の抜ける音がアフリカ大陸を超えてヒトの心臓を拍動させ続けていたのである。神秘と言ってしまえば違いない。しかしあまりに心細かったのだ。永久機関など存在しないから母の胎内をくぐるたび、アフリカ原産の絶対的拍動を少しづつ産道に置いてきている。少しずつずれる(いつかまたあの草原に立ったとき、そこにすら拒絶されたらどうしたらよいのだろう。もうだめか、まだだめか。砂漠の音が聴こえる。でも帰りたかったねという小さな声が聴こえた。仕方ないね。ヘッドホンを手に取る)。弱くなる心音。ならばたしかな鼓動を。より力強く、大きなうねりの中で。『空気の振動に感情移入できるの。愛おしいね』拒絶でも乖離の旅でもなくあの場所に帰るための道だった。もっとたしかな繋がりを(というより、感じたかったのだ、手触りとして。血液のまわらない頭で夢を見よう。鼓膜ではないものも確実にふるえている。根底の風)。かくしてヘッドホンがヒトの心臓と化すのは何の不思議もなかった。私はそっとシルクロードの終着点に降り(後ろの草原をすこし振り返って)、白昼の雑踏へ歩き出した。

 

帛門臣昂「舟曳き」

冬の月に絡まって
二進も三進も行かない

自らの光の重みに耐えきれず
降りてきた星々は街灯になった
星の不在
夜空の果てまで
元来の闇に溶けてしまった

僕は行くところまで行き
来るところまで来たらしい

向こうから
女が舟を曳いてくる
苦しそうに
行く先の潮騒を願っている
佇むしかない僕へ
女は言った
「あんたの舟よ、あんたの舟」
とはいえ僕は動けない
ただ微笑んで
指差す
冴えて引き締まる
冬の月を

女が舟を曳いていく
山の方へと曳いていく
街灯が抜き取る女の影が短い
舟の重みを必死に耐えて
地上を進んでいるからだ

街灯が昇り始め
星に戻ってゆく
冬の月 真っ青に
僕からほどけて
どこまで行って
どこまで来たかが
わからなくなる暗さ

復活の星空
固まりきらない青い月を
今度は
僕が曳かねばならない
 

 

涼夕璃「あの部屋」

余分なものは置いていない部屋だった
そのくせ出し忘れたゴミ袋が
玄関のすぐ横の台所に増えていくのを来る度確認した
手を洗ったあとティッシュで拭く私なので
5箱セットのやつを洗面所に置き始めてくれたのは
1度目の秋辺りから
トイレには小窓がありいつも開いていたので
寒くなるとドアの隙間から漏れる冷気に震えながら手を洗っていた
ワンルームなのに結構広くて
しかし掃除をしない人なので足の踏み場に苦労した
西奥にある洗面所から爪先立ちで
散乱している捨てていない物の隙間を狙って
でも何故か東側に置いてある時々鳴る小さな冷蔵庫の付近は
きちんと綺麗にしてありそこを経由していつもの場所
私の座る位置にたどり着いていた
床から随分と離れている丈のうんと短いカーテンの下から
太陽がくるので肌が焼けるのをいつも気にしていた
そんな私を後ろからすっぽりと包み込みながら
ぽつぽつと言葉を発していた彼の体温はとても心地よく
ゆらゆらと揺られながら固まった心が柔らかくなり
穏やかに色づいていった
春も夏も秋も冬もそうしていた私達の真向かいには
背の低いテーブルがあり
その上に置いてある私のあげた小さな犬のぬいぐるみが
笑いながらいつも見守っていた

ずっとここにいたいと思った
ただいまとドアを開けて
いってきますとドアを閉めてた
ずっとここにいれると思った


今でもまだ鮮明に思い出すことができる
バスルーム以外あの部屋の全てを


まだ誰のものでもないあの部屋には
きっとまだ
ふたりの欠片が落ちていて
大きな窓からふんだんに差し込む陽を浴びて
今頃キラキラと光っているのだろう

 

