研究活動・親睦

東日本ゼミ, 詩祭

日本の詩祭 2018 開催

日本の詩祭 2018 開催

一生忘れない、一行の詩を見つけよう。

H氏賞・現代詩人賞贈呈、先達詩人顕彰
5月27日、ホテルメトロポリタンエドモント

現代詩人賞を受ける 清水茂氏     H氏賞を受ける 十田撓子氏

 日本現代詩人会最大のイベント「日本の詩祭2018」が、「一生忘れない、一行の詩を見つけよう。」というサブテーマで、5月27日(日)、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで開催された。実行委員長を一色真理理事がつとめ、秋亜綺羅理事長が開会の挨拶。詩祭は二部構成で、13時からの第Ⅰ部では、H氏賞・現代詩人賞の贈呈式と、先達詩人の顕彰。それぞれの挨拶と詩の朗読があった。

一色真理実行委員長

 第Ⅱ部は日本現代音楽協会と日本現代詩人会の初めてのコラボによるトークと現代音楽コンサートがあり、会場を魅了した。
 18時から懇親会に移り、山本博道副理事長の閉会の挨拶で終了した。(詳細は1~7面。写真・動画撮影は光冨郁埜理事、鈴木茂夫(懇親会))

開会のあいさつの秋亜綺羅理事長

◇第Ⅰ部(司会・望月苑巳、藍川外内美)

初めに司会の望月苑巳氏と藍川外内美氏がそれぞれ詩祭の第Ⅰ部と第Ⅱ部の概要を説明した。
 続いて開会の辞の中で秋亜綺羅理事長は、日本現代詩人会は再来年で創立70周年を迎える1100人の詩人達が集まっている団体だが、今日ここに集まった皆様全員が楽しい一日だったと思われることを願っていると述べた。

司会の望月苑巳、藍川外内美両氏

◇H氏賞贈呈式
 第68回H氏賞の贈呈式が行われた。浜田優選考委員長は、各委員が既受賞詩集2冊を除く9冊の候補詩集の中から3冊ずつ選んだときに、全員が推し
たのが『銘度利加』であり、更に各自2冊ずつ選んだ際、自らの生まれ育った祖霊の声を聴くこととともに、テーマの大きさ、構成力の巧みさ、言葉遣いの鮮烈さで、本詩集が絶大な支持を得たと述べた。

浜田優選考委員長

 また他に、生と実存の痛みを掘り下げる真摯な詩集だが単調で内省的な『標本作り』、自己愛ないしナルシシズムを「これがわたしのふつうです」と言い放つ批評性は頼もしいが、もっと言葉を極め自らの体験を超える視点を持つ必要がある『これがわたしのふつうです』、世界に向かってひらかれていて風通しが良く、長いが読ませる『数と夕方』も候補として議論され、最後に『銘度利加』と『数と夕方』が残り、決選投票5対2で受賞詩集が決定したとの経過報告を行った。
 新藤凉子会長から『銘度利加』の著者十田撓子氏に賞状と賞金が授与された。

受賞の十田撓子氏と紹介の林浩平氏

 受賞詩集について詩人で文芸評論家の林浩平氏は、十田氏とはメール友達だったが、詩集収録の「晴雨計商人」という詩を送られ、秋田の印刷所で私家版で詩集を出したいと相談された際に、きちんとした出版社で出す値打ちのある詩集だと感じ、思潮社の藤井一乃編集長に紹介したエピソードを話した。そして、本詩集は、十田氏の親しい亡くなられた方々の喪の作業としてのエクリチュールであるという印象があるが、十田氏は現在、詩やエッセイで受賞詩集以後の世界に確実に踏み出しており、十田氏の受賞はH氏賞の名誉であると受賞を祝福した。
 十田撓子氏から受賞の言葉があった。十田氏は、詩集の舞台は自分が暮らしてきた秋田県鹿角市の大湯という町で、岩手県、青森県、秋田県にまたがり、南北朝時代から戦乱に負けた人々が住み着いて町が出来上がってきたという歴史があり、自分も含め中央なるものへの反抗心が根付いていると述べた。また、初めての詩集を出すにあたり、単なる愛着ではなく、やるせなく言い表せないような感情を持つこの土地について書かなければならない、死者と語り死者の言葉を写したいと思ってきたが、無垢な魂の状態に入るのに15年の時間を要した詩集であると明かした。
 更に、無垢とは、単に穢れがないものではなく、哲学的思考や高度な技術的志向、及び実験という名の道楽的な遊び、言葉による寓話の増殖に抵抗し捨ててしまってもよいという境界を越えたところを目指したもので、鹿角に生きた人々の精神性を新たに私のこととして継承してゆくために、引き続き時間と空間の中を歩みつつ言葉の源泉へと辿って行きたいと語った。そして、林浩平氏、友人、知人、藤井一乃氏及び選考委員と日本現代詩人会会員への謝辞を述べた。
 日本現代詩人会と思潮社からの花束
の贈呈があり、祝電の披露が行われた。
◇現代詩人賞贈呈式

