詩投稿欄

詩投稿作品 第17期(2020年4-6月)入選作・佳作・選評発表

詩投稿作品 第17期 (2020年4-6月)入選作・佳作・選評発表

日本現代詩人会 詩投稿作品 第17期(2020年4-6月)
厳正なる選考の結果、入選作品は以下のように決定いたしました。
【選考結果】
◆松尾真由美選
【入選】
小川博輝「かまくら」
ときつゆう「鈴音」
小倉信夫「(………)ト言フ(………)ハ濡レソボツママ箱ヘ入ツタ」

【佳作】
末永鶏「包まれる」
粥田かな「陽だまりの死」
東浜実乃梨「ほうちの遊び庭(あしびなぁ)」
松尾如華「私とあなた」

◆柴田三吉選
【入選】
加勢健一「ホタルブクロ」
渡来 逢人「幽霊船」
東浜実乃梨「タマナァ朝夕(あさゆさ)
岡崎 よしゆき「ミルキーウエイ」
松尾 如華「哺乳瓶」

【佳作】
むらやまはちろう「竹林の音」
南田偵一「金木」
雪柳 あうこ「森」
入透「海をのこして」
暗夜榴犂「暗夜の空」

◆浜田優選
【入選】
重成邦広「地名」
ときつゆう「鈴音」
古川紀乃「incarnation」

【佳作】
早良龍平「荒野を這う」
香月翠「るりはこべ」
岡崎よしゆき「バーズアイビュー」
長谷川航「シネフィル」
篠井雄一朗「古疵」

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小川博輝「かまくら」



あなたはここに  物言わぬ石として
こちらへの呼びかけと   黙して
口は開かれ
そしてまたあなたが向かうもの

はじまりから  どこか に、

韻律に    沈黙を    打ち      込む
  踊りは   夜まで  つづく かろうじて 確 実に
なが れ る コツ コツ コツ

 立ち
    ど

 ま 

この口 不完全な
     (もう一度はじめから)

ずっと雪そして雪   足跡は誰が残した
 この雪道     沈んだ街    わたしたちの
  沈んだ いくつ もの 碑銘 が

する 生まれ  雲の耕作地

 消えぬもの 飢餓する声
わたしたちの飢えさせた  幻聴たち

この雪道   沈んだ街   誰かの  絶え絶えの  忘れ水
 沈んだ  いくつ  もの   残る   膿んだ琥珀

なぞる この固まった額を

至りつかぬ
      この雪道が    どこに向かっていたのか

 それとも  当てもなく  歩かされ
                                          しかし歩きそして歩き

 失われた         「先」に

「ある」を     探して

         しかし歩きそして歩き

 葉
そのものに
  つく
         られた
足跡の側の  

無数の        かま く 

 うごめく
さらに無数の     イマージュ
  そのイマージュに 伸ばされた
     わたしが見る誰かの   イマージュ



  燠に息を吹くと  貧しい星が鈍足の光を走らせる  
  ゆっくりとくる   誰かの光の息が

 深淵をみつめろ 原初の天文学者のように
   矛盾に結ばれるだろう 沈黙の花冠が
  光る沈黙の息遣いが  モールス信号として

  わたしの足に こだまの光を返して
 燃える貧しい踊りが  空を広げ
   沈黙が中空をつくる

        そしてたたずむ   透明な痛みが  
沈黙がこだまする それが声に変わるまで
  壊された沈黙のなかに 失われた声が塵ばむ
        つくられる 沈黙だけで世界が
樹も   陽射しも  花も  あなたも

  わずかに溶けしかし深い      そのわずかさの底
 レテの泉の底で    名前のない唇の冷気が滴り   出来た氷板
  その下に流れる       記憶の
                                                                  水

