詩投稿欄

詩投稿作品 第16期(2020年1-3月)入選作・佳作・選評発表!!

日本現代詩人会 詩投稿作品 第16期(2020年1月1日―3月31日)

厳正なる選考の結果、入選作は以下のように決定いたしました。

■松尾真由美選
【入選】
岡崎よしゆき「テラリウム」
小川博輝「声の水」
加勢健一「鶴の声」
篠井雄一朗「確信犯」
【佳作】
末国正志「緑児(みどりご)」
シーレ布施「やさしいこえ」
杣かずひ「水底の塵」
満島芍薬「永遠の命を持つ子ら」

■柴田三吉選
【入選】
加勢健一「鶴の声」
東浜実乃梨「虹の狩りゆし」
雪柳あうこ「黄色の先へ」
松尾如華「コマ」
【佳作】
いけだいまり「〇 blanc et noir ●」
天原やちよ「午前三時の潔癖」
杣かずひ「水底の塵」
澤一織「君のいない教室で」
岡堯「槍ヶ岳」
夏青「ゴールデン」
譲葉秀秋「黙読詩『オシフィエンチムのサイレントガイド』
【選外佳作】
小川 博輝「灰の庭」
渡来 逢人「フツウジン」
山羊明倫「分水嶺」
末国正志「緑児(みどりご) 」
ミナト螢「労働」
幹本大樹「拒絶する部屋」

◆浜田優選
【入選】
大井美弥子「日常的な試みとそれに関する対話」
小川博輝「灰の庭」
岡崎よしゆき「テラリウム」
佐藤幹夫「やせた男」
【佳作】
右田洋一郎「とおい記憶」
水槽「ゆりかご」
重成邦広「献立」
新井光「そういう時間」
きくざわだいち「スライスする」

<投稿数355 投稿者228>


岡崎よしゆき――テラリウム


すいよう性に
みちあふれたうた

たえまなくうたうのはやめてほしいと 
ゆるやかに蛇行するあおい川の
河川敷いっぱいにさいた 
なのはなのあいだを
あるいてゆく 
きかいじかけの猫たちにそっとつたえてほしい

沈下橋からは
午後の陽にまじわる
みずいろのリラティビティがあふれ
こっちに
ながれよせてくる、(すくい
とると)
きせつときせつのあいだの粘膜のように
ゆびと
ゆびにからまりながら
あやしくひかって
そのむこうで
耳のない黑いうまがうつむいているのが
みえるだろうか
たてがみをさわるのが
こわくてならない

テラリウム
きのう知りあった
女のいえのリビングでみたとうめいなエビの
交接を
ふとおもいだす
すべては
かなしいねと
女は前髪をさくっときりながら言った

沈下橋を
だれかがわたっている
「おおい」とよぼうとするけれど
どうしても声がでない
なのはなのにおいが息のなかにとけてきて
うまが
そらをみあげる
あおい風が
ゼッタイてきなたかさに位置する

 

小川博輝――声の水


わたしたちはそれしか知らなかった
桜が枯れたことしか そしてまた咲くことしか
それは火を見るより明らか それでいて理解し難いこと
わたしたちは知らなかった それしか知らなかった

口はそらんじている 沈黙を覚え込んでいる
あなたの重みが わたしたちを空へと近づける
知らせるかのように その遠さを知らせるかのように
この口が桜のあふれる声を覚えるには
わたしたちにはまだ時間がかかる
知らなかったわたしたちは
知らされたことを知ることができなかった

あなたの両腕は繰り返す 忘却と記憶の姿
その抱擁のなか わたしたちのカラダは春の雪
わたしたちは知らなかった それしか知らなかった
生の流れに痛みの腱 間欠泉は黄昏に広がり
降り積もる記憶の灰に 街は自らを忘れる
面影のなかで記憶は四肢を伸ばし
声に病んで夢は荒地をかけ廻る

橋の材料は足りない わたしたちは言葉をみつけられない
時間がかかる 桜のふくよかな言葉を真似るにはまだ時間が
それが必要?時間こそがほんとうに?
恐れは手のひらを巡り 眠っては起きる
口たちのながい葬列への
忘却ですすがれたものを歌わせることへの
重なりゆく旋律に満たしえぬ沈黙が失われることへの
恐れそれから恐れが
しかし この口が沈黙を通り過ぎると
その言葉たちは何も知らなかった