守野 麦「干からびたクラゲの骨」

十年のあいだ
壁に画鋲で留めていた
クラゲの骨は
西日に晒され
すっかり干からびた

風が吹くたび
干からびたクラゲの微細な骨が
ひらひら舞って
はらはら落ちる

画鋲を外して片付けもせず
生け簀に戻してふやかしもせず
月夜の晩にひっそりと
土に埋めてやることもせず

風が吹くたび
はらはら落ちる
その音だけを
聞き続けてきた

十年目のある日
落ちた骨を一つ摘まむと
干からびたクラゲは
刺しもせず
崩れもせず
指の先にじわりと
浸み込んで消えた

呆然として
指の染みをかざすと
喉の奥で
たぷんと水音がする

十年のあいだ
ひらひら舞って
はらはら落ちた
クラゲの骨は
深い溜め息を吐くたび
大きく吸われて
浸み込んで
いつしか私の
肺の中に住んでいた

誰も見たことのない
干からびたクラゲの骨は
いま
誰も見ることのない
私の肺の中で
私と呼吸を共にする
生きるクラゲになっている

 

竹井 紫乙「幸福な果物」

あかるい雪の日に「をゐめ」が届いた

届く前に送り主から手紙が送られてきていたが
住所を間違えて記入したこと
氏名の漢字も間違えて記入したこと
中味が「をゐめ」という果実であること
が書かれてあった

その手紙を読んで何とも言えない
やや不安に近い心持ちになった

長らく会っていないひとからの「をゐめ」なのだ
「をゐめ」が高価であることはわたしも知っている
「をゐめ」をいただくのだって初めてというわけではないし
だいたい「をゐめ」なんて
こうふくなひとだけが誰かに送るものだってことも

間違いだらけの送り状なのだから
いつ届くのかそれとも届かないのかさっぱり予想もつかないので
いったん忘れることにした
そう思った次の日に
送り主からまた手紙が届いた

「をゐめ」らしく
《あなたとの思い出は最上のものです今でも》
などと書いてある
「をゐめ」はずいぶん深くて濃いものらしいことがうかがい知れて
心臓に悪い
返事を書こうかどうしようか迷っているうちに荷物が届いた

配達員の方がほうぼう尋ね歩いて
やっとの思いで届けてくださった
住所も氏名も間違っているのに
「をゐめ」は正しく我が家にやってきたのである
「をゐめ」には執念も含まれていたのだ
心臓に悪い

食べ頃の案内が同封されていてそれは3日後であった
いただく前に礼状をしたためた
《「をゐめ」は遠慮なく平らげておきますね。「をゐめ」上等。》
送り主からの返事は
《なにも考えずお召し上がりください。そしてなにもかも忘れてください。》

隣の部屋で「をゐめ」の香りが深く濃く充満している
《あなたとの思い出は最上のものです今でも》
わたしの最上は一体どれだったろうか
こうふくで仕方がなかった瞬間にスキップをしていた
夜の公園で何度も何度も
ひとりで

「をゐめ」をテラスで食べていると
天使が喇叭を吹きながらやって来て祝福を授けてくれる
その口元から涎が垂れたので
「をゐめ」の最後の一切れを
天使と分け合った

 

吉岡幸一「雪宿り」

銀行の前で雪が止むのを男が待っていたら
金を出し入れする人々に混ざって鬼がひとりいるのを見つけた
鬼はまっすぐにATMに向って画面を操作していた
男は驚いて口を押さえながら鬼の様子を硝子越しに眺めていたが
誰も鬼がいることに気づかないのか見向きもしていなかった

鬼は紅蓮色の顔をして頭から二本の角を生やしていた
スーツを着ていたが見れば鬼だということくらいすぐにわかった
ATMの操作が理解できないのか手を挙げると係員がやってきた
鬼ということを気にすることもなく丁寧に教えていた
プロのなせる技と感心してみるが違和感がぬぐえない

銀行から出てきた鬼はうらめしそうに降る雪を見上げた
男の横に並んで立って雪が止むのを待っていた
乱暴を働きそうな気配もないので男は逃げずにいたが
乱暴どころか鬼は今にも泣き出しそうな顔をしていた
黒い瞳には涙が溜りズボンを破きそうな脚は小刻みに震えていた

「雪に濡れると体が溶けてしまうのです」
鬼は躊躇いながら話しかけてくると男の顔をのぞき込んだ
雪に濡れても溶けない人間の男の雪宿りが不思議だっただろう
なら天気の良い日に外に出ればと思っていると通じたのか
「家賃の支払期日が今日までなのです」と鬼は呟いた