そういった水があるだろう  掬うことのできず
 手をすり抜ける

それでいて浸された手を押し返す その流れをもつような水が

 そのとき沈黙に結ばれた花綵が この手首にかけられる

 おそらく そのようなときが あるのかもしれない






ときつ ゆう「鈴音」


聞こえる
右のほうから微かに でも確かに

ひとの 声の
静けさのおんじょうに 共振し
流れるように 清かに

まるで光の粒

声が止む
ひっそりと空になる
うつつか ゆめか

時間も 空間もない
とどかぬ先へ
すでにかたちから解き放たれ
光の粒は ゆく

おだやかで 温かに あわく満ちる
あなたは よいところへといかれるのですね

そう
風が立つ

そしてまたふいに
季節はずれの蝶が目の前を横切るように
あなたは
時おり存在を何かに化して
そこにいることを私にしらせる
羞恥もなにもすべて見透し
あなたはわたしと共生する

あなたはいつもこの胸にいて
そうして時々ひそやかに息をしている

小倉信夫「(………)ト言フ(………)ハ濡レソボツママ箱ヘ入ツタ」


おまへたち、駅舎へこゑを放つたらう
こーゑ(… を彩り(…の波(…のうなじ… にして、
声量のゆるすかぎり放つたのを耳(のうろ…)に聴ひたぞ(…!
叢の繁り(の此方)から
線路の向かうへ青みを備へて、
こゑ(…こーゑ(… はおれの身(…のさ中の空管も
ざはめかせてをります
私、てうどベンチに座つてゐて
駅舎の屋根の闇のもとから
此の凄ひ全身(…の揺曳(… を聞ひてをりました
放られたこゑ(…、を
つづらの形に折り畳んで幽かに拾ひ、
駅の細長さ(細長ひ指のしわの折り目…、のために
空気(…としか知らなひ)くーき(…
を撫ぜて、詩(こゑ)を綴つて(綴じて)ゐたのだつた……
こんなことつてあるんだなァ……
さうだつた…、やはりみんなすさぶしむせぶやうなのだ
おまへ、こゑ(…、こーゑ(…、を
細長ひ駅(…とこゑに出す家(おいへ……))へ
放つたらう(…
私、声(風合ひ…)にさはつちやつたぞ
激しひ勢ひでたち籠めるつづらのくふき(くーき(…
にさはつてしまひ
音と声とが揺れてゐるさ中の
だう、だう、だう、(…! (だう…!
ああ、こーゑ(…、を綴つてをります
駅舎の叢の折り目(かがよふ織り目だ…)から聞こへる
多くの、だう、だう、だう、と鳴る詩(こゑ)を雪ぐ(瀬だ…!

加勢健一「ホタルブクロ」

石段に梅の丸みがはじけて初夏が来る
肉厚な季節に覆われ
実のなかにまず種あり
種のなかにまた実あり
枝木を離れぬうちはやすやすと
覗き得ない意志の結実よ

そぼそぼと降り暮らす
その雨あの雨に
世間の色という色は縁取られ
それぞれの核心まで濡らしていく
あすは粗塩と重石を用立てよう

隣家の垣根に釣り鐘形の花すぼみが
赤紫や白の音なき音を奏でている
頭を垂れた立ち姿が内奥に秘めるもの
それは打てど響かぬ鈍雲の
屋根裏に眠る太陽のあこがれか

一日の終わりをうそぶく暮れがたに
提灯の裳裾からしたたる明かり
命のふるさとを捜して飛び立つは
昔の子らが閉じ込めた火垂る虫
「ホタルはここにいるよ」

宵待ち窓に甘辛の匂い
夕餉は入梅鰯の梅煮です
限りある命のおのおのに
ふくよかな生気を煮含めた
「鰯も梅も苦手だよう」
酸いも甘いも噛み分けるには
いまだ短くかぼそい手と足と

今の子らは花の瞳に何さがす
閉じられたまなうらに息づく光は
さいわい永くこそあれと慈しむ祈り
ふうわりホタルブクロに抱かせた
いとけない親心にも似て

渡来 逢人「幽霊船」

差し延べる手を振り払い
縋るものも何もなく
目を上に開いたまま 藻掻きもせず
ただひたすらに海底へ
滑り落ちていくものよ 

僅かな力で掴んだ藁も掴まれたまま
なんの抵抗もなく一緒に沈んでいく
否 どうせそれさえも手放すのだろう
どうしようもなく 自ら手を引いて
なんの期待もせず すべて初めから