わたしたちは知らなかった 何も知らなかった
花弁のない無で 朝は永遠の花占いを始める
そう それから ちがう そうであるものがまたちがっている
求めている それが何かも知らぬまま
言葉の暗い湖上をさまよう 互いを知らないわたしたちは
孤独に散り落ち 色を忘れた花のよう

わたしたちは知らなかった それしか
桜が枯れたことしか そしてまた咲くことしか
わたしたちはそれしか知らなかった

月夜の水面に浮かびただよう 花は幾通りもの雲のよう
忘却から時間が現れる 太陽が月の種子である時間
水は沈黙と暗さに 空をその身に写しとり
花びらは昇る 翼と分かたれ なおも飛ばんとする羽根のように

月よ 戸を開け 石の蕾よ 朝の楽譜の前
音符も知らぬまま息はたゆたい
忘却の岸辺が雪の波を受けて
沈黙の筒たちを打ち上げるとき
アメノウズメは闇のなかで踊る
自分が誰であるのかも分からないまま
星の言葉を語る痛みを語る 合わさる唇が語る
わたしたちは知らない 舞踏のなか自分が誰であるのかを知らない

わたしたちは知らない それが何処であるのか
知らない わたしたちは知らない
生き生き重ねて生き生けども未だ暗く
澄まし澄まし澄まし澄ましてなお声を知らない

その灰の乞にしたがいて立てる
わたしたちの目は燃える 紫陽花の音のなか 運ばれていく
わたしたちの言葉の指は 互いのなかで絡み合い
季節の青い時間を飲んで あなたの雪餅草を育てる

加勢健一――鶴の声


鶴(たず)の遠鳴きする 焼畑の向こう
金管の曲がりに似た 首の塔中に
あまからい血が 昇り降りしている
命のあやういまで しなうほど
里の童(わらわ)は
いのりの鶴を 折りやめない

冬至のけさ 父が
常世の長鳴き鳥
を一羽絞めた
朝ごとの こけここ とは違う声
飢えた人々の両耳に
削られた鳴き痕
を刻みつけて

地にころがる鶏冠(とさか)を 犬が咥え
その赤さを いつまでも舐めている
白くかろく散り敷いた
羽根
雪に似て

鶴は
卵を温めなおす
人に食われ得ない 命の
みなもとを響かせる 声
にび色の空に はね返され
豊かさを焼き果てた 畑へ注ぎ 沁む
次に生まれ来るものを育むであろう
浄められた土くれの母 耕す父
静かに待つ

童は寝床に
折り鶴を遊ばせる
胎(はら)の頃の思いを繰り寄せながら
黄 青 桃 とりどりの
夢を現(うつつ)に寝添わせ

宵の口
次からつぎへと羽ばたく
木を樵るような 甲高い音につらぬかれ
常世の風 吹き越す山端
そのまた先を あかく眼差して

篠井 雄一朗――確信犯

雨の水曜、仕舞った
気持ちがよみがえろうとする
ビーカーと三角フラスコ
アルコールランプの匂いのついた
窓枠に
収まりきれない
約束を破って

(12平方センチメートル
 幸せをいただきました
 いただいた気になっていました
 裸足でした)