鬼ヶ島に借りている一軒家の家賃は銀行振込みで
銀行のない鬼ヶ島から月に一度やってきているのだそうだ
鬼は鬼ヶ島以外に住む場所はなく追い出されては困るといった
かつて村々を襲い財宝を奪った姿はそこにはなく
街の片隅で卑屈なまでに頭をさげる鬼がそこにいた

雪が止みそうな気配はなく男は右手で頭を押えると
銀行の軒下から出て近くのコンビニに走り込んでいった
すぐに傘を買って出てきた男は銀行前の鬼の元に戻ると
はにかむように俯きながら鬼に向かって傘をさしだした
丁寧に頭を下げた鬼は受取った傘をさして街中に消えていった

気づけば鼻をつまむほどの獣の匂いが銀行の前に溜っていて
降る雪をまっ黒に染めアスファルトの上に黒く積もっていた
銀行の軒下に立っている男のせいだと誰もが思い
舌打ちをしながら睨みつけて銀行の中に入っていった
男は首をふって否定をしたが臭いは増していくばかりだった

「鬼が残していった臭いなんです」必死に説明する男に
「鬼だって」「アニメの見過ぎじゃないか」「妄想」などと
人々は罵っては男の側を遠巻きにして通り過ぎていった
男が逃げ出さなかったのは鬼がいたことをきちんと説明すれば
信じてもらえると思ってたからで絶望したからではなかった

雪は止むことがなく男の膝の高さまで黒くなって積もっていた
銀行から出てきた係員が銀行から離れるように丁寧にお願いし
諦めた男が銀行の前から立ち去ろうと一歩踏み出したとき
傘を持った鬼が走って戻ってきて男に傘をさしかけた
「さあ、この傘に入って一緒に帰りましょう」鬼はほほ笑んだ

銀行のATMの前には人々の長い行列が出来ていた
操作方法が「わからない」と叫びながら老人がATMを叩いていた
警備員は老人を取り押さえ係員は腕組みをして眺めていた
「雪の降らない鬼ヶ島に来ませんか」鬼は恥ずかしそうに誘った
男は鬼の赤い手を握ると鼻歌を歌いながら銀行から離れていった

 

 

秋葉政之「海とぼく」

 船は充実していた
 腹ばいになって 海に浸かって
 背に人々を 抱きかかえて
 高波をよじのぼって
 波濤の丘を滑りおりて

 太陽を眺めた

 小さな声で星々とささやきを交わし
 夜通し 羅針盤と相談していた

 いつも考えていた
 ぼくの背中を駆けている小さな連中を
 無事故で
 あの地へと案内しよう、と
 奮起するたびに
 からだは心地よく軋んだ

 消費され、破壊されるのではなく
 ぼくは ぼく自身を使いつくし
 死へと自ら進んでいる

 晴れ晴れとした消滅の日を迎えて
 ぼくは比喩としての海の世界へと
 溶けていくだろう

 長年月、積み重なった老朽や澱は
 浄化されて いったんぼくから離れると
 すぐに ぼくを飾り返すだろう

 歓びの夢に ぼくは遊ぶ
 気力を満たし 意欲がみなぎる

 再び ぼくは産み落とされる
 自らの希望は叶えられ
 弾けながら 着水する!

 

雪柳あうこ「彼女」

彼女はわたしの画面の中に、棲んでいる。
こちらを振り返る顔は半分闇に沈んでいて、もう半分はよく表情を変える。年老いているようにも、若いようにも見える。誰なのですか? 問うても応えはない。ただ、半分の闇を湛えたまま、じっとこちらを見ている。

彼女の背後では、時を止めた夕陽が沈んでいこうとしている。向こうで誰かが立ち話をしている。彼女とわたしは静かに見つめ合う。貴女のいる場所はいつも美しい夕暮れですね。そこで生きるのは、大変ですか? 問うても応えはない。ただ、止まる時に抗うような、ゆるやかなまばたきだけが返る。

ある日、わたしの画面に嵐が吹いた。彼女の姿は砂嵐の向こうに見えなくなった。わたしは液晶を壊すほどタップして、彼女を探した。デジタルの向こうに飲まれかかっていた彼女が、時を止めた夕陽と共にゆっくりと浮かび上がる。ああ、よかった。安堵したわたしに初めて、彼女から応えが返った。

