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会員のアンソロジー

会員のアンソロジー27・ 山本十四尾氏 ~

 山本 十四尾 ヤマモト トシオ

①1935(昭和10)6・7②東京③明治大学政経学部経済学科卒④「衣」「墓地」⑤『雷道』書肆青樹社、『水の充実』コールサック社。

 扉

ひとを火葬する建物のまうしろに 他の生き
もの用の扉がある その台の上にタオルに包
まれた荷がある 十八年も前 玄関先に空腹
で動けないでいた寝姿とそっくりである

お骨は 灰はどうなさいますか 礼儀正しい
制服が質問してくる 火葬に初めて立会った
孫た()は 目をみはるばかりで言葉が出ない

お別れを 職員が孫たちに話しかける 頭を
なでてあげなさい 赤ん坊のときから一緒
だったのだから ありがとうセーラ()
孫たちの涙が死者の目におちて それが死者の涙
となってこぼれる 扉があけられタオルの荷
が消えていく

                ※小学校二年生 六年生
                ※雌犬の名

 山本 博道 ヤマモト ヒロミチ

①1949(昭和24)1・2②北海道⑤『風の岬で』『短かった少年の日の夏』『夢の小箱』思潮社、『パゴダツリーに降る雨』『ダチュラの花咲く頃』書肆山田。

 「その男」のこと

浴室でぼくと向き合って髭を剃る
腹の出た裸の男はじぶんだろうか?
夜の東京メトロの車窓にいる
草臥れた背広姿の男もじぶんだろうか?
ぼくが意識して見さえすれば
春夏秋冬二十四時間
眠らないコンビニエンスストアのように
その男はぼくを見ている
だからぼくが忘れているときも
彼はきっとぼくを見ているだろう
何だ鏡じゃないかという話だろうか?

鏡や窓にいつも映っている男の顔を
あそこにいるのはぼくですか? と
職場でも家でも温泉の露天風呂でも
ぼくはいまだに聞いたことがない
怪しげに思われそうなこともあるが
いまさら聞けるようなことでもない
だからこれからも聞かないとは思うが
もしもその男がぼくではないとしたら
ぼくは一体誰なんだろう?

 山本 みち子 ヤマモト ミチコ

①1940(昭和15)8・21②熊本④「馬車」「砧」「ふーが」⑤『きらら旅館』本多企画、『海ほおずき』『オムレツの日』土曜美術社出版販売。

 ナイアガラ

ナイアガラと なづけられた ぶどうが
うれてゆく まよなか

あさみどりの ひとふさは
みのりの ゆたかさを いだいたまま
なだれおちる たきの
ひまつのような かおりを ちらす

はりつめてゆく じかん
ふくらんでゆく あした

そうげんの みずのいのちを たたえた
ひとつぶの うちゅうを くちにふくめば

ふゆのせいざは すこし きたへかたぶき
おんなのうみの あやういものが
やわらかく はんてんする

 山本 倫子 ヤマモト ミチコ

①1931(昭和6)3・11②大阪④「青い花」「COALSACK」⑤『生きやしてもうてる』『以後無音』『落花相殺』書肆青樹社。

 落果

暑い盛りに
昼夜分かたず青柿が落ちる
知らぬ間に落果しているもの
落ちたくはなかったのだと
すさまじい音を立てて割れる青き実

過酷な条件の中でも
必ず生き延びるひともいる
玉砕といえども帰還兵もいて
ひっそりと生きているひと
黙すことに耐え切れなくなったひと

六十数年も前の出来事が
特に酷暑の数多なる落果のさまは
思い起されてならないのだ
神として祀られたくなかったのだと
洞窟に密林に海原に果てた青き神々

 山本 美代子 ヤマモト ミヨコ

①1932(昭和7)3・20②兵庫③神戸大学文学部国文学科卒④「地球」⑤『方舟』蜘蛛出版社、『遠野』花神社、『西洋梨そのほか』編集工房ノア。

 舟

舟は 羽毛のように 軽がると水に浮かんで
旅立ちを促す 薄い舟板の上に 仮の屋形を
のせて 傾く水平線の 空から海へ 海から
空への 反転を約束する
ささやいて過ぎた 風と雨 香りたつ水仙の
花芯 橘 麝香 固形物のように 体の中の
管を降りていく 記憶
祈りの呪を 唱えながら はせ巡った深い山
の中で あらがうすべも無く 大地に囚われ
ていた木々 その木は今 一艘の舟として 
かろやかに 未来へ身をのりだしている
釘をうって 閉じ込められる いのちには 
観音のかかげる水瓶から 聖なる水が注がれ
るだろう 舟は 犀の角をたずさえて 一房
の葡萄のように熟れたいのちを乗せて 船出
する 風と火と水と地が 喜びの声を挙げる
補陀落は 遠い