諦めなければ叶うと言うけれど
諦めるしかないことも ある
壊れた炉心溶融の発電所のように
廃炉以外に道がないこともあることを
産みの親の科学者は 体験で知った

能わぬ航海に絶望し下船の道を選ぶなら
非力な鴎に何ができると言うのか
仕方がないこと
航海士の口癖の人生訓
背中から発する線量オーバーの
不信のオーラ
宇宙の塵と消え行く衛星の一瞬の瞬きか
落ちるしかない燃え尽きる隕石の耀きか

翔び立つ鳥よ飛べない鳥よ飛ばない鳥よ
手に負えない 無理としか言えない
救えない
冷酷の誹りを受けても
これが最後の足掻きだったと
諦めざるを得ない

戦った挙げ句に
失格者の烙印を何度も押され
船頭は失意のどん底にいる
滑り出す前に知っていればと
知ったあとには誰でも言うが・・・

舟は漕ぎ手を失い 漂っている
そのまま流されていつしか
波のない大海原の真ん中に
行き着くのかもしれない
流星の消えた 満天の星空を仰いで
誰も乗せない 幽霊船のように

東浜実乃梨「タマナァ朝夕(あさゆさ)」

今日も門番、島のタマナァ
合言葉もないさ
さぁ、さぁ、めんそーれ。

「これはレタスさ、タマナァはあれさ」
おばぁに質され走りよる幼児
厚い上着は剥がしましょうね
てぃーち。たーち。みーち。
「もういいさ」

タマナァが玉菜に昇格する日まで
こどもは駆けまわる、しまくとぅばのグスク
「グリーンボールもレタスも玉菜さ」
おばぁは訝る
「反抗期かねぇ」

ひとひらのサバニ漕ぎだす美ら海
守礼の島に居合わせた縁
おなじおなじが、ちがうちがう
綺麗。汚い。芯も食べるやし
ことばに札は掛けんでちょーだい。

着こんだ漢字を剥がされて門番
どうぞお好きに。ちゃんぷるうの島
思い出したさ、合言葉はあれさ
タライに満杯んめぇのタマナァ
玉菜の手前で、もう食べきれん

岡崎 よしゆき「ミルキーウエイ」

夏のはじめにわらいあうために投げられた未詳のすきまから輝いておりてくるのさ。風よ、とよびあうぬくもりは幼年期のフォトアルバムのように陽だまりをつくっていてあたたかい。巡礼をあつめていっさんにすべっていった岬の午後、ぼくはあなたの夢にゆびをさしいれてねむっていた。海とは、わだかりをつくらない水のへだたりなのだと教えられて。あんなふうにつややかな黒潮が匂ってくるのをとめえることはできなくてくやしすぎる。めぐるためにあるだけの岬を一周してバスは(ふるい)歌のなかにかえっていって。とびおりてゆくカモメの影はまばゆいほどに白いのだと今はじめて知ることができました。ジョナサンとなづけたレトリバーとの思い出をシガーケースに入れて車窓をしめると、もういちど潮のにおいにひたされる。だれもが、だれもの記憶のなかでいきていると遠くで海がささやきはじめて・・・わたしはそれをあなたにつげるための位置を用意する。波がしろくひかっていた。 

きょうもつやつやに逝ってしまう。

ミルキーウエイという喫茶店の窓際で、空のコーヒーカップのふちをさわると海鳴りが聞こえてくることのふしぎさ。窓ガラスのむこうのスクランブル交差点では、ゴースト少女がとうめいな胸に手をあてたまま迷子になっていて、ゆきかう人はだれもそれにきづかない。彼女はいつかあの青空に吸いこまれてしまうんだろうか。チタン製のスキットルをポケットからとりだすと、ながれゆく雲がとじられた文庫本のなかでざしょうしていってせつない。みあげることでだけゆるされたものがたりのなかにもゴースト少女がいた。日傘をさしてセピア色になっていた。
あなたは風のおとを聴くか。