波打ち際
砂塵だけが記憶するように
標本は見ていた
ホルムアルデヒド水溶液の中から
見ていた

横たわる
睡眠は新鮮なほうがいい
同じようで同じではない
晴れを願う

燃えているのは骨ではない
言霊だ
「木曜日には帰る」
とあの人は言い残して
匂いの消えた空間は
漂流をはじめる。

東浜実乃梨――虹の狩りゆし


狩りが始まるまつりの夜明け
西の空には遠慮がちな虹
憂いの名残プリズムの踊り
帰りそびれた月もにやりやり

自慢の四駆に掲げた竹やり
きょうも狩人列にズラリらり
どこどこ地響きうなる鹿の群れ
ちがうよあれは空を駆ける ほら
ながれてゆく群れだいたい安寧

虹はいつから虹ではないの
虹は虹としてぴゅーんと張るだけ
いろをきめるのはうつろう分か
にじがにじとしてたのまれる門か

虹の半分なんで隠れてるの
それはね
おまえを
たべるためだよ

赤ずきんちゃん呑まれてなみなみ
眩い陽の中溶けてうやむやみ
白けた空に埋もれた あんど

虹と呼ばれずに
狩りに招ばれずに

雪柳あうこ――黄色の先へ


黄色く点滅を続ける
海際の信号機を
見たことがありますか

都会の真夜中のそれとは違う
人も車もほとんど通らない
陽炎立ちのぼる
海際のT字路では

朝も昼も夜も
三色の真ん中だけが
ずっと明滅しているのです

注意せよ? 
いいえ

注意して、進め

べたつく潮風にすっかり錆びた
ガードレールに足をかけ

船でも、波に乗るでもなく
黄色い許しと
飛び越す己の脚力だけで

深く広く横たわる
巨大な質量を、越えていきたいのです

黄色く点滅を続ける
海際の信号機が
潮風に揺らぐのが見えたなら

遠くへ

注意して進め?
いいえ

おもむくままに、進め

松尾 如華――コマ


此処に、個々に
今、この瞬間を
私は廻っている

私の路は
何処で
終わるのか
わからないけれど

今、この瞬間を
此処で
私は廻っている

廻り始めるその時に
貴方が支えてくれた
その声の温もりを覚えているから

身体の芯を突き抜ける
貴方の声
それが原動力

此処の景色は美しく
どんな景色に変わろうと
いつもその瞬間を
私は廻っていた

廻り始めるその時に
貴方が支えてくれた
その手の温もりを覚えていたから

身体の芯を突き抜ける
貴方の全身の温もりが
廻れと心を揺さぶり続ける

たとえ私の時間が
貴方の元に帰る日に
近づいていることを知っていても

身体の芯を突き抜ける
私の温もりが
廻れと心を揺さぶり続ける

私の路は
何時
終わるのか
わからないけれど

今、この瞬間も
私自身でこの足元を踏みしめ
私は廻っていたい

此処の景色がどんな様子に変わろうと
廻ることで
貴方を強く感じることができるから
そして
身体を突き抜ける
まっすぐな心は
何時も温かく
貴方ともにある私自身でありたい

大井美弥子――日常的な試みとそれに関する対話


あ、い、今ですか、
今はそうですね、おや、もう深夜の二時半
丑三つ時ってやつですかね、はは、
寝ないといけないんですよ、
今日はいちにち歩き回ったものですから
膝から下だけに過度な疲労がたまっていますので
取り替えなければいけませんね
膝から下の部分だけで大丈夫でしょう、
関節にはなんら問題は見られませんから
え、そう、お風呂です、取り替える前に
お風呂に入らないといけないんですが
足が疲れてしまってどうにもその気にはなれないので
こうして天井を見ているのですよ
この部屋はずいぶんと白いんですね
え、ええ、今気がつきました
節穴ですかね、眼球は問題なく嵌まっているはずですよ
取り替えは必要ないでしょう、視力はAランクに設定されています
だって天井も壁紙も蛍光灯も白いなんて、飽きませんか?
おや、お気に障りましたか、それは失礼しました
文句ばかりではいけないということですね
そう、お風呂に入らないといけないんです
さすがに早朝に塗ったままのファンデーションは肌に悪いですから
でも、こうやって天井を見ているとですね、
上からギロチンのように刃が降ってくるんです
あ、今、きょとんとしましたね、
理解できないって顔をしています
ためしに同じ姿勢をとってみてください
もうやってる? それは失礼しました
こうやって喉元を晒しているとですね、急に
上からとん、と落ちてきて胸元で一回はねて、
それから喉に向かって滑り降りてくるんですよ
ええ、大きな刃がです、見えましたか?
おや本当だ、見えませんでしたね、二度目はないのでしょうか
理由なんて知りませんよ、意図はあるのかもしれませんが、
え、頭部の取り替えですか? いりませんよ、
塗装を変えればいいだけの話じゃありませんか
だいいち刃が喉に滑ってきても、
頭部を切断してしまうことはありませんよ
だって取り替えは必要ないのですからね
その代わりといってはなんですが
ちょっと前に刃が落ちてきて胸を軽く叩いたでしょう、
覚えがない? ええ、でも叩くんです、
そうしたら、開いた口の中から小さいかみそりが溢れ出るんです
こんなに大きい刃物が降ってきてしまったんですから
小さいやつらは居場所を奪われてしまったんですよ
弱肉強食ってやつかもしれませんね
体内にも生態系は確かに存在しますから
大きいやつに居場所を奪われた小さいやつらは
仕方なく口から逃げ出そうとするんです
おあつらえ向きに喉を開いているもんですから
そこから逃げて行くわけですね
哀れでしょう、かわいそうにねえ、
おや、異論があるようですね、
たしかに、逃げないといけない哀れなかみそりたちよりも
そいつらに勝手に住処にされているほうがかわいそうかもしれないです
さて、今は、ええと、深夜の三時ですか
いけません、なぜならお風呂に入らないといけないんですからね