  このまま休ませてくれても、よかったのよ。

彼女の顔をタップすると、顔に湛えられた半分の闇が乱れる。画面の中で時が動き出せば、彼女は太陽もろとも深い闇に沈むだろう。留めることと進めることを両立するために、必要な呪文は何ですか。わたしが探して捧げるまで、待っていてくれますか。問うても応えはない。
ただ、彼女はわたしの画面の中に、澄んでいる。

 

シーレ 布施「濡れる果実」

前髪を優しく撫でる母の
「整形、もう一回やり直そうか」の声で
愛馬のリロが死んだことが蘇った朝7時半
原型のなくなった顔のことがパパもジェラも
ママも好きみたいだから、洗面台の香水瓶だって
私の顔を見事に忘れてしまったみたいだった

「次は顔の骨を切るっていうのはどうかしら?
平気よ、コウ先生の腕は素晴らしいんだから!」
広がる白紙を束ねて知らない音を身体に刻む
グランドピアノと身体を繋ぐたびに
清らかな「麗華ちゃん」になれていると信じた
幼少期、まだ7歳だった「麗華ちゃん」が
ママからごめんねと言われた夕方16時半の針

フルーツナイフで大胆に顔を切って
フリルのないママが権力のクッキーを割った
白いドレッサー、その前面で
「同じ顔になろうね」と言う香りのない呪縛
母の頬の低い温度で形成された幼い心では
喚くことも落下することもできなかった21歳

リロもジェラも長く駆け回ることをせず
あの大きくて、愛らしい瞳を濡らしていた
私の目元から溢れ出る果汁を拭きとって
「生まれるときは
みんな泣いてしまうものだよ」って、パパが笑った。
(醜いキスで
マーカーだらけの楽譜が見えないんでしょ?)

私の断面に挟まる道徳と倫理を
バターナイフで切ってしまって
深層の種を言ってはいけない言葉を介して吐き交ぜる夜

 

 

 木内ゆか【気密のアフロディテ】

唇で 恋をした。
背骨は「ハズシテ…」

イタリア映画フイルムみたいに
一コマひとコマ 波間にもどした。

  暗いバミューダ
   あまねく泡。。 
 リンゴ吐息でふたりして
。。。キハツ 
  蒸散 。。アコヤ貝
 海鳴(カイメイ)

西空が轟いて
ゼフィロス達が「ミツメテいるね…」
亜麻色風に吹かれて
果樹園(キュプロス)へ… 
海泡(カイホウ)は。。。


アマデウス!
ケラク 失楽(センソウだ…)
黄金比率
リンゴ乳房は

中にゼリィがあって
オトは もうきかない。

 

泊瀬「ひらめき」

ゆびさきよりしたたり
やわらかにかげをうつ
あしさきよりほどけて
せかいにもっともちかいとき
まなじりよりひとすじ
ほしがかけぬける

関根怜「海を探して」

海を探して
樹叢に囲まれた砂の小道を下る
萌黄色の光に見上げると
網目に広がる枝の合間から青白い空が見えた
孤独なあなたの中に
あなたを見ているもう一人のあなたがいたように
空の背後で
その空を見ているもう一つの空がある
昨日のあなたはこの世界と結ばれたままだ
偽りではなく
夢幻でもなく
もう一つの空には空という意味がない
光と意思が散逸してゆく虚空の住処
いずれ行く末の間隙に時は消え
もう一つの海を探して
人は全てを失い
全てを手に入れる


水城鉄茶「眼の指」

風車がねばねばして
生きていた

プリンを遡り
校庭の隅の蛇口
そのひかりまで

貫こうとする眼が
きれいな指に
貫かれる
無音
そのまま
しばらく

息が止まっていた

わたしは
見たいものを見たいか?