松尾 如華「哺乳瓶」

壊れるものを扱いなさいと
先生は仰った

哺乳びんというにせものは
思っていたより軽かった

扱いやすいのか
ニュースになった

海のくらげが
プラスチックと泳いでいたと

くらげの赤ちゃんと
哺乳びんが
ぷかぷかと浮いていなければ良いが

気にはなったが
ニュースはすぐに消えた

ほら、坊やが投げるでしょう。と
ころがった哺乳びんに向かって
先生は怒っているようであった

海のくじらが
プラスチックを腹に溜めたと

くじらの赤ちゃんが
哺乳びんを
ごくりと丸呑みしていなければ良いが

ニュースはすぐに消えたが
引っかかった心配は消えなかった

壊れるものを扱いなさいと
もう一度
先生は仰った

哺乳瓶というほんものは
思っていたよりずっと重かった

扱いにくいのか
ニュースにはならなかった

壊れるものを扱いなさいと
いつも
先生は仰っていた

坊やは遊びに出かけていった

哺乳瓶は
花瓶となって
シロツメクサが揺れている


重成邦広「地名」

地名が
完結した短すぎる詩であることに
礼文島の青空で気がついたのだ

挑戦的だったよね
朝に見た
あの奇怪な大岩
歌い継がれて円い
数多の詩が
しかし完成していると誰に言い切れるだろう
香深の港に
鉄府の浜に
内路の分岐点に
宇遠内の商店に
キトウスの停留所に
スコトン岬に
担い手が立つのが分かる
未知の詩ひとつを口にして
私たちはまたずぶ濡れになって
轍を行く

大岩は不動
わずかにわずかに接近する私たちを見はるかし不動
桃に似ているから桃岩というならそれも良い
森を抜けて岩場を伝って
滝の水で唇を濡らして
労働なんかを話したりして
やがて夕焼けに大敗した私たちは見え
そしてもう二度とあれを大岩とは言わないだろう

ああ血潮も
たったひとつの遥かな名前をつらぬく
地図を広げて
皆で取り囲む
その間
誰かの影が地図に落ちていて

古川紀乃「incarnation」

そこに居合わせていた無に
深紅のカーネーションがふと浮かんだ
花びらは繊細な幾何学模様で
無慈悲な完璧さが 緊張を呼んでいた
そこには存在し得なかった人間たちを 
惹きつけたに違いない魔性そのものだった
と、そこに
雷が落ちる         パンッ 
浮かんだまま 凍った時間
紅のつぶてとなった 花弁たちは散れない
誰の目にも止まり得ない 永遠の磔 

その幼虫は木肌につかまって 儀式的な変身を始める 
まるで湿った和紙の様で わたしが指を触れればとろけてしまう翅
それをゆっくりと伸ばしひらいて 飛べる翼になるまで
不吉で神聖な静寂に 一身を委ねる
ん?         ばちん 
前触れもなく闇夜を貫く 水色の砲丸
ばちん ばちん ばちん 見境なく 極めて公平に 
最もソフトな場所が最も深く傷を負う
雨夜に響く声なき叫び それはまだ鳴けなかった
残されたのは 恍惚オブジェ すなわち
魂の抜け殻
「この世界は私には早すぎました」 
まだ生温かい布団の脇に
消えかかる置き手紙

畦道が交差するまんなかで 
雨ざらしになる蛙の境遇 蛙はじっと闇に溶けこむ
押し込められていく輪郭 蛙は鳴かなかった
だけどあるとき蛙は気づく そこにみえる道はどれも
確かに存在していないのだと
耐えられない!   ずぶん