 山本 幸子 ヤマモト ユキコ

①1947(昭和22)10・27②京都③京都大学農学部林学科卒・仏教大学文学部仏教学科卒④「アリゼ」⑤『上流の虫』編集工房ノア、『山上の池』砂子屋書房、『母を食べる』編集工房ノア、『テルマ』湯川書房。

 原生林

尾根を越えると水系がかわって
わたしたちは由良川の源頭にいた

さ緑とはこういう色をいうのだった
老木もまだ若い木も
生まれたばかりの うぶ毛の緑だ
眠り足りない目がいたい

ゆるい山腹をすこしくだると
あたりから湧き出たものたちが
最初の水音をたてている
 
          (京都府美山町芦生(あしゅう)原生林)

 山本 楡美子 ヤマモト ユミコ

①1943(昭和18)2・13②東京③早稲田大学文学部独文科卒④「長帽子」「ぶりぜ」⑤『耳さがし』 花神社、『うたつぐみ』書肆山田、訳詩集デニーズ・レヴァトフ『ヤコブの梯子』ふらんす堂。

 赤い服

赤道の近く
ソマリアの砂地で
彼女は赤い服を着て
赤ん坊に乳をあげていた
直下の陽で
彼女は何も隠すことができなかった
胸も
遠い目差しも
赤ん坊の顔の蝿も
それから赤いワンピースも
彼女ならもう一枚持っていてもいいくらい
きれいな花柄だった
赤い布――それについてしばらく話がした
 かった

 山本 龍生 ヤマモト リュウセイ

①1931(昭和6)1・9②東京③東京学芸大学一部乙類(理科)卒④「青い花」「渦」⑤『はじめての少女に』光線書房、『春行き一番列車』教育出版センター、『花を枕に』書肆青樹社。

 鳳仙花

鳳仙花が今年も生えて来ているのは
木の滑車と棕櫚縄に吊るされた手桶が
カラコロと交互に水を汲み上げては
用を足して流されていく排水溝の脇だ
もはや鳳仙花を愛でる人間も少なくなったも
んだが
日増しに増えてくるB29の爆撃に
いまや人々は花どころではない
――鳳仙花ってつまんない花だね
――でも散り際というか相手が盗もうとする
と裂けて弾丸を飛ばすのが好いね
――それとてB29には当たるまいが……
――まるで影絵の中で物語が始まったみたいだ
鳳仙花はつまんないというので
こんどは葉鶏頭が植えられた
葉鶏頭に飽きると次は普通の鶏頭
秋になると頭に鶏冠(とさか)をつけて
ひとしきり季節の終わるまで咲きつづける
やがて霜が降りて鶏頭が枯れると
まるで血が膿んだように
赤黒い物が排水溝を流れて気味が悪かった

 鎗田 清太郎 ヤリタ セイタロウ

①1924(大正13)7・29②東京③国学院大学哲学科卒⑤「火牛」⑥『象と螢』火水社、『鳩に関するノート』審美社、『幻泳』牽牛書舎、『思い川の馬』書肆青樹社、『角川源義の時代』角川書店。

 雪の主題によるコラージュ

氷るほど
悲しかった天の涙
溶けかかり
もう一度氷り
人妻を倒して
手首を折る
すこし黒い
涙の歯になって

   *

雪のトンネルに
一輪の山茶花の赤と
ワインの栓抜きのように
這う青い蛇
石炭の夜をつらぬく
朝は遠い

 悠紀 あきこ ユキ アキコ

①1941(昭和16)11・3②兵庫③西大寺高校卒④「青い花」「ネビューラ」⑤『声のスペクトラム』詩の会・裸足、『家族気球』手帖舎。

 守宮(やもり)