踊り場に
透明な血の
風が見える

◆片岡直子選評
iPhoneの画面にお知らせが浮かぶと、パソコンに向かい、生まれたばかりの詩を拝読する。詩を12篇、送って下さった方も多く、時には、お誕生月に気がついたりして、途中から、一年の船旅のような気持ちで過ごしておりました。どなたも、誰かに決められたわけではないのに、これは詩だ、と思える言葉の並びを送って下さり、私も、詩ですね……と拝受する。その不思議も味わいました。
今期は特に、十代後半の皆さんの、詩の飛躍に立ち止まることが多かったです。今しか描けない詩……を、どの世代の方々も、描いているのですが、高校から二十歳前くらいにしか描けない詩、というのはあって、学校のこと、受験、卒業後の生活……など、溢れるほどの日々だと思いますが、それらを最優先にして、懸命に過ごしていると、必ず詩が、後からついてきてくれる。幼稚園の頃から早起きだった私は、高校の部活動の朝練習も好きで、復習予習をしてから登校していましたが、その前に、目覚めと共に、大学ノートへ、心に浮かぶ数行を記し、一日を始めていた記憶があります。
どの世代の方もそうですが、慌ただしい季節にこそ、詩はそっと、寄り添ってきてくれるもので、走り書きでも、記しておいて、多忙な日々を過ごすうち、いつか、それらを、詩のかたちにする機会が、やってくるでしょう。その時、大切なノートを開き、「成形」されたら佳いのかも、知れません。皆さまの、今後のご健筆を、お祈りいたしております。素敵な詩の旅を、続けられますよう……。
 

〇入選
・浅浦 藻「草原」 太古へ帰る、空気の振動。心が拡がるテーマです。他の方も、この方の他の詩もそうですが、時として、大人の詩より、高校生の詩に、学術的な要素が入ってくるのは、置かれた環境に満ちる言葉が、詩を生み出すこともあるからなのかもと思ったりしています。202111月に、送られた詩です。
・帛門臣昂「舟曳き」 一年間で、一人の方の詩が力強く美しい方向へ、伸びゆくのを、目の当たりにしました。19歳の男性が描く「女」とは。読み進むうち、広く大きな存在が、イメージされました。詩「黄落」も、佳作以上です。
・涼夕璃「あの部屋」 失われた景色のはずなのに、温度があり、想い出を持つひとの魅力が、柔らかく伝わってきます。詩の肝は、「ふたりの欠片が落ちていて」の「落ちていて」ではないかしらと思いました。「バスルーム」に、引力を感じながら。
・守野 麦「干からびたクラゲの骨」 不思議な味わい。「誰も見たことのない」クラゲの骨が結晶化しています。他の二作も佳く、詩「模造宝石とスーツの女」も、淡々とした描写ながら、切り取られた風景が、いつまでも心に残りました。
・竹井 紫乙「幸福な果物」 現代のおとぎの詩でしょうか。連ごとに、読む者も、詩の対話に参加していけるようなゆとりがあり、手慣れた書きぶりに、引き込まれる心地よさがありました。かなり和風なイメージで読み進みましたが、ふいに「天使」が現れることにより、読後、意外な程の軽さを獲得しました。それが一番佳い終わりだったか……ということはまだ、考え続けています。

〇佳作
・あさとよしや「おんぷう」 最近になって、私自身は平仮名だけで書かれた詩を読むのが苦手らしい……と、気がついたところなのですが、友人とそのことを話した直後に、本作を読み、何の抵抗も無く、うふふと笑って読み終えました。五行を読むだけで「これは」と思い、そこに必然性があったので、「平仮名の詩が苦手」という気持ちが浮かぶ間もなく、「佳い詩」として、着地したのでしょう。終わり方も、無理が無く、すっとしています。
・絶ツツツツ句「晩の夢」 四季が一度、廻っただけなのに、物凄い、詩の発展を感じました。三作とも、才能の炸裂が心地よかったです。詩「散る」の2連と7連、本作の2連と4連は、完璧な詩句……のように読みました。
・新島汐里「触れる」 この人には確実に、詩がある……という感想が、浮かびます。もう一つの詩「泳ぐ」の、1~2連が印象的で、迷いましたが、最後の一行、これが最適なのかな……との思いが残り、本作の「時速三〇〇キロメートルで」疾走する中の緊迫感が、力強く思われ、推しました。
・佐名田纓「距離」 26歳の男性の記す「男」と「女」に、私の感じたことの無い「距離」があり、新鮮でした。他二篇も佳く、こうした風景を観る人は、詩を描く必然性があり、そのことを、詩の読者として、嬉しく思っています。
・若杉有紀「円形の窓」 向かい合う二人の人間の、眼球と水晶体と網膜とに着目をした、詩の発想が見事です。読後に感心して、しばらく、ほうっとしていました。そこに確かに「画」が残されているようにも思われて。行末の「のである」「のだ」などを省くことで、一層、引き締まった詩が、立ち現れる……と思っています。