でも 私の美しさの残る最後の瞬間は
 わたしがわたしでなくなった時
そのときに私の五官が受け入れるのは????
 あらゆる静けさ?
それとも
 この世界のはじまり? 
??真っ白に眩しくて 全ての毛穴を開く灼熱の中で
   鼻の奥まであらゆるエネルギーが充満して
    盲目の神さまにあたまを揺さぶられる??
どっちにしたって もうこれは苦悩じゃない
今まで失われた あらゆる記憶が生き返らされる
懐かしい匂い この世界に産み落とされた時の景色に 
再び遭遇する
 ??「本当に?」って? 私には分かる
古代の壁画に触れたときに感じたようなあのぬくもり
わたしが顔を持つ以前のこと! 悲しみは世界の終りを意味していて 
喜びは神さまの吐息であった頃のこと
私は美しさというものに この手で触れることができた!
そして何より 言葉がなかったこと!

◆松尾真由美評
【入選】
小川博輝「かまくら」
出だしがとてもいいです。前回の饒舌な作品と比べ、余白や詩形を意識することで作者と作品との距離ができ、完成度も高い。言葉を置くことに慎重さが感じられます。「ながれる」が「コツコツ」の音につながるところも韻律の体感から立ち上ってくるのでしょう。説得力があります。Ⅱで終わっていますが、まだ続きが書けそう。作品タイトルは変えること。

ときつゆう「鈴音」
読経の時間の静けさの中から聞こえる鈴の音。その音がとても厳かに響いてきます。言葉数は少ないのですが情景が見えるようで読者は作者の想いに共感する。「そう/風が立つ」での展開も綺麗です。終連は詩を書いたことで出てきた表現だとわかり、詩の救済を思わせます。

小倉信夫「(……)ト言フ(………)ハ濡レソボツママ箱へ入ツタ」
古語を扱いながら、声の現前をテーマとしているところに新鮮さを感じました。駅に声を放つという発想も斬新で、古語は堅いイメージがありますがそうしたものも壊している。擬音も成功していて詩の面白さを味わいました。

【佳作】
末永鶏「包まれる」
包まれるという感覚が触感的に伝わってきます。言葉は凝縮されていますが、展開は広やかで好感が持てる。包まれることで解放され「青白い空が/かがやいている」という着地に独自性も感じます。

粥田かな「陽だまりの死」
公園の階段の真ん中に猫が横たわっている。その情景が目に浮かび、死が美しいと思えることとそれを丁寧に伝えようとする感覚が作品の説得力に通じています。出だしの「春」は取る。「さくら」で春はわかるし、一連に「春の草花」もあるので。二連「なんと自由な生き方だ」も取る。この感想はなくてもいい。考えてみてください。

東浜実乃梨「ほうちの遊び庭(あしびなぁ)」
「庭面の縁を方舟は滑る」という表現にまず惹かれました。作品も波型になっていて、庭と海が同値になることは詩でしかできないでしょう。散文ではできない発展性が八階の窓辺まで読者を連れていく。破綻ギリギリで作者の内部が昇華されています。

松尾如華「私とあなた」
一連目で驚かされました。人とわたしが言葉を持つことで同じであるということ。微視的な詩の発見。大切なことだと思います。「言葉を持つ、言葉を待つ」の展開で大人しい印象がありますが、まとまりのある作品で読ませます。


◆柴田三吉評
今期、投稿数は100編余り増えました。コロナの緊急事態宣言、外出自粛の最中、多くの方が詩に向かった結果であると思います。そのためか、はじめて詩を書いたという方も多かったです。困難な日々を言葉に向かい、内省の時を過ごしたことに敬意を持ちます。コロナによる不安や苦境を直截書かなくても、底には深い憂いが潜んでいるように思いました。それらを見つめ、意識化していくことが大切ですね。人は言葉を頼りに生きる存在。今後も継続して書かれていくことを望みます。投稿数に見合って優れた作品が多数あり、「選外佳作」を増やしました。