台所に灯をつけると
毎夜 あらわれる守宮
ガラス戸に
ぴったりと すいついて
小さな虫がくると とびついていく
いつかは 二匹でおいかけっこをしていた

子供たちがまだ幼かった頃は
たくさんの元気な声の盛り場だった私の台所
たくさんの生命を食べて大きくなり
今は 新しいよその土地の守宮になっている

うちの守宮は まだ現われつづけている
おやすみ
灯を消します

 弓削 緋紗子 ユゲ ヒサコ

①1933(昭和8)8・17②埼玉③昭和女子大学日本文学科卒④「木々」⑤『花影――むさしの花の歳時記』サンケイ新聞浦和支局、『砂の跫音』れんが書房。

 蕾が招く

北風がさわぐ
辛夷の 梢は直立し
堅い蕾が 空を突きさす
凍った心にも 突きささる

薔薇の棘の
傷口から
鮮血が滲み出てくるのを
童女が わめく
ガーゼが血で染み 恐れを抱き 憎悪し
一瞬の痛みが走り 鼓動が高まる

〈手の鈍い動き 後退するばかりの
 死滅しかけている神経が 蕾を拒み〉

やりばのない身に 裸木の
辛夷の緊張感が呼ぶ
むきだしの私を振り向かせ 妬心を騒がせる

〈ギィー〉の 尾長の悲鳴に誘われ
眩い 蕾のコートを脱ぐ日を待っている

 弓田 弓子 ユミタ ユミコ

①1939(昭和14)3・25②東京③釡石南高校卒④「幻竜」⑤『大連』ワニプロダクション、『羽たち』横浜詩人会、『ベケットが少し動いた』ワニプロダクション。

 彼は五歳年上だった

五歳の彼がベビーベットを覗いている
赤ん坊の私は
小さなにぎりこぶしを絶えず動かし
しわくちゃな真っ赤な顔
彼は赤ん坊の平らな耳に唇を近づけ
水の中からここまで来たんだよね、
ぼくもそうなんだ、と囁く
彼は赤ん坊に触れる
赤ん坊は泣きだし
彼も泣きだす
かなりの
年月を
経て
彼は泣き止み
私は泣き止もうとしているのだ

 横倉 れい ヨコクラ レイ

①1930(昭和5)3・6②東京③慶応義塾大学文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得④「蘭」「ノア」⑤『動物から』『思い出せぬ場所』書肆山田。

 麒麟

頸をゆらりとスウィングしている
老いたキリンは憂鬱だった
とにかく憂鬱だった
まっしろい睫毛のまぁるい眼は
あんまり憂鬱で瞋っている
脚をふんばってまたひとふり ゆらり
鈍痛が四肢を痙攣させる
邪魔をする奴は だれだ
お蔭で背骨まで痛い

まてよ これは面白い
痛みは生活の意味だ
瞑想の種は尽きないのだから
どっちにしても憂鬱なのだから
お若いの
せめて今のお前のゴルフ棒の一撃を繰返せ
もしもお前に老年に対する畏れがあるならば
頭はボールのように
風をつきぬけてサヴァンナを駈ける

 横田 英子 ヨコタ ヒデコ

①1939(昭和14)3・16②大阪③帝塚山学院短期大学文科文芸科卒④「リヴィエール」「ガイア」⑤『海の深さについて』木犀書房、『炎みち』再現社、『風の器』『私の中を流れる川について』編集工房ノア。

 水の日常

手のひらから
こぼれ出るものがある
失っていく切なさ
何かを得て 何かを無くし
私の日常がある

りんごの皮をむくその香りに
こころやわらぎ
こんな日もあるのかと
重なる訃報に合掌する
ぴたっと閉じた両手からも
落ちていくもの
はや沈む夕陽に
翳る部分が一層深く横たわる

米を研ぐ
その手で闇をかき分ける
明日を探りながら
ひたすら掬う水が
のどを浸した父の最後の一滴のように
私の鳩尾を 流れる

 吉井 淑 ヨシイ トシ

①1946(昭和21)2・18②岡山③大阪教育大学・大阪文学学校卒④「きょうは詩人」「ZO」⑤『眠る町』浮游社、『今日はどこまで』白地社。

 赤提灯

夕焼け空の高さは
ずいぶん親しいけれど
高層ビルディングの高さには
慣れることができない
あそこでの眩暈
あそこでの孤立
あそこからの落下
ないはずの記憶に迫られる
ビルディングの谷間を歩いていた
影と影が重なっていく日暮れ
闇の中からぬうっと牛が
草の匂いを脇にこすりつけて
よぎっていった
なんて大きな容量
捩れる迷宮を孕んで
たっぷりと揺れる腹
透明に黒光りする残像を追い
消えていった路地裏へ
その奥の赤提灯の屋台で
夜が更け
少し酔った

 
*「ZO」の「O」にはアクセント記号付きます。

 吉岡 又司 ヨシオカ マタジ

①1934(昭和9)12・18②新潟③国学院大学文学部文学科卒④「北方文学」「蒼玄」⑤『冬の手紙』書肆山田、『野叟独語』玄文社、『蛇を仕留めて』書肆山田。

 かいなでの日日

地下では匿された水路が呪詛の唄をうたう
夜空の星はぽつりとあるほうが明澄である
男は 日録にこう書き散らして
それとなく さりげなく
てらいなく なにとなく
しかし いやおうなく せつなく
まるはだかの霊が 不信に悶えおののいて
怒りと悲しみの岸に 浮遊して
誘っているようで たちまち従犯者となる
生きてゆくには 根拠など必要なものか
鳥を 樹木を あるいはバッハを
犬でも猫でも 木片をも 愛しているから
『フーガの技法』そして『変奏曲』からたち
のぼる あの その あれ
神の不在の印象をふところにする
男は ここでも一杯食わされているのだが
ぴったりの上衣 あるいは殻を
扱こ
き入れ あてがうことができるか
よいことはもちろん悪いことさえしていない
非のうちどころのない 申し分のない
男は 不毛の 屈辱の 粘土(へなつち)()ねていて