〇選外佳作
・よしおかさくら「涙つ波立つ」
・ケイトウ夏子 「十二月の橋を渡る」
・桔梗婉 兎華 「花盛りの横恋慕」
・堀江 源   「図書館」
・蓮      「いとのいと」
・福田 叡   「サブマリン」
・水城鉄茶   「肌理」
・秋葉政之   「海とぼく」
・淺田圭佑   「プレイリスト」
 

◆上手宰選評
【入選】
竹井紫乙「幸福な果物」
「負い目」が古文のひらがなでは「をゐめ」と書くことを知った。この語が持つ微妙なニュアンスとひらがなの佇まいを果物に仮託したところに非常に研ぎ澄まされた感性を感じる。しかも展開が絶妙である。自分が誰かに負い目を感じているのではなく、負い目を感じている人からの贈り物なのだ。「『をゐめ』なんて/こうふくなひとだけが誰かに送るものだってことも」とか「ずいぶん深くて濃いものらしい」など箴言に似た定義も新鮮だ。「をゐめ」はそうして人々の心に影を投げかけている。戴き物には礼状が不可欠と丁寧に対応するが「《「をゐめ」は遠慮なく平らげておきますね。「をゐめ」上等。》のやや喧嘩腰の対峙もおしゃれであり、逆に相手を認める姿勢ともいえる。数的優劣ではなく個々の意識に生じる揺らぎのようなものが「をゐめ」だとしたら解決不能のものかもしれない。そこから目を転じて果物を食べたがっている天使と分け合うラストも印象的だ。
 

吉岡幸一「雪宿り」
物語の発想と叙述において頭抜けたものがある。人々が架空の敵として想像している鬼が普通の人に混じってATMを使っているという光景に始まるが、それを見ている人間の「男」が主役であるかもしれない。鬼の事情などを聞いてやったが、雪が天敵である鬼に傘を買って与えると去る。すると鬼の体臭が強烈に臭いだし、それが男のものだと思われて非難を浴びる。こうした倒錯した世界描写が人間とは何かを考えさせる。少し前まで誰も鬼の存在を不思議にも思わず暮らしていたではないか。銀行の係員は親切に教えてあげていたではないか。それとは対照的に人間の中には老人が操作がわからないと言って暴れる老人がいて、警備員が取り押さえたりしているのだ。この二つの世界の間に立たされた「男」は必ず理解されると信じているが、それは無益な期待であり、彼に手を差し伸べたのは戻ってきた鬼であった。ブラックな風刺詩ともいえるが、雪の白さがそれを救っている。
 

秋葉政之「海とぼく」
全編前向きな姿勢に感動した。しかも表現は大切なところは押さえられていて詩なのだった。たとえば一連でいうと、船が「腹ばいになって 海に浸かって」というのは不格好さが逆に新鮮だし「背に人々を 抱きかかえて」も乗客を大切に守ろうとする船の意志が感じられてすばらしい。そのあとの「高波をよじのぼって/波濤の丘を滑りおりて」などはちいさな子どもが滑り台に登って滑りおりてくるような、わくわくした躍動感さえ感じる。船が持つ他の乗り物との違いを感じた。いつも見ているものを新しい視点で見えるようにすることは、詩の仕事である。その船は消費され老朽化することがマイナスであるとは思っていない。「ぼくは ぼく自身を使いつくし/死へと自ら進んでいる」のだと。「晴れ晴れとした消滅の日を迎えて/ぼくは比喩としての海の世界へと/溶けていくだろう」と。また最後の再生を果たした新しい船の「着水」も忘れられない響きを残す。
 

