研究活動・親睦

総会

三浦雅士氏 講演「日本語の詩人であること」(2018.8.25 総会の議事前)

三浦雅士氏 講演
日本語の詩人であること

 戦後詩という語が生きていた頃、詩人であるよりもまず社会人である自覚を持つよう喧伝されたが、これは嘘だ。詩人は何よりも詩人であることを自覚すべだ。たとえば画家や音楽家であることの自覚に比べれば、芸大教授であることの自覚など何ほどのこともない。詩は社会的自覚を述べる場ではない。
 詩人は詩人として恥かしくないように生きること。顔、たたずまいに品格を持つこと。人生は作品だ。品格は書に出るが、顔にも出る。
中也に「一つのメルヘン」という詩がある。「秋の夜は、はるかの彼方に、/小石ばかりの、河原があって、/それに陽は、さらさらと/さらさらと射しているのでありました。」が第一連。鮎川信夫に「死んだ男」という詩がある。「たとえば霧や/あらゆる階段の足音のなかから、/遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。」が第一連。似ている。ともに複式夢幻能と同じ構造を持つ。平林敏彦に「廃墟」という詩がある。「蝶がとんでいる/なにごとも起らぬ痴呆のような/たそがれの原を/きな臭い焼跡の風のなかを」が第一連。
 中也の詩は一九三六年、鮎川四六年、平林四九年。戦争を挟むが、十数年の間に書かれている。みな恐ろしいほど日本語の伝統のなかにある。現代詩史は書き直されるべきだ。
 この半世紀以上、詩は思想を持たなければならないとやみくもに言われてきた。パスカルやニーチェのような思想ではない。簡単にいえばマルクスの思想、左翼的、革新的な社会批判、政治批判だ。だが、そんなものは詩ではない。
 中也、鮎川、平林の詩を並べてわかるのは、そんな思想より、日本語の伝統のほうが強かったということ。日本語に内在する様式、それにともなう思想が、詩人の人生を通して噴出したということだ。吉本隆明の「固有時との対話」も同じだ。
 日本語万歳というのではない。
 知られているように、一九八〇年代の分子生物学の分析によって、現生人類の起源はほぼ二十万年前のアフリカ、それが紅海、アラビア海沿岸を通ってユーラシアへと足を踏み入れるのが八万年前、インドに達し、東南アジアに達するのが六万年前、日本に達するのが四万年から三万年前であるということが明らかになっている。言語の起源はほぼ六万年前。諸言語の寿命は二、三千年。
 日本語にしても万葉古今、芭蕉で大きく変わっている。中国の影響が大きいが、中国語もクレオールなのだから有難がることはない。芭蕉が俳諧で漢詩を日本の詩的言語に熟成し、それがあって明治以降の西洋文化輸入において漢字二字熟語が簡単に成立した。中国も逆輸入した。
 これはどういうことか。中也、鮎川、平林の例は日本語万歳を意味するのではなく、言語万歳を意味するということだ。場が設定され、死者が登場し、やがて消えるというのは、万国共通、言語そのものに共通する。言語を持つものはみな死に直面しそのために冥界下降譚をでっちあげる。複式夢幻能だけではない。「白鳥の湖」のようなバレエも同じ。
 この言語の宇宙に直面するのが詩人だ。詩人つまり言語感覚が異常に鋭いものだけが言語の宇宙に直面できるのである。詩を書くことも重大だが、詩人として生きることのほうがもっと重大なのは、言語を生きる覚悟が必要だからである。
 言語の運命を生きること。だが、それは日本語なら日本語、英語なら英語という母語を通してしか達成できない。詩人は母語の詩人としてしか生きられない。日本語の詩人であるとはそういうことだ。

(日本現代詩人会の2018年度通常 総会が8月 25 日(土)午後1時 30 分か ら、アルカディア市ヶ谷で開催。議事に先立ち、 新藤凉子会長が講師紹介を行い、三浦 雅士氏が「日本語の詩人であることに ついて」というテーマで講演した。)

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