 吉川 朔子 ヨシカワ サクコ

①1931(昭和6)②高知③高知高女卒④「叢生」⑤『掌の灯心』再現社、『火力となる時』編集工房ノア、『それた銃弾のあとで』叢生詩社。

 設定時間

ガスオーブンへ
マカロニグラタンの材料を
丸皿に入れて タイマー合わせをする
スタートを押すと加熱音は
完全で確実な刻を流し始める
今まで過ごしてきた私の日常でこのように
限定された意識が存在したであろうか
単純で暢気な生き方を刺すごとく
ホワイトソースの表面は沸騰してくる
もはや道草はできないから
果てしない連なりなど切り捨てて
たとえ残り少ない生涯でも
迫っている 焦げ目のつく仕上がりの
スイッチが切れるまで
時の重さを受け止める

 よしかわ つねこ ヨシカワ ツネコ

①1934(昭和9)8・8②埼玉③早稲田大学文学部仏文卒④「№51サンカーン・テ・アン」⑤『誕生讚歌』的場書房、『ばらと海』詩学社、『まもなく夜が』国文社、『アルジェリア』駒込書房、『カラカス』花神社、『サハラの行進』思潮社。

 うその花

話題は
いろいろと はずんでいた
男は
店の娘に お見合いをすすめている
あまり 気のりがしない
娘が隠れると
花瓶から
細かな花びらが 吹雪のように
降りかかった
白い花びら
空色の花びら
わたしたちの話は 花びらの数よりたくさん
娘が 現われ
〈ほんとに〝嘘の花?です〉
とくり返した
一ひら摘むと
花芯に
銀粉が光った
あ、
きれいな うそ だった

 吉田 章子 ヨシダ アキコ

①1931(昭和6)5・5②福岡③明善高校卒④「青い花」「同時代」⑤『小さな考古学』『腐爛の書』青い花社。

 夏

あれはなんの映像だったか ギラギラ灼熱の
夏日の中で 丈高い一本のひまわりをひきよ
せ 顔と顔を見合わせて タネをむしり喰べ
ている少年 太陽は全身全霊をあたえるから
そのひとつぶひとつぶは太陽のタネであろう
陽光とひまわりの黄金が鋳溶かされて 刻々
と少年への秘愛を注いでいる 自然は とき
どきこんな無心の交合の風を吹かせる 少年
は満天の日光を孕み やがて産むだろう 人
は不安であるゆえに人なのだろう 秘蔵して
いるものも いのちといいならしても 生き
るという錯覚になれても この地上にはじめ
てひとつの 不安が立たされたとき 女とい
う名さえなく それが今のすべての人たちな
のに 無際限にゆれている 宇宙にゆれてい
る 太陽や月 私は滴たろう ひと雫 はじ
めてのあの初々しい不安から……ひまわりの
少年と遊ぶもの それが私だとしても
両性具有の夏

 吉田 隶平 ヨシダ タイヘイ

①1944(昭和19)10・30②広島③早稲田大学教育学部国語国文学科卒④「グリフォン」「花」⑤『夏の日の終わり』ワニ・プロダクション、『秋の日の中で』『風光る日に』砂子屋書房。

 百日紅(琴里一歳五ヵ月)

ぼくたちは今日一緒にお昼ご飯をレストラン
 で食べた
子供用の椅子に座ってママとバァバの間で
お前は上機嫌
まず お前のための
皿とフォークとスプーンが運ばれてきた
最近 自分で食べることを覚えたお前は
ちょっと得意にフォークを手に取る
そして食べようとしたけれど
それは取り皿のため まだ何も入っていない
一瞬 怪訝な顔をし
次に悲しそうな顔をして
とうとう声を上げて泣き出してしまった
その顔は転んで泣くときの顔とは違っていた
眠くてむずかって泣く顔とも違っていた