 

小川 博輝――灰の庭


蜜蜂の記憶に撫でられ 石たちは膨らむ
息の延びた道で 世界は仕草をばらまいていた
そこから来たわたしたちは来た 泡沫の輪郭が表情を生んだ
水晶の指のあいだから 来たる来たる声
いかなる純粋な炎からも 紫の音がする時間に

筏は運ぶ 水の記憶を 鐘の言葉を
雪の編まれた暗闇の奥で
崩れた落雷の住処に 夜の球根を添えて
それから…それからどうした?
わたしたちの雪はそんなものではなかった?
季節の螺旋と 前方の朝を見つめながら数えていた
霧に満ちた衣服の夢を 薔薇の渦に眠る鏡のように
こちらからあちらへを繰り返して

蚕よ!忘却の灰、死者の灰、あらゆる指先の灰、言葉から遠く離れた近くの灰を撚りあわせ、沈黙と糸を身に纏うことに耐え そして自らの存在を引き剥がしていく者よ!
灰の庭師よ! 訪れがあった 命脈の訪れ そして顕れが
聞こえるかい?あの夜から産まれた唇が 黄金を注ぐ香りが
庭は昇華した 燃え上がる水の翼 それは腕
失われた誰かの腕 私たちの腕 時間の腕
ささやかな菫が確信に満ちて支える重さ
十二の脱ぎ落ちた衣の上で 婚姻を交わす
無名者たちのざわめき

波の果実 赤い静寂に身を浸して
百合の響きにその身を伸ばしながら
道行く影 扉のない門
何処までもつづく問いが 状況的解答が
しかし無い、しかしそれでも無い
足から足から渡る草笛

小さな光のなかで 飛翔する砂
石の音 石の音 やがて水の柔らかみを帯びて
沈黙の裏側に顔を出す 声の霧が口を開く
彼の如雨露のなかの苔
親であり子なのです、あらゆるものが、何ものにもなれず、それでいて言い切る 躊躇いが口に満たされて。何処にあるのでしょう?それとも、何が?
月の流れよ その身に沈黙を映しながら
声の出口と入口とに導かれながら
熾に吹きかける息は 不在の寒さに震えて
彼女の脚は春のささやきだった
浮かんでいくもの 透明な故郷に

言葉の奥の翼 私たちの蕚 飛翔の連なりは橋となり
香りと光で語った 花弁から手を伸ばし
蕚の織物を作り変え 万華鏡が音を立てる
翼と根の苦悩 深淵を覆う木蔦 救いて捕らえるもの
樹木の果てなくつづく疑惑 暁の水晶に囲まれた
一匹の蝶のように
祈りの深い枝先で すべてが翼だと信じながら
氷の落ちる音 草原の黄色い大理石に向けて
赴くべきあらゆるものに向けて 深い泉から桜を咲かせながら
言葉、言葉、そしてあなた

佐藤 幹夫――やせた男


冬の川のほとり
やせた男が 片足で立ち
夜になるのを待っていた
誰もいない 誰も来ない場所で
やせた男は 片足で
細い樹が立つ 川原で
水辺には小さな手袋が落ちていた
何処かで寺の鐘が鳴った
川面に顔を出していた鵜は音に驚いたのか
潜って姿が見えなくなった
男を視ている眼があった 狸だった
狸は一定の距離をとり 男を見守っていた
誰もいなかった

