研究活動・親睦

東日本ゼミ

現代詩ゼミナール講演「鮎川信夫のこと」平尾隆弘氏講演

現代詩ゼミナール講演
 「鮎川信夫のこと」
   平尾隆弘氏講演(文藝春秋元社長)

 今年は鮎川信夫さんの生誕一〇〇年になり、感慨深いものがあります。
 鮎川さんは、アメリカの新聞・雑誌を二〇種くらい目を通しているから、そこから面白い記事を紹介するんだったら書ける、ということで、「アメリカを読む」というコラムが始まりました。
 アメリカというのは鮎川さんにとっていわば「世界の鏡」でした。つまり実態と同時に、メタファーでもあったと思います。
 「世界で起きるどんな問題も詩と関係がある」と言っています。「国家は詩と関係ない、民族は詩と関係ない」、そう言う詩を否定したのがぼくら「荒地」の詩なのだと。
 鮎川さんの詩「アメリカ」に、「反コロンブスはアメリカを発見せず 非ジェファーソンは独立宣言に署名しない われわれのアメリカはまだ発見されていない」というフレーズがあります。あるときわたしはあの詩行が好きだと言ったら、「日本人の皆が考えてるアメリカなんかアメリカじゃない」と言われました。
 印象に残っているのは、「ディズニーランドの魅力」です。あれはすばらしい、ぜひ行くといいと絶讃です。わたしはこの文章を書く鮎川さんに、「イノセンス」を感じていました。あれほど周到で冷静にものを見る人が、無防備ともいえる側面を持っているのは不思議でもありました。
 ディズニーランドはね、「オーセンティック」なんだよ、と。Authenticは「本物の」「信頼できる」という意味の英語です。近代のマイナスの部分、暗い影の部分を全部排除した、という批判があっても、完結した宇宙だと。
 鮎川さんの詩に、「砲撃に耳をすますような顔つきで」という一行があります。六〇歳を過ぎても鮎川さんは兵士なんです。主観から離れて、現実を見きわめ、自分の言動を決定する。鮎川さん独特の表情でした。
 小林秀雄が「近代文学」に招かれて、戦争のことを聞かれて「僕は反省などしない。利口な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」と言いました。鮎川さんは「小林の啖呵は迫力がある、だけどさ『やっぱり反省しなきゃいけない。反省しない人間は人間じゃない』」ときっぱり言われました。
 一九八四年、文春が三浦和義事件の記事を載せはじめました。鮎川さんは、当初から三浦擁護論に対して厳しい見方をされていました。
 戦後社会は甘やかし社会であって、「三浦は戦後の日本人の醜悪さを一身に体現している」と言っています。
 ここで吉本隆明さんと対立が始まります。吉本さんは「確証がない限りは、犯人と断定してはいけない」と正論を述べ、鮎川さんは「断定してない。疑いを晴らすのは本人なのに、なぜ答えないと言う。しかし吉本さんの『マス・イメージ論』に象徴される、大衆消費社会の肯定か否かが根底の論争点でした。鮎川さんは否定的でした。「やっぱり吉本は原理主義なんだ。僕はケース・バイ・ケース」と発言しています。
 私は吉本さんも尊敬していましたから二人が対立されるのは残念でたまらなかった。けれど友情と思想とは別、思想において生半可な妥協はしない。二人とも、立派でした。
 最後に、詩の話。吉本さんが、「毎日詩を書き続け、一〇年やれば詩人になれる」と言われました。鮎川さんは「一〇年量産したって、ダメな詩はダメ」と一蹴されました。
 赤塚不二夫さんが、「平尾さん、つげ義春の漫画は面白い?」「面白いです」「つげは書きたい時しか漫画書かない、俺は書きたくない時でも描く、だから俺はプロ、つげはアマチュアか芸術家」。鮎川さんにその話をしたら、「赤塚が、つげを認めるのは、大事なこと。いいものを認めるのは、プロの第一条件。だけどね、『これはいい詩だ、しかし俺ならこう書く』といわなければダメ」なのだと。印象に残る言葉でした。(文責・田村雅之)

 詩人鮎川信夫の知られざる貴重なエピソードを伺えた興味深い講演でした。平尾隆弘氏は、鮎川信夫氏の晩年に親交を深められ、彼を思いだすのがつらいと仰っていたことも印象深く心に残りました。平尾隆弘氏のご友人の田村雅之氏に講演原稿を纏めて頂きました。(概要報告文責 中田紀子)

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