赤い百日紅の花がふるえている
泣き止んだ瞳の中に
まだ来ない日々のように

 吉田 博子 ヨシダ ヒロコ

①1943(昭和18)12・8②岡山③武庫川女子短期大学国文科卒④「黄薔薇」⑤『野鳥へのたより』現実・超現実、『立たつ』『咲かせたい』編集工房ノア。

 花火のように

「食べられる」側の魚
スカシテンジクダイ
その身体は内臓まで透けて
命まで見通せるよう
あでやかな色のサンゴの林に
少し安心して群れている
インドネシア・コモド諸島
一瞬の命を
きらめかせ
花火のように
小さな生を輝かせる
その様子はまるでわたしそのものではないか

     ※水中写真家、鍵井靖章氏の写真を見て。

 吉田 博哉 ヨシダ ヒロヤ

①1933(昭和8)6・6②東京③高校中退④「光芒」「新芸象」⑤『死生児の彼方』芸風書院、『夢梁記』草原舎。

 写真

抽き出しの奥から出てきた他人
の一日のような詩集出版の記念写真
彩色の下からのぞくあなたの影
わたしが薔薇を好きというとあなたは桜
山登りならあなたは古寺巡礼といい
まちがいのようにわたしをわらう

かすかなブレを埋めようと
あなたはわたしのなかを歩き回り
わたしが誰かをおしえようとする
縄 梯子 ろくろ 鋏 むしろなど
白黒の村から拾い集めてぬり替え
わたしを寄せ木のように組み立てる

わたしの知らない町で暮らす
あなたに何か借りがあるようで
いつもあなたから逃げている気分
わたしが〈死にたい〉と呟くと
〈このままいつでもあんたの遺影になるさ〉
寄生木(やどりぎ)を胸に付けた冬木のように遠く
写真のなかで笑っている

 吉田 広行 ヨシダ ヒロユキ

①1958(昭和33)1・20⑤『もっとも美しい夕焼け』近代文芸社、『宇宙そしてα 』『素描、その果てしなさとともに』思潮社。

 歳月

たちどまるまえにすべての熱にゆだねていた
から風は今日のかおりでながれていった
行方は知らず行先もなくただ木の葉が舞う
むこうにながれるものを追いかけていた
たちどまることはないふりかえることもない
歳月の上澄みはながくしずかにうずまき世界
のはしからすみずみまであふれていた
わたしが誰のかたちで立ちどまりどんな力線
で動く影なのか知ることはなかった
ただほんの少しあなたと歩みつどうときの
かすかなにじみのなかでわたしがわたしの
かけらであることに陽の光のように気づく
この世界とともに行きこの世界とともに
はなれてこの世界とともに老いこの
世界とともに生まれなおして
たとえば嬰児のやわらかな目と老齢の
しずまる視力のように世界はいつも二重に
美しくさびしく風はすりきれた岩穴を
ふきぬけ雨のあとの野を渡っていった
干からびた砂浜のさきにそれでも海の襞が
押し寄せていた

 吉永 素乃 ヨシナガ ソノ

①1930(昭和5)7・10②山口③徳山高女卒⑤「地球」⑥『不意の鹿』不動工房、『未完の神話』書肆青樹社、『叛乱または氾濫』思潮社、『飛天』『仮定法の夏』書肆青樹社。

 追憶
 故 M・I師に

炎天の歩道を
並んでゆく人に
日蔭をわけてあげられなくて
たたんだままの日傘のかなしく
白い石だたみに 一瞬
逃げ水が走る

 吉永 正 ヨシナガ タダシ

①1930(昭和5)8・12②静岡③慶応義塾大学通信教育課程・文学部中退④「くれっしぇんど」⑤『海から鳩へ』『頭の上の鴉』『流される蛇』『天上大風』樹海社、『うむ』書肆青樹社。

 月蝕

澄んで
空に在る月を
中に地球がわるさして
太陽の光を遮ってしまう

見ててごらん
どうにもできないで
とまどってばかりの月は
声もたてないで欠けていく
――哀しいよ 哀しいよ

でも よおく見てごらん
月は何も欠けてはいない
すこし日に焼けて
しかめっ面には見えるけど
ちゃあんと円く居るでしょう

がまん がまん が時の流れ
地球がよぎってしまえば
月は澄んで空に
在る

 吉野 令子 ヨシノ レイコ

①1940(昭和15)3・7②岡山④「火牛」「ERA」⑤『夢の変形線』日本随筆家協会、『秋分線 r itorne llo 』『歳月、失われた蕾の真実』思潮社。

 錐揉む光

錐揉む霧氷のなか
ごく薄いにしろ
  背後に誰かの気配がある
    斜めに振り向くと影は流体となって
  息と息を伝えている
冬の……、
愛の……、
と わたしが言葉に気がつくと
流体は輪郭をもった
誰かと誰かの
顔をあらわしていて
つめたい
断崖に腰をおろしていて
心のこもった
(こおったこおったと謎の色の
吃音の
会話を
している