冬の川のほとり
やせた男が 片足で立ち
夜になるのを待っていた
貧しいが 心の美しい女を待っていた
霧のような小雨が降っていた
狸の眼が光っていた
何処かで寺の鐘が鳴った
女は約束の時間に遅れてしまったと 急いだ
いつもの路を曲がり 出会い頭に事故に巻き込まれた
狸は何かに驚いて 男の前から身を翻した
細い樹はこの時俯瞰して 全てを視た
男に懸命に伝えたが 男は感知しなかった
川の匂いも変わった
微かに女の匂いを漂わせていた
枯葦が揺れていた
霧は重さを増していった 夜は更に積まれて
液状化した時間は流れ 澱んだ川と溶け合った
水辺の生き物は異変を感じ 活動を止めた
寺の鐘が鳴った
女は遠い意識で鐘の音を聴いた
やせた男を想い出していた

冬の川のほとり
やせた男が 片足で立ち
夜になるのを待っていた
男は抱いた子供から手袋を外し
川原に捨てた
男は冷たくなった小さな手を握りしめ
祈るように泣き 過ちを認めた
細い樹は仕方がないと 男を慰めたが
男は聞こうともせず ただ悔いていた
雲一つない 美しい夜空だった
夜空は男とは関係なく ただ夜空として存在していた
鵜が顔を出した
鵜が姿を消した
寺の鐘が鳴った
時間は何も干渉せず漠と流れた
一方で時間は全てを司り
魂の行方までも支配していた

冬の川のほとり
やせた男が 片足で立ち
夜になるのを待っていた


◆松尾真由美選評
まず、自分が書きたいことを(行数に関わらず)書き切っているかどうかを自問して下さい。詩の言葉の動きに身を任せれば、自分の意図を超えでるものが現われて、そこに発見もある。詩は余白も読ませるものですが、気持ちを表面的になぞるだけでは余白も生きない。量を書けば自分の詩の形は出来上がってくるので、今回の選にもれた方も諦めないで下さい。

【入選】
岡崎よしゆき「テラリウム」
「きかいじかけの猫」「耳のない馬」「とうめいなエビ」なと特異な生物が出てきても、違和感なく叙情が醸し出されて、魅力的な作品だった。三行目の「を」は二行目に繋げる。一字にする意味を感じられないのです。

小川博輝「声の水」
結論のでないものを追求し、そこにリフレインが加わることで作品の内実を深めることに成功している。最終連の「紫陽花」が唐突。「桜」のモチーフが続き、読者は「花」は桜と思って読んでいる。後ろ二行を生かして直してみて下さい。それとコメントが長いです。作品とは別に詩論を書くことをお勧めします。

加勢健一「鶴の声」
昔語りが死に際しての残酷な状況をうす闇の中に浮かばせ、そうしたことでその血や叫びの衝撃が生々しくなく、作品は静止画のようにも感じられるが、童(成長がある)がいることで一点のうごめきがあり、現在に取りこまれる。夢と現(うつつ)の交差が作者の意図どおりに成功している。

篠井雄一朗「確信犯」
無駄な言葉がなく、浮遊感のある世界観が作品本体で表われている。二連目など意味が分からないのだが「裸足でした」という表現があることで説得力を持つ。詩の言葉は理屈ではなく感覚的な言葉の定置だということを証す作品になっている。

【佳作】
シーレ布施「やさしいこえ」
括弧や会話体が効果的に使われ(安易に使うと失敗してしまう)、自己の混濁が言葉の動きに直結していることに好感を持った。一連目(出だし)と最終連(終わり)も良い。作品は量を書くことで安定感が出るでしょう。

末国正志「緑子(みどりご)」
詩を書き続けている男の言葉はロマンを語っているようだが、その言葉と嬰児との照応は独自性を感じさせた。作品はまとまりを見せているが、「…」を使わずに余韻を残す表現を。

杣かずひ「水底の塵」
実感的な情景と抽象的な情景との激しい振幅に詩的な高度を感じさせた。通勤のうちに死や歴史が内包され、大きな作品となっている。「たましい」など大仰な言葉使いは注意すること。

満島芍薬「永遠の命を待つ子ら」
死を越えたナツメと主体の物語はこの分量で完結を見せている。不在も死も生も中空にあるようで、それが創作としての詩を成功させている。「僕」が一か所だけ出てくるので「私」に統一させて下さい。