野沢啓選考委員長

 続いて第36回現代詩人賞の贈呈式が行われた。野沢啓選考委員長は、各委員が既受賞詩集1冊を除く10冊の候補詩集の中から3冊ずつ選んだときに、過半数に達する詩集がないまれに見る分散状態であり、更に各自2冊ずつ選んだ際も過半数の4票を取る詩集がなく、3票を取った詩集『一面の静寂』と『日毒』を中心に議論を重ねたと述べた。また、自分は『日毒』を推したが、優れたところがありながら言葉が生でレアな政治性が出ているとの批判があり、決選投票4対3で受賞詩集が決定したと報告した。
 そして、『一面の静寂』は、ご自分が生きてこられた思いや旅の記憶や人との出逢いを真摯に冷静な筆致で書き、静かな感銘を与えるとし、過去を振り向くだけでなく、新しいものへの希望を提出する詩のスタイル及び若い芽を育てようとするホットな姿勢があることを称えた。
 新藤会長から『一面の静寂』の著者清水茂氏に賞状と賞金が授与された。

受賞の清水茂氏と紹介の北岡淳子氏

 詩人の北岡淳子氏が受賞者の紹介を行い、清水氏は子供のときから俳句を作り芸術的環境で育ったと述べ、詩を語るサロンにお招きし講演をしていただいたときに、自我に閉塞せず自己と世界との接点を見出し、世界の望ましい環境を整え、万物との共生の道を探ることが詩人の仕事であることや、同意をすることの大切さについて繰り返し述べられたと話した。そして、同意とは、相互の信頼関係が前提であり、各地で起こる紛争についても内面から人を動かす真摯な誠実な姿勢を持つこと及び、私達は自然の一部だが時が満ちれば満ちるものを受け取ってゆくという意味があると思われるとして、表題作の雪が全てを覆い存在の全ての故郷に帰るという内容は、世界情勢や詩人達の書くものについても問いかけているものだと述べた。
 清水茂氏から受賞の言葉があり、受賞の知らせを寝耳に水のように感じたがありがたく思うと述べ、言葉について次のように語った。言葉は存在の前からあり、それが宇宙の言葉であり、粘土の塊の中に心が生まれたとき、その時間を言葉が待っていたのかもしれず、水や空気のように生きてゆく上で必要だった。ところが人間が誕生し時代が進むにつれ、人間は言葉を自分の欲望を実現するための道具に変えた。足尾銅山鉱毒事件や水俣病や原発の崩壊も人間のなせる技であり、言葉に様々な毒素が流し込まれ、差別用語が現れ、いじめが起こり、命のためのものである役割を失った。詩人は他者を蔑むためでなく、受け手が喜びや安らぎを感ずる言葉を差し出してゆきたい。
 更に、美しい色彩画家のピエール・ボナールの「歌っている者がいつも幸福とは限らない」(幸福でなくてもいつも歌って聞かせることは大切だの意)という言葉を謝意に代えて紹介した。
 日本現代詩人会他4名の方から花束の贈呈が行われた。