 よしもと ひろし ヨシモト ヒロシ

①1931(昭和6)7・28②奈良④「地虫」⑤『五月雨』『夜明けの』地虫詩社。

 夜明けの

夜明けは いつ来てもいい
東の空から日射しが
窓を照らしていく

牛乳配達をしていた
朝四時半起床 奈良駅まで自転車で
始発桜井線で天理へ 兄嫁の里の
牧場から届けられる牛乳袋を
奈良へ取って返して 市内五十本
軒下においてまわったら
日が昇った
それからの会社勤務は清々しかった

五十年経って
牛乳ビンは紙パックになったが
夜明けにはちゃんと入れられている
牛乳を牛乳箱から取り出す コトンという
あの日からのときめき

 頼 圭二郎 ライ ケイジロウ

①1944(昭和19)3・18②長崎③日本福祉大学卒④「ぱぴるす」「撃竹」⑤『狂気のまじめ考』『疑似窃盗』なずき書房、『許否の美学』『家の来歴』近代文藝社、『幻灯幻馬』れんげ草舎。

 残骸(わたしの詩作)

腹を出した難破船の残骸は倒立した比喩
ひとつの目覚めをむかえ
ばらばらにした暗喩をながめる
解体した思考からはみ出たものを
無限の乱数表にする
残ったものは残骸

食べ 飲む 眠る 勤勉と怠惰のくりかえし
夢遊病者的に本を読み
未完の領域を彷徨(さまよい)ながら
疲労を肩に一日を終える
わたしの残骸は不在
形のないものが残骸

腐食の地層の残骸は固く沈黙する
敵意を感じ未消化のそれらを解きほぐし
切断したものに色彩を加える
残ったのは鮮明なイメージと錯誤の文字
そこからわたしの呼吸にあった
言葉の糸を紡ぎだす

 龍 秀美 リュウ ヒデミ

①1948(昭和23)5・12②佐賀③筑紫丘高校卒④「鷭」⑤『花象譚』『TAIWAN』詩学社。

 内臓

バチバチと激しい音がひとしきりする
「誘蛾灯に虫の内臓が弾ける音さ」
虫だってあんな大きな音がする
死ぬときには

窓から漏れる
人類が生まれた日の深海のような
青い誘蛾灯の光の中で
私の手を男は自分にそっと引き寄せた
このふたつの温かいたまも
身体の一番外側に近い内臓
男って
こんなにも危うい場所に内臓を曝して――

とろんと重たいそれぞれの
内臓と内臓を寄り添わせて
とくんとくんと血の音を聴きながら
横たわっている
やがて 弾けなければならないときまで

 林堂 一 リンドウ ハジメ

①1932(昭和7)3・29②福岡③東京大学文学部英文学科卒④「アリゼ」「乾河」⑤『野の道』『狼疾記』『ダゲスタン』。

 昆虫記――蟻さん

吉松先生の写経机をのぞきに
そっと這い上がってみる
いくつになっても優しい先生はけっして
ぼくを押しつぶしたりはなさらない
筆を止め
息を小さく吸い込んで
吹きとばされる

アーッ

先立った小学校時代の教え子のことや何やを
いっしょに吹きとばし
先生は写経をお続けになる
時々
筆をおき 背筋を伸ばしては
さっき吹きとばした蟻さんの行方を
気にしておいでの様子だ

そっとまた
這い上がってみよう
シェンシェイ

 若狭 雅裕 ワカサ マサヒロ

①1927(昭和2)2・11②石川③金沢工業専門学校化学工業科卒(法政大学通信教育部法学部法律学科卒)④「柵」「橋」(発行者)⑤『夕日が沈むまで』矢立出版、『新年の手紙』詩画工房、『解體新書』博文堂。

 若き日の想い出

三八式歩兵銃を右手に握り
雨の校庭を匍匐(ほふく)前進した少年時代。

空襲警報で実験室の火を消し
近くの林へ退避した学徒動員の頃

そう 白い大きなお握りに負け
子を孕ませた先輩と結婚した娘がいた。

〝将来は県議に!?と言われて
通信教育で法学士の資格をとったが

三百人の部下を持つ電炉課長が
目の前にちらつき資格は頭の蔵の中。

特許を幾つも持つ技能者として
出掛けた海外では(はべ)る女の強い匂い。

時々 懐かしい遠い日の想い出が
八十を過ぎた人生の余白にちらつく。

 若狹 麻都佳 ワカサ マドカ

①1959(昭和34)3・17②秋田③桐朋学園短期大学部芸術科卒④「密造者」⑤『それは白い雲の色をしていた』潮流出版社、『卵のきもち』『片目に棲む鳩』『女神の痣』思潮社。