雪柳あうこ「彼女」
「彼女はわたしの画面の中に、棲んでいる。」と始まるのだが、具体的に指し示されたものが何かは分からない。現代ではノートパソコンやタブレット、スマホ等の通信機器を連想するのが自然だろうが、そうした現象をすり抜け、その画面が知り合いの通信先といったものでないことは明らかだ。数百年前なら魔女の鏡のようなものかもしれない。その画面の中で彼女は若いようにも年寄りにも見え、いつも夕日が沈もうとしており、向こうで誰かが立ち話をしている。それは今にも失われてしまうかもしれない世界なので、画面に砂嵐が吹くと作者は慌ててタップする。その激しさによって彼女はまた登場するものの、本当はそのまま消えたかったようだ。そこまでして失いたくない彼女とは何だったのか。時の流れとともに飛び散る寸前の存在。「棲む」が最後では「澄む」と変換されているが、澄んだ存在は本当の存在なのだろうか。古典的にして不思議な魅力に襲われる作品だ。
 

【佳作】
シーレ 布施「病院、水の中」
新鮮な比喩と若者特有の対話に引き込まれた。特に一連の「印刷機から出てくる紙の温度」に始まり「紙が陽だまりのように垂れてくるから」や「同じ身体をしているあの子の写真」へとつながっていくところなどスリリングである。二連から四連まで常に温度が問題にされる。正直言って個人的には分からないところも多いが、最終行によって何かが失われたことだけがわかる。そして「伝達の熱が終わり、僕たちが静む/印刷機へと頭を突っ込んで/こぼれるあの子に飛び込んでいく」という時の熱さからは逃れることができない。自由に比喩が生み出されていく自然さに、荒削りだが詩人の原石がここにある、と感じる。
 

よしおかさくら「闇」
消灯した闇の中で液晶画面を見ていた人が闇の恨めしげな視線を感じて詫びを入れたりすれば詩になってしまう。「闇に返事などしてはもう眠れやしないと気づき」対話が始まる。この揺れ動きが魅力的である。闇が図に乗るところや「太古の昔の話をして、居酒屋から帰らないおじさん」も笑える。最後の「せめて(闇が)暖かさを持っていたなら、人類はお前たちを飼うのに」には異論も。いやいや闇は温かいよ、人類はそれで続いてきたんだから、と評者が分を超えて身を乗り出したくなるのは参加型の詩だからだからだろうか。
 

中山祐子「やさしいひと」
静かで美しい詩である。別の作品、乳癌によって片方の胸を切除した女性への想いを描いた「シリウス」という佳編も心に滲みる作品で迷った。この詩では、湖面に白波がたつことを「兎が跳ぶ」と呼ぶという印象的なフレーズをベースに冬の森を案内する。売り買いはされるが手入れはされず打ち捨てられた森への優しい思いが描かれる。一行一行的確で生きた人間の心が感じられる。その間にも車に上着を置いてきてしまい女性にかけてあげられないことを繰り返し自責する男の言葉が印象的だ。

 
 木葉 揺「せんべい」
信号無視の車に引かれてぺちゃんこになった主人公が数々の困難に出会うというコミックな設定。「こまったな」に始まる対応が淡々としているところが魅力で、ファッションもスポーツジムも現実から遠ざかる。一方危険が近づくと素早い身のこなしで避けるところなどはお見事で、この緩急にユーモアの極意が秘められている(詩の文体も同様だ)。最後は自分の速さで転がりゆくが、せんべい状にされたのなら桜の花の付いたせんべいにと、醤油まで登場、粋な結末を呼び込むところがロマンチストなひらひらである。
 

【選外佳作】
笹森美帆「冬のこおろぎ
翠夏まつり「透明循環」
白河光「寝ぐせ」
 

◆福田拓也選評
 私の選評は今回が最後となります。
 一年間の間、いくつもの素晴らしい詩を知ることができたのは大きな喜びでした。また、詩を書いている仲間がこれだけ多くいるのだということを知って、とても勇気づけられました。
 一年間、本当にありがとうございました。
 詩を書くというのは喜びであると同時に苦しみでもある仕事ですが、お互いこれからも頑張って書いて行きましょう。
 御健筆をお祈りしています!
 