【入選作】
加勢健一「ホタルブクロ」
きっちり書かれた抒情詩。その底には前期の入選作と同じく、事物へのたしかな思考があり、作者の力量を感じさせます。1連目の「肉厚な季節に覆われ/実のなかにまず種あり/種のなかにまた実あり/枝木を離れぬうちはやすやすと/覗き得ない意志の結実よ」は、梅の実を喩にした意志の形象、存在論です。後半はそれをわが子に伝えていこうとする心情ですが、ラストの「ふうわりホタルブクロに抱かせた/いとけない親心にも似て」は、湿り気なく胸に迫ってきました。もう一編の「しじみのしじま」にも同様の力があります。

渡来 逢人「幽霊船」
幽霊船とは、東日本大震災で破壊された原発を抱えた文明、私たちの世界のことです。誰もがその脅威に怯えながらも、幽霊船から下りることはできない。「非力な鴎に何ができると言うのか」と、この詩は絶望を描いていますが、現実を冷静に見つめるところから批評ははじまるのであり、行き詰まりを語りきったところに希望も生まれます。「滑り出す前に知っていればと/知ったあとには誰でも言うが」は、未来に向けた大切な言葉となるでしょう。もう一編の「冬空アンノウン」も、育児放棄された子を描いていて、最近の幼児虐待が静かに浮かび上がってくる作品でした。

東浜実乃梨「タマナァ朝夕(あさゆさ)」
沖縄の島言葉がリズミカルです。生まれたときから使ってきた言葉への愛情と誇りを感じさせます。「タマナァ」を巡る、幼児や少女と老婆の掛け合いが、読み手に小さな謎を残しながら楽しく進んでいきます。「グリーンボールもレタスも玉菜さ」ということで、「タマナァ」は丸い野菜の総称かと思わせますが、本当はキャベツだった。そして4連目に置かれた1行、「ことばに札は掛けんでちょーだい」に強く立ち止まりました。方言を禁止された沖縄の歴史(方言札)が首をもたげています。

岡崎 よしゆき「ミルキーウエイ」
岬を巡るバスの中での、まどろみのような追想に、じわっと沁み込んでくる抒情があります。「風よ、とよびあうぬくもりは幼年期のフォトアルバムのように陽だまりをつくっていてあたたかい。巡礼をあつめていっさんにすべっていった岬の午後、ぼくはあなたの夢にゆびをさしいれてねむっていた。」は秀逸。後半の「ゴースト少女」とは「あなた」の幻影でしょうか。記憶というものの朧な感触を、柔らかく滑らかな文体で鮮やかに捉えています。

松尾 如華「哺乳瓶」
哺乳瓶は、ガラスではなく、プラスチックに変わりましたが、それでも瓶という名は残っている。人間の赤ちゃんを養う哺乳瓶は海に捨てられ、それを生きものたちが呑み込んでしまう。「くじらの赤ちゃんが/哺乳びんを/ごくりと丸呑みしていなければ良いが」。私たちが生み出す便利さによって環境が破壊されていく現実。三度繰り返される、「壊れるものを扱いなさいと」という、先生の言葉が優しく、重く響いてきます。

【佳作】

むらやまはちろう「竹林の音」
竹林を吹き抜ける風、舞い散る葉を、音楽として描いていて、それ自体はよくあるテーマですが、2連目の「節と節との間に五本線を書いて/ト音記号を付けてみたら/立派な 五線譜に成りはせぬか」は素晴らしいイメージで、まさに詩の発見です。その視覚的イメージから、奏でられるメロディーが聞こえてくるようです。後半はやや散文的な緩みが見られますが、全体的に読む者を幸せにしてくれます。

南田偵一「金木」
太宰治の生家がある金木。ストーブ列車の「するめ」を炙った匂いではなく「磯の香り」がするという発見がこの作品を支えています。語り口も淡々としていて、「資本主義の一兵卒なのに/赤の屋根に住んでいる」や「金の木/これにも/きっと作家は笑ったでしょう」におかしみがあります。「実際」からの4行、「蓄膿症」は書かなくてもよかったのでは。その方がラストも生きてくるかと思います。