◆柴田三吉選評
360編を超える作品を読み、多様な世界に驚かされました。応募された方々の年齢層は10代から70代までと幅広く、書きたいことに満ちていて、詩への期待を感じさせるものでした。内容も拮抗していて、入選・佳作に至らなかった作品も、その差は僅差であったように思います。若い人の作品には孤独や虚無を描いた切実なものが多く、中高年の方の作品には物語性や生活の実感、抽象的な概念を扱ったものが多かったです。その中から私が選んだのは、個を超えて読む者に伝わるポエジーがあるかどうかでした。作品の発表は自身の外へ差し出すもので、私という他者の共感を優先しました。


【入選作】
加勢健一「鶴の声」
加藤さんは他にも「酢蛸」「まじかる」があります。どれを入選作として良い力量と思いました。思考を支えるバックボーンがしっかりしているのです。「鶴の声」は、1連目の鶴の描写で一気に引き込まれました。「金管の曲がりに似た 首の塔中に/あまからい血が 昇り降りしている/命のあやういまで しなうほど」。そこから、鶏を屠る冬至、田畑に沁み入る鶴の声、子どもたちの折り鶴への願いと、いくつもの場面を重ね、生の連環を全体の喩として美しく描いています。

東浜実乃梨「虹の狩りゆし」
虹を題材にして言葉遊びをしていますが、二連目にハッとする5行があります。「自慢の四駆に掲げた竹やり/きょうも狩人列にズラリらり/どこどこ地響きうなる鹿の群れ/ちがうよあれは空を駆ける ほら/ながれてゆく群れだいたい安寧」。沖縄の路上を走る軍用車、空を飛ぶ戦闘機を想像させます。これによって虹の意味が強烈に異化されています。

雪柳あうこ「黄色の先へ」
T字路に設置された、黄色だけが点滅する信号機。「注意せよ?/いいえ//注意して、進め」というとらえ方が面白いです。後半、ガードレールを乗り越え、海に向かって進む、という鮮やかな転換にポエジーがあります。ラストの「おもむくままに、進め」は、雪柳さんの伸びやかな感性が伝わり、詩を読むよろこびをいただきました。

松尾如華「コマ」
生きる場所を定め、そこで回っていることを良きこととして、自らを鼓舞しています。その力となっているのが、「貴方の声」であり、「貴方の温もり」であるというところに惹かれます。恋愛詩と思って読んでいきましたが、もっと広く、母あるいは父への愛ととらえてもいいかもしれません。ラストの「貴方ともにある私自身でありたい」は、「貴方ともにある」で止めた方がいいのでは。


【佳作】
いけだいまり「〇 blanc et noir ●」
人格の二つの面、その葛藤を描いたものでしょう。面白い構成です。「blanc」は白で、表面に現われた生真面目な人格、「noir」は黒のイメージで、無意識の奔放さを表わしているようです。そこに対比の妙がありました。古典的なテーマであり、永遠のテーマです。

天原やちよ「午前三時の潔癖」
天原さんは15歳の高校生。イメージの構成力、完成度に驚かされました。冒頭の「甘酸っぱく融けた午前三時の影。」という導入が素晴らしいです。そこからの言葉の連鎖は、アンニュイな気分に捉われることなく、きりっと立つ精神を感じさせます。「僕は指先を罰する痛みを求め、その翼をぷつりと壊してみせるのです。/舞台装置に繋がるギロチンの刃を落とす様に。」は秀逸です。

杣かずひ「水底の塵」
無機質な地下道を仕事帰りに歩いている。そこで見つけたヤドカリの死骸。都市の片隅で萎んでいく命に、我身ばかりか文明の先行きも見ている。「墓場に通うぼくらを揺籃する 昭和の鉄函」と、ある種のやりきれなさが描かれていますが、それを静かに見つめる知性があり、絶望と簡単に言えない思いが伝わってきます。

澤一織「君のいない教室で」
いじめに遭った級友の不在。君がいなくなっても教室では平穏な時が過ぎていく。隠された不穏を感じているのは「校歌を間違うことなくすべて/歌えてしまった自分」だけ。けれどさらにその先を見れば、現在の若者たちの苛立つ姿が根にあります。「大人には/笑顔にしか見えない表情」と書いたことで、それを強く示しています。5連目はやや説明的。もう少し整理した方がいいかと思いました。