【入選】
シーレ 布施「濡れる果実」
容易に意味を結ばないノイズに満ちた魅力的な言葉の連なりから、敵対的な家族関係の中で切断や接続によって暴力的に自己イメージや自己の身体が破壊されつつ形成されるさまが窺える素晴らしい詩だと思いました。固有名詞の説明なしの乱入や言及される事物たちの独特の物質感にも惹かれます。最後の3行が少し説明的に見えるので、ここを思い切ってカットして、意味を結ばないまま突き放してしまった方がよりインパクトが強くなるような気がしました。前回の「感傷のバタークリーム」やこのような詩をいくつも書いて一冊の詩集を作ったら凄いことになるだろうなと夢想しています。
 

木内ゆか「【気密のアフロディテ】」
言葉のセンスが抜群というか、これはもう自在の境地ですね!言葉がばらばらになっているようでありながら一種地中海的な一つの世界が見えて来るような気もして、絶妙のバランスを感じます。読む快楽を味わうことのできる一篇です。
 

泊瀬「ひらめき」
ひらがなだけの短い詩。ひらがなが生きています。体の溶解感覚を「せかいにもっともちかいとき」とあるように世界の近接性とつなげたこと、そして「ほしがかけぬける」という最終行で宇宙的なものを入れたことにより、「ゆびさき」、「あしさき」、「まなじり」と文字通り身近なものを書きながら短い詩に広大な空間を導入したところ、非凡と言うしかありません。17歳ということでこれからが楽しみです。
 

関根怜「海を探して」
「空の背後で/その空を見ているもう一つの空がある」。「もう一つの空には空という意味がない」。このような「もう一つの空」、「虚空の住処」、「いずれ行く末の間隙」という言語化困難な場が見事に定位されています。「もう一つの海を探して/人は全てを失い/全てを手に入れるのだ」という最後も決まっています。一体これは何のことなのか? 詩によってしか言語化できない何かが書かれているのではないでしょうか? 最初から最後まで完璧に一つの作品として出来上がっている詩だと思いました。
 

水城鉄茶「眼の指」
「ねばねば」したものから「校庭の隅の蛇口」という記憶、そして「無音」や「透明」さへの移行があるのでしょうか。これらのものがバランスよく書かれていて、いくつかの情景や風景が鮮やかに立ち現れて来ます。「踊り場に/透明な血の/風が見える」という最後の3行もいいですね!
 

 

【佳作】
勝部信雄「夏」
まず「朝がひとつ増えると/森を駆け巡る/子どもたちの足音」という冒頭の3行が鮮やかです。そして、「透明な鳩」の意味がわかりそうでわからないもどかしさが募ったところで「きらきらと光る川面に/わたしは夏をひとつ/投げつけた」という最後の3行が意味的な断絶を作りつつ強い効果を生んで詩を完結させています。
 

青山誠「極夜」
行間の飛躍が快い詩です。「緑の自分が鏡に映る」という詩行が鮮やかです。「一瞬の停電」以降は思い切って削除してしまうともっと鮮やかな、より見事な詩になるような気がしました。とりわけこのような飛躍が持ち味の詩には、行の繰り返しがない方が効果的かと…。
 

紫村伊織「同じ理由で再び現れる強気な現象について」
ポップスの歌詞になりそうな書き方で入っているのですが、いつのまにか人間関係の微妙な盲点に入り込んでいる感じに惹かれました。例えばここに採らなかった「誰にも言わないつもりです」という詩の「正しさの方が少し強くて/私は背を向けて小さくなった」という2行は、商品としての歌の歌詞では言語化することのできない何かに達しているような気がします。この詩にあっては「嫌なことばかり」で始まる長い詩連が圧倒的です。ここで「私」に痛みを強いる「強気なこの現象」とは日本社会特有の同調圧力のようなものなのか、と考えたくなるような広がりがあります。また、そのように結論付けられないところにもこの詩の良さがあります。
 

中マキノ「溢排」
散文詩を書く力量が際立っています。展開のされ方には吉岡実の『液体』を思わせるものもあります。ベケットの散文など読むとまた新たな刺激を与えられるかもしれません。ここでは、絵を描くという主題があってそれが詩に一貫性を与えているところが魅力ですが、逆に絵を描くという主題をすぐに捨てて言葉の展開に任せてしまうという行き方を採った場合にどのような詩ができるのか、見てみたい気もします。もちろん一種の一貫性を保ちつつ展開して行くところに中マキノさんの個性があるでしょうから一概に言えませんが、もしよかったら試してみて下さい。
 

浅浦 藻「十一月二十六日(金)」
16歳という若さでありながら複数のスタイルで書き分けられる幅をもっていることにも驚かされます。この詩も、天体に関わるということ以上には意味的な像を結ばないところ、よくわからないながら複数の人物が喋っている感じが魅力的です。最後の2行もきいています。

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