雪柳 あうこ「森」
冒頭の「ベランダで、森を育てている」が効いています。それは幻想の森へと育っていき、いくつもの動物たちがやってくる。とてもいい展開です。後半の「ベランダで、森を育てていたつもりだったが/気づけば/深い森に、じっと見つめられている」が、現実への鮮やかな折り返し点となり、読み手の意識も引き戻されます。ここからの着地が大切でしたが、そこでちょっと緩んでしまいました。ラストの2連がやや平凡な感慨になっていて惜しいです。

入透「海をのこして」
水が知っている思い出とは何でしょう。読む者によってそれはさまざまなイメージになります。失ったものへの個人的な思い出、集合的な思い出。私はここから東北を襲った津波を連想しました。「(誰かのために生きていたい)と、薄く吐いた息が錯覚している/期待はまだ僅かに血液の中に混じっていて、右心室を青く染めていく」「取り戻しに行きたかったのだ/何を、と問われても、なんでも、としか、言えないけれど」からのイメージです。静謐な悲しみが伝わってくる作品です。

暗夜榴犂「暗夜の空」
作者は高校生。夜中にどこかから泣き声が聞こえてくる。「この世界に悲しみをもたらした何者かが泣いている?」は、コロナ禍最中の悲しみを思わせますが、四連目の転調に驚かされました。「泣いているのは文学達?読んでくれる人がいないと悲哀に浸る?/いいえ、彼には読者はいるのです。明日の朝日が昇る頃にやってくるのは読者達」。言葉に寄せる思いに胸を打たれました。大きな悲しみの状況の中にも言葉はある。言葉が何かを生み出してくれると。

【選外佳作】
不鮎「エイミイ」
吉岡 幸一「水をまく」
井嶋りゅう「畦道」
シーレ・布施「春の針」
環「パレ―ドなんかいらない」
重成邦広「地名」
サトウアツコ「どうぶつえん」
杜 琴乃「ピーコック・オア」
三国 カナン「メタロイドな僕」
赤平 凌「トウキョウ」


◆浜田優評
【入選】
重成邦広「地名」
こちらは、礼文島の遥かな青空が心に残る佳篇。地名が短すぎる詩であるのは、その土地に暮らしてきた人びとの畏敬の思いが詰まっているからだ。旅の仲間が地図を覗き込む最後の連もいい。

ときつゆう「鈴音」
肉体をもたない死後の魂は、微かな鈴音として、光の粒として、この世に残る。そう納得させてくれるのが、散文ではない詩の力だろう。魂とは韻律そのものかもしれないから。

古川紀乃「incarnation」
タイトルは「受肉」。「わたしがわたしでなくなった時」にこそ、「わたしが顔を持つ以前」の、受肉の戦慄と恍惚の瞬間に触れうると、この詩は告げる。

【佳作】
早良龍平「荒野を這う」
荒野を這う芋虫の目線に同化して夜空を見上げる。芋虫が何の比喩なのかはわからないが、漆黒の画布を見ているような描写がよかった。

香月翠「るりはこべ」
翡翠色をした立方体。これも何の比喩かはわからないが、このもてあまし気味の立方体をめぐる、妙に切実でユーモラスな描写に心引かれた。

岡崎よしゆき「バーズアイビュー」
四万十川の渓谷の緑にくるまれて、魂が吸われていくような至福を味わう。ひらがなを連ねる韻律が心地よい。ただもっと、至福の先まで踏み込んでほしい。

長谷川航「シネフィル」
作者が「闇を照らす光」と形容するほど思慕する人が、亡くなったのだろう。その葬儀に訪れた親類の無関心さへの義憤を、「シートに座るシネフィルたち」と称するセンスもいい。それでも、大切な人を亡くした理不尽さ、怒りには、もっと直截な言葉をぶつけたほうがよくはないか。

篠井雄一朗「古疵」
夕暮れどき、晩鐘を聞き空を見上げ、人生の労苦を言葉で慰撫する。が、古疵は癒えない。雰囲気は伝わるが物足りない。「酷使する筋肉」の労働についても書いてほしい。

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