◇先達詩人の顕彰
 新藤会長から八木忠栄氏に顕彰状と記念品の贈呈があった。

先達詩人 八木忠栄氏

 続いて新藤会長から八木氏について次のような紹介があった。八木氏は、1941年越後生まれで、日本大学芸術学部在学中に第1詩集『きんにくの唄』を思潮社から刊行し、日本語としての柔軟さが評価され将来を嘱望された。卒業後思潮社に就職し、足で原稿の受注や入手を行う時代に16年間編集に携わり編集長も務めた。1962年には諏訪優、白石かずこ、吉増剛造、岡田隆彦、佐藤文夫達と共に詩とジャズの結合を目指した運動に加わり、これはやがて「ポエトリー・アット・ニューズ」として開催されていった。また70年代にはこれが諏訪優によって詩誌「天文台」に結集され、吉原幸子、白石かずこ、新藤凉子、中上哲夫、秋亜綺羅、吉増剛造、八木忠栄などの詩人達の輪が大きく広がっていった。八木氏は、アレン・ギンズバーグの影響もあり路上派と呼ばれた様々な詩を書き、思潮社退社後はセゾングループの要職に就き、詩集『雲の縁側』で現代詩花椿賞を、『雪、おんおん』で詩歌文学館賞及び現代詩人賞をダブル受賞し、2011年から2年間日本現代詩人会会長も務めた。
 そして、これらの業績は全て、八木氏の温かく、ユーモアのある、才能のある人間性及び人格から来るものであり、学ばなければならないと述べた。
 八木忠栄氏は顕彰を受け、まず「先達詩人」ということは未だによくわからない、知らせを受けてからかわれたのかと思ったと述べ、自分より業績の多い年齢的にもふさわしい人が沢山いる中でなぜ自分のところに来たのかわからないが、ありがたく頂戴したいとユーモアを交えて謝意を表した。
 また、杖をついている事情を次のように語った。数年前に2万人に1人の国が定めた難病だという診断を受け現在治療を受けているが、原因不明で治療法がなく、いずれ動けなくなり、喋れなくなり、くたばってゆく。そういう自分と楽しみにつきあってゆきたい。歩くのが大好きで詩は手足で書くのが自分の持論だが、そろそろ休めということかもしれず、今日も妻と娘にサポートされて来た。しかし、まだ頭もしっかりし書くものもしっかりしているので、今日いただいた万年筆でまだまだ詩が書ける。
 そして、病気の人も負けずに頑張ってくださいと明るく来場者に励ましの言葉を述べた。
 その後、八木氏へ、日本現代詩人会、思潮社及び見附市図書館館長より花束の贈呈があり、祝電の披露が行われた。
 最後に、十田撓子氏がH氏賞受賞詩集『銘度利加』の中から「殯」を、清水茂氏が、現代詩人賞受賞詩集『一面の静寂』の中から「哀悼詩 Y・Bに」をそれぞれ朗読した。受賞者及び先達詩人の心に残る言葉と詩に触れることができ、有意義に第Ⅰ部が終了した。     (記録・渡辺めぐみ)

◇第Ⅱ部 現代詩と現代音楽の出会い 
 共同企画=日本現代音楽協会

 第Ⅱ部は、「現代詩と現代音楽の出会い」と題して日本現代音楽協会と日本現代詩人会の共同企画によるトークとコンサートが行われた。

近藤譲、松尾祐孝、司会の一色真理各氏

◇トーク
 初めに、一色真理実行委員長の司会で、現代音楽の作曲家、評論家で日本現代音楽協会会長の近藤譲氏と現代音楽の作曲家、指揮者、音楽プランナーで日本現代音楽協会理事の松尾祐孝氏によるトークが、「言葉と音楽のあいだで」というテーマで行われた。近藤氏から、1930年に新興作曲家連盟という名で発足した団体が1946年に現在の日本現代音楽協会となったとの説明があり、1949年の日本現代詩人会の設立より19年も前に現代音楽という概念が確立していたことに、一色氏も驚きをあらわした。
 しかし、近藤氏は、1920年代ぐらいからわからないものを現代音楽と呼ぶようになった傾向があり、音楽に現代をつけなくていいのではないかと思っていると話した。一色氏も、戦後、現代詩という言葉が使われるようになったが、難解で独善的であるとの批判があり、詩に現代をなぜつけなければいけないのかと多くの詩人が感じていると思うと応じた。
 また、現代音楽も難解だと思うがどう思うかとの一色氏の質問に対し、松尾氏は、現代音楽にもいろいろなタイプの作曲家がおり、1人の作曲家がいろいろなタイプの曲を書くが、現代音楽の作曲家は聴いたことがあるような安心感を目指していないと述べた。更に、近藤氏は、ポピュラーミュージック(19世紀末、工場労働者の慰めとして、飽きないよう新しいテイストを少しずつ加えて作る再生産の原理で広がった音楽)を聴き慣れている人には耳慣れないことや、19世紀末より新しいものを芸術において追求する意識が強まり(芸術のための芸術)、聴き手が賛同するかどうかはどうでもよくなったことの2つが、わかりにくく、独善的だとの現代音楽のイメージが確立された原因であると述べた。
 これに対し一色氏は、現代詩にもほぼ同じことが言えるとした上で、現代音楽には調和音がなく、メロディーもなく、不協和音ばかりで、作曲されても歌うことができないことが詩人としては不満だが、それはなぜかと尋ねた。松尾氏は、私達がメロディー、リズム、ハーモニーというある時代様式の音楽の三要素に飼い慣らされているのだと指摘した。近藤氏は、詩人は詩の音やリズムに繊細なエネルギーを払うので、詩に音楽をつけるのは詩に対する暴力であり、申し訳ないと思いつつ、音楽でもない詩でもない別のものが化学反応のようにできるという期待を持って詩に音楽をつけていると語った。
 また、一色氏が、近藤氏の「線の音楽」という考え方は音を言葉や詩の1行と考えた場合現代詩の書き手には比較的理解しやすいのではないかと述べた際、近藤氏は、詩と音楽の最大の差は、詩は言葉を発した瞬間に常に意味がついてくるが、音楽は音に意味がなく、自由につなげやすく受け取りやすいことにあると述べた。そして、詩に音楽をつけるとき言葉に意味を獲得させてしまう難しさがあるとも述べた。最後に松尾氏が「現代音楽コンサート」について解説し、現代詩と現代音楽のそれぞれの特質についての奥深いトークが終了した。
 近藤譲氏及び松尾祐孝氏に日本現代詩人会から花束の贈呈が行われた。