 夢見るマンドラゴラ

  土の中に、
頭を埋めて
逆さに
爪先立ったまま
涼しい
熱帯魚が咲く
のを
待ち続けていました
        (たしな)みを忘れた午後の裸像は
        照り返す陽の刹那にくびれ
        砕けてゆき……
        鈴生りの眩い光は、
 
九つの秘密(、、、、、)を見透かして
君 は 僕 の
頭蓋になって
虹の尾ビレを
纏いながら
かじかんでいたのです。

 我妻 洋 ワガツマ ヒロシ

①1939(昭和14)2・10②栃木③早稲田大学教育学部国語国文学科卒④「馴鹿」「壼」⑤『かたち』叢林社、『流域』詩歌文学刊行会。

 かざぐるま

まわるまわる
いつまでもどこまでも
かすかな風も逃がさずに
少女のリボンのように
すずやかにまいつづける

路地の垣根や塔の上
あっちにもこっちにも
地球の旗印さながら
軽快に重厚にすました合図を
おくりつづける

賽のかわらの石積みの
思いの果てないかざぐるま
闇夜にめざめた老白狐と
黄色の湖水に沐浴して
いのりつづける

 若林 圭子 ワカバヤシ ケイコ

①1952(昭和27)6・22②東京③聖心女子大学大学院文学部史学科修士課程終了④「ティルス」⑤『休日』『時の目盛り』詩学社、『窓明かり』文芸社。

 ラムネの栓

抜き差しならない
訳があるのでしょう

あちらを立てても
そちらを立てても
ここそこから
ほころびる

お察しください
いくら丸くなっても
足りないものが
思い出せないのです

遠目には美しい地球
ビー玉のように
どこかにひっかかり

 若原 清  ワカハラ キヨシ

①1935(昭和10)6・5②岐阜③本巣高校卒④「撃竹」⑤『物体童話』樹海社、『嫌がる山羊を』書肆青樹社、『犇めく』木食工房。

 杭を打つ

秋空に
杭を打つ音が 聞こえる

遠くこだまのように離散し
浮遊瞑想していたわたくしが ここに
脳天からつま先までいっぽんの芯にまとまり
尖る意志でまっすぐ ひと打ちごとに
ずん ずん 大地の胸板に食い込み
沈むほどに
奮い立つ 決断

掛矢をたかく振り上げるおとこの
荒い呼気が きはくが
わたくしの血をたぎらせ

崩れやすい 傾きやすいあなたとわたしの
あいまいな位置を しかと認めあい
ここからは断じて譲れない
ゆるぎない基点 を
秋空たかく 響きわたらせる 音

 若松 丈太郎 ワカマツ ジョウタロウ

①1935(昭和10)6・13②岩手③福島大学卒④「新現代詩」「いのちの籠」⑤『海のほうへ 海のほうから』『いくつもの川があって』花神社、『越境する霧』弦書房、『峠のむこうと峠のこちら』私家版。

 これからなにをするの?

こちらに咲いている花と
あちらに咲いている花と
同じなのか
同じでないのか

パラレルワールドの
こちらと
あちらと
パラレルワールドの
こちらと
あちらと
同じなのか
同じでないのか
こちらで生きている人と
あちらで生きている人と

いくつもの世界があって
こちらにはこんなことがあって
あちらにはあんなことがあって
これからなにがあるの?
これからなにをするの?

 若宮 明彦 ワカミヤ アキヒコ

①1959(昭和34)4・3②岐阜③北海道大学大学院理学研究科博士課程修了④「極光」「かおす」⑤『掌の中の小石』かおすの会、『貝殻幻想』土曜美術社出版販売。

 夜の鎮魂

日付の変り目は
夜の裏切りだ

煙水晶みたいに崩壊する
鋭利な鉛筆の芯

拳は肉と骨に帰って
過去を封印する

悔恨の時間を下刻する
脳髄の谷氷河

夜の仕打ちに耐えよ
凍った血を温めて
海明けを待て

鎮魂に目覚めた稜線で
次の亜間氷期に起こる
小さな地すべりを待つ

 若山 紀子 ワカヤマ ノリコ

①1935(昭和10)2・10②岐阜④「環」⑤『ぶるうす』不動工房、『かあてんを閉めると』『鈍いろのあし跡』書肆青樹社、『握る手』土曜美術社出版販売。

 沈む ――地球はいま

地球はいま 少しずつ重くなっているらしい
人間の生み出すあらゆるものの重さに
もう耐えられなくなったのだ

饂飩を茹でている
キチキチとタイマーの音がして
何かに急かされている自分もまた
キチキチと沈んでゆく
床が抜けて 土にのめりこんでどこまでも

繰り返される爆発 殺人 戦争 汚職
言葉や思考や情緒などというものまでも
すべて沈んでしまい 埋めつくされて
でこぼこだけの広い野っ原になったら
地球はどんなに清々するだろう
つるんとした地球の上で
黒い揚羽蝶が一匹
ぽつんと 所在なげに止っている
果てしなく生み出されて
果てしなく捨てられていくものの行方を
黙って視ている

