詩投稿欄

「詩投稿 第36期」入選作品紹介Topページに入選作を順次公開します。

早川啓「街灯」

憂鬱な夜に咲いた花が
静かに悲しみを拭っていく
いつかの景色に
街の中で仕事をしていると
暗闇が次第に通過していく
思い出したことは喧噪の中に
いつかの思いが消えていった
今でも蘇る歳月に
その中でも感情は残っていると
静かに告げたあの人が
願いを遠くへと繋いでいく
街灯の明かりの下に
消えていたシャツが風になびき
空想の途中で終わる旋律が
次第に姿を現す
何処かへ向かおうと
思っていた日から時間が経ち
祈りを時間に変えて
そんな日々を過ごしている
いつかは終わってしまう物語が
段々と熱を帯びて
届かない思いに
霞んでいった記憶が移ろう
電柱の下のごみ捨て置き場に
散らばった破片を眺めながら
今日も通過していく感覚が
夢の中を通り過ぎていく
いつものように風に揺れて
ただ平穏な風景を描いた
その途中にあったはずの
不安は薄れていって
遠くにいた人々に対して
終わりを予感させる

 

ぱれっと「ぼくのみた夢」

誰かを殺す夢をみた
おもちゃのようなホンモノを両手でかかえて
わけも分からず撃った
撃つ気などなかったが
撃たねばならなかった
ぼくが目を閉じた瞬間に
人が一人死んでしまった
思わず持ち手をこすろうとする
あれ、そうか、許されるのか
倒れたのがどこの誰かなどぼくは知らない
知りたくもないが
ああ、夢でよかった

家族が死んだ夢をみた
その時ぼくはどこにいたか知らないが
風のうわさでようやく知った
死に方までは誰も知らなかった
どこに手を合わせていいかも分からず
空に目をやる暇さえもなかった
怒りすらわかず
むしろ同情した
悲しみはやはり諦めに打ち勝ったが
ああ、夢でよかった

誰かに撃たれる夢をみた
相手の顔も見えないまま
激痛ともつれ合いながら地面にぶつかった
まわりには多くの人がいたが
みなぼくを足蹴にして進むか同じように転がるばかりで
誰もぼくの死に様を見てはいなかった
もう考えることなどできなかったが
ああ、夢でよかった

人が殺し合う夢をみた
激しい銃撃戦とか
最新鋭の殺人マシーンとか
子どものころ心を踊らせた画面に
今となっては希望も絶望も感じる隙はなかった
あのころとは違い
ただなにもかもが現実だった
ぼくは目を覚ましたかったが
いや、そうじゃない
これは夢なんかじゃないんだ
人が死んでいる
人の手で死んでいる
正義に見せかけた抑圧でおおわれた大義名分を信じて
あるいは襲いかかるそれらに対抗して
失った手足も命も人の心も
濁流に飲み込まれてもう掬うことは叶わない
足を踏み入れれば飲み込まれてしまう
橋が壊れたのはなぜか
橋を壊したのは誰か
みんなが知っている
それでも
対岸にうまれた火種は
嫌というほど大きく燃え上がり
もうそこまで、目の前に迫っている
ああ、これは現実なんだ
これが
これが
ああ、本当に
夢であればよかった

 

加藤水玉「ナナミの場合」

いつもナナミは午後の三時に起きた
心の病いを患っているわけでも
夜の接客業をしているわけでもなかった
郵便局の配送センターで夜間仕分けをしている
どちらかと言うと話しをするのは苦手
誰にも会わないとひと言も発さない日もあった。

空を眺めるのは好きだったが
雲ひとつない青空はきらい
あまりにも無垢な青ばかりだと不安になる
空も雲も判別できない真夜中が好き
でも星座を覚えるほど
ロマンチストではなかった

郵便の仕分けはダイレクトメールばかり
ラブレターもエアメールが届くことはない
封を開くことなく捨てられる手紙を思うと
自分はこの世界にいなくても良い存在
そんな風に考えたときもあった
けれどもそれでは命を絶つ理由にはならない

器量は悪くはなかったけれども
恋人がいたときはなかった
それが悲しいとも淋しいとも思わない
一日中だれかと一緒にいるのは耐えられない
自分のことを一番知っているのは
ナナミ自身なのだから

今朝方に実家から電話があり
父親が倒れたという
有給休暇を申請すれば済むのだが
上司に家族の話しをするのが面倒だった
それに突然の出費は頭を悩ませる
今月はゲームの課金がいつもより多い

結局夜行バスに乗って故郷に向かっていた
父がナナミに会いたがっていると母は言う

父と母だけしかいない実家は
ナナミの暮らしより寂しいのだろうか
車内は静寂に満ちている
それがナナミを安心させる

カーテンの隙間から夜空を眺めると
天使の弓のような三日月が見えた
三日月は夜行バスと並んで走っている
お月様にも帰らなければならない
我が家があるのだろうか

そろそろ眠らないといけない
閉塞に満ちた世界は休息を必要としている
瞼を閉じるとタイヤの音だけが
規則正しく聞こえてきた

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