◇現代音楽コンサート

ピアノ・中川俊郎、ヴァイオリン・甲斐史子、バリトン・松平敬、ソプラノ・工藤あかね各氏

 松尾祐孝氏をナビゲーターとしてコンサートが開始された。
 オープニングパフォーマンスとして、現代音楽協会前会長の福士則夫氏の身体で表現する作品「手のための<てい
ろ>」(演奏=古川玄一郎、戸崎可梨、小川理仁、細野幸一)が上演された。
 続いて現代音楽協会会員4名による歌曲作品が上演された。最初に橋本信氏が室生犀星の詩「犀川」に曲をつけた作品(ソプラノ=工藤あかね、ピアノ=中川俊郎)、次に同じく橋本信氏が一色真理氏の詩「町」に曲をつけた作品(ソプラノ=工藤あかね、ヴァイオリン=甲斐史子)が上演された。3番目に、蒲池愛氏が新藤凉子会長の「風の城」に曲をつけた作品(バリトン=松平敬、ピアノ=中川俊郎)、4番目に、小川類氏が北夙川不可止氏の詩「<<NUBATAMA>>」に曲をつけた作品(ソプラノ=工藤あかね、バリトン=松平敬、ヴァイオリン=甲斐史子、ピアノ=中川俊郎)、最後に松尾祐孝氏が松尾氏の父上の俳句「季寄せ」に曲をつけた作品(バリトン=松平敬、ヴァイオリン=甲斐史子)が上演された。また、アンコールとしてこのあと松尾氏が若い頃に谷川俊太郎氏の「じゃあね」という詩に曲をつけた作品(ソプラノ=甲斐史子、バリトン=松平敬)が上演された。
 4人の作曲家の作品は、どれも印象深いメロディーがあり、様々な現代音楽の作法があることを感じさせ、会場を圧する力があった。
 松平敬氏と工藤あかね氏に日本現代詩人会から花束の贈呈が行われた。
 一色真理実行委員長の閉会の辞で第Ⅱ部が終了した。一色氏はその中で、これまで閉ざされた中で詩祭が行われてきたが、現代音楽協会と本格的にコラボをすることで、外部の世界を垣間見、現代詩とは何なのか、これから現代詩にどんな課題があり、どんな今後の展望を描けるのか、改めて見直す機会になったのではないかと述べた。