岡堯「槍ヶ岳」
疲労困憊して山小屋に辿り着いた瞬間「からだをぬぐ」という冒頭にリアリティーがあります。筋肉が落ちていき「わたしもおちる」。そこからある種の無意識状態になって、天空との交わりを感受するところが美しいです。ラストの覚醒も納得です。

夏青「ゴールデン」
手のひらに乗る小動物。それは自然の摂理など知りえず、手の届く範囲の事柄に没頭し、自分の命を繋ぐことだけを考えている。動物特有の存在の仕方、と読めばそれだけのことですが、この作品が比喩しているのが、現代社会を生きる人間への批評とすれば、大きなものが立ち上がってきます。

譲葉秀秋「黙読詩『オシフィエンチムのサイレントガイド』
ナチスが作った、ポーランドのオシフィエンチム(=アウシュヴィッツ)強制収容所は、絶滅収容所でもありました。跡地は整備され、博物館も建てられています。そこを訪れた際の衝撃を描いていますが、人間が犯した罪を全身で受け止めています。沈黙を強いるのは、私たちすべての人間が負った罪への自覚です。許しとは何かということを問うています。

【選外佳作】
小川 博輝「灰の庭」
渡来 逢人「フツウジン」
山羊明倫「分水嶺」
末国正志「緑児(みどりご) 」
ミナト螢「労働」
幹本大樹「拒絶する部屋」


◆浜田優選評
【入選作】
大井美弥子「日常的な試みとそれに関する対話」
自虐なのか突き放しているのか、ユーモラスな語り口に惹かれてついつい読み返してしまう。企みがあるようでないような巧みな詩なのだが、でも結局はどうでもいいんです、と言われてしまったようで歯がゆい。

小川博輝「灰の庭」
力作である。言葉の、というか発語の熱量がすごい。万象が発する声なき声を聞き取り、そこにたしかな存在の輪郭を与え、あまつさえ飛翔しようとする詩の(言葉の)意志。(とはいえ……)、「蚕よ!」と言われ、次の行に「灰の庭師よ!」とある。これはどう繋がるのか。「蚕=灰の庭師」なのか、それとも違うのか。そんな読み手のそのつどの疑問や逡巡を、この発語(声)の大きさが、あらかじめ抑圧してしまうようなところがある。

岡崎よしゆき「テラリウム」
韻律がすばらしい。改行による緩急の付け方、ひと息で緊張を高め、次の行でふっと力を抜くところなど絶妙で、意味よりも音の浮遊感が心地いい。ただ、あおい川、みずいろのリラティビティ、あおい風と、ぜんたいが青の印象に流されて、「黒いうま」がどうも像を結ばなかった。

佐藤幹夫「やせた男」
あいまいな行は一行もない。すべての情景に焦点が合っている。誰にも知られなかったがゆえにかけがえのない男と女の悲劇を、映像のナレーションのように描く。

【佳作】
右田洋一郎「とおい記憶」
秋の首を絞めるとか冬を殺すとか、レトリックが大仰で可笑しいのだが、描写がなかなか真に迫っていて、興味深く読んだ。それでも、「体と心とをふきぬける風だけが実感される」というのでは、この記憶はいつまでも漠然として「とおい」ままだろう。

水槽「ゆりかご」
「展望といっしょに袋の中で眠る」、出だしの一行がとてもいい。ただし短い(一〇行詩)。ゆりかごにくるまっているだけなら、言葉はいらない。

重成邦広「献立」
春菊鍋、いいですね。あの清々しい苦み、「幸運から舞い立つ香り」。「献立は/明日への乗船名簿だ」、これはちょっと陳腐かな。

新井光「そういう時間」
なんというか好い香りのする夜の雰囲気。雰囲気はいいけれどリアリティがない。「死んだ人の家に/火をつけにいくみたいだ」という締めも、ハッとはするけれどそれだけで終わってしまう。

きくざわだいち「スライスする」
才気は感じるものの、この饒舌はいったい何が言いたいのか。「届かない声はぼくが責任をもってすべて聞く」とはなんとも大胆で威勢のいい宣言だなと思いつつ、次の行の「届かないうちはトマトもトメィトゥもその薄皮で存在を維持している」は、もう意味がわからない。

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