オープニング曲 手のための〈ていろ〉

◇懇親会

懇親会 司会・佐相憲一、山中真知子各氏

 午後6時から会場を移して懇親会が行われた。司会は佐相憲一氏と山中真知子氏。新藤凉子会長が、詩祭の内容及び音楽が素晴らしかったと申し上げてお礼に代えたいとの開会の言葉を述べた。続いて来賓の挨拶があった。川中子義勝日本詩人クラブ会長は、ステージに立つ1人1人に一行の詩があったとして、清水茂氏、十田撓子氏及び八木忠栄氏への感謝の言葉を述べ、平澤貞二郎記念基金を代表して平澤照雄名誉会員は、日本現代詩人会にもっともっと若い人材を集めてほしいという要望などを述べた。新川和江氏の乾杯の音頭で宴となった。
 歓談の合間に、遠方から来た会員の橘田活子氏、小笠原茂介氏、高橋玖未子氏、名古きよえ氏、左子真由美氏、瀬崎祐氏、長津功三良氏、池田瑛子氏、近岡礼氏、大林美智子氏、井崎外枝子氏、清水マサ氏及び非会員で十田撓子氏の所属同人誌の寺田和子氏がスピーチをした。また、新入会員の為平澪氏及び斎藤菜穂子氏も新入会員挨拶を行った。山本博道副理事長が閉会の言葉を述べ、名残を惜しみながら午後8時に懇親会が終了した。(記録・渡辺めぐみ)

会場風景

◇「詩祭2018」会員出席者

新藤会長、清水茂、浜田優、十田撓子、新川和江、山本博道(一人おいて)、八木忠栄、菊田守各氏

来賓の平澤照雄氏、新藤会長、来賓の新川和江、来賓の川中子義勝各氏

閉会のことば・山本博道副理事長、長津功三良、小笠原茂介各氏

十田撓子、清水茂、八木忠栄
菊田守、安藤元雄、新川和江、浜田優、野沢啓、平澤照雄
新藤凉子、秋亜綺羅、鈴木豊志夫、佐相憲一、浜江順子、渡辺めぐみ、山本博道、海埜今日子、平井達也、渡ひろこ、藍川外内美、池田康、朝倉宏哉、鈴木茂夫、岡田ユアン、秋山公哉、山本聖子、光冨郁埜、滝川ユリア、尾世川正明、望月苑巳、小林登茂子、以倉紘平、塚本敏雄、広瀬弓、柴田千晶、坂多瑩子、岡野絵里子、中井ひさ子、竹内美智代、山田隆昭、長津功三良、酒井力、清水マサ、沢村俊輔、森水陽一郎、植村秋江、原田道子、一色真理、春木節子、麻生直子、中本道代、安藤一宏、こまつかん、井上尚美、菅沼美代子、為平澪、山中真知子、大掛史子、昼間初美、颯木あやこ、伊藤悠子、北岡淳子、村尾イミ子、松沢桃、三ヶ島千枝、山川宗司、方喰あい子、田中裕子、高橋次夫、塩野とみ子、房内はるみ、鈴木粥、名古きよえ、牧田久未、香月ゆかし、原利代子、佐藤文夫、大木潤子、ささきひろし、原島里枝、天野英、瀬崎祐、岡島弘子、下川明、竹内英典、長田典子、林田悠来、高島清子、渡辺恵美子、若山紀子、松井ひろか、橘田活子、小網恵子、新井啓子、藤本敦子、左子真由美、草野理恵子、富永たか子、真崎節、熊沢加代子、葵生川玲、戸台耕二、鈴木東海子、福島純子、こたきこなみ、長谷川忍、金井雄二、中村不二夫、安楽正子、鈴木比佐雄、加藤千香子、関口隆雄、井崎外枝子、柏木勇一、近岡礼、曽我貢誠、高橋冨美子、なべくらますみ、鈴村和成、高橋玖未子、樋口忠夫、新延拳、市川愛、中田紀子、太原千佳子、関中子、北畑光男、小山田弘子、石川厚志、田井淑江、宮﨑亨、今泉協子、鈴切幸子、池田瑛子、水谷有美、服部剛、小笠原茂介、川崎芳枝、中島悦子、大林美智子、井田三夫、小野ちとせ、吉田ゆき子、田村雅之、鈴木昌子、葉山美玖、岡本勝人、甲田四郎
「来賓等出席者」
川中子義勝、林浩平、清水須巳、北夙川不可止、中川俊郎、甲斐史子、松平敬、松尾祐孝、小川類、古川玄一郎、橋本信、工藤あかね、蒲池愛、戸崎可梨、小川理仁、細野幸一、八木信子、八木純子、大原進太郎、岡田洋一、桂星子、横山智教、萱原里砂、近藤譲、清水俊、清水翔、前川雪子、高島鯉水子、高橋啓介、大日向英樹
                 
 ・会員出席者 149名
 ・来賓・報道  30名
 ・一般参加者  50名
 ・懇親会出席 132名

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