 脇川 郁也 ワキカワ フミヤ

①1955(昭和30)11・30②福岡③福岡大学商学部卒④「孔雀船」「季刊午前」⑤『ビーキアホウ』書肆侃侃房、『露切橋』『バカンスの方法』本多企画、『百年橋』紫陽社。

 船を漕ぐ

車窓に流れる景色も見ずに
世界地図に見入る塾通いの小学生よ
地図を眺めるまでもない
ぼくらが住むこの街からは
ハングルあふれる港の風が見えよう
耳を澄ませば
チャガルチアジメの声も届いてくる
海や川で
ぼくらの居場所は仕切られているが
海と川が
ぼくらをつないでいると考えればいい
明日のきみならば
地図を指でなぞるように
川も海も ひと飛びに越せるに違いない
博多の街に夕日が差しているから
釜山の人も家路を急いでいるだろう
街並みもトウガラシのように
きっと赤く染まっているだろう
バスの揺れに合わせて世界を夢見ながら
どこの港を目指しているのか
その人はいま船を漕いでいる

 ワシオ・トシヒコ ワシオ トシヒコ

①1943(昭和18)12・19②岩手③国学院大学文学部文学科卒⑤『都市荒野』花神社、新・日本現代詩文庫『ワシオ・トシヒコ詩集』土曜美術社出版販売。

 朝の衝動

ドアを開ける
もの音一つしないトマトジュース色の朝
手をおそるおそる差しのべ
新聞受けからニュースを抜き取る
こんなとき
隣り近所へ向かって
なぜか叫びたくなる 大声で
 「皆さあーん」

閉じられたドアというドアは
いっせいに開かれるだろうか
そんな勇気などない
勇気がないまま
今朝もさまざまな事件を広げて食べる
幾片かのパンと一緒に
苦くて熱いブラック・コーヒーを啜って

 梁瀬 重雄 ヤナセ シゲオ

鷲谷 峰雄 ワシヤ ミネオ
①1942年(昭和18)5・28②北海道④「雨彦」「極北」⑤『兎狩り』『川師』思潮社、『木鼠の話』雨彦の会。

 マドンナの宝石

バス停留所

海辺にバス停がある しかし
いま停車したバスには時刻表がない
どこ行きなのか

朝方 そのバスは時刻の間を
すりぬけてくるのか
町の時間と浜辺の時間の違いの差を
なにげなく見っけて走ってくるのか

そんなバスへ
気軽に乗って行く客もいる
自分の運命を さも簡単に決めて
しまうかのように ただし
次のバス停にもそのバスの時刻表がないなら
客は永遠に降りられないだろう
バスはどこまでいって
何を乗せて戻ってくるのか

先ほどの客はどうしたろうか
海の見える町には そんなバスが
一台は走っている

 和田 英子 ワダ エイコ

①1926(大正15)11・4②兵庫③旧制女学校卒④「騒」⑤『点景』摩耶出版、『風の如き人への手紙』編集工房ノア。

 港のビエンナーレ

高架から反れて立ち止まる三叉路で
日傘の女性に所在を確かめ
着いた能楽堂で受け取ったパンフレットは
港の「ビエンナーレ」
コンテナを活用した会場づくりの
路地裏を巡るような空間配置
街の一角にイマージュした
標語たち
――エイプルアート
港の一角
アート・ランドマーク・ステージ
ウェブサポーター
コンペティション
ソーニングレイアウト
――美術 音楽 ファッションを交流 集合
させる芸術文化の出合いの場
港の催しのパンフはスマートなカタカナ語で
能楽堂に鳴り渡るテナーサックスの音色を
混じる太鼓の高い響き
ニホン的な アメリカンのようなダンスを
舞台で一人舞う女性

 渡辺 信二 ワタナベ シンジ

①1949(昭和24)11・22②北海道③東京大学博士課程中退④「立」⑤『まりぃのための鎮魂歌』ふみくら書房、『もうひとつの鎮魂歌』本の風景社。

 兄弟喧嘩のために

幼稚園児のおれに そんな記憶はないが
雪の上 馬乗りで弟をいじめていたら
後ろから怒鳴られた 振り返る暇もなく
母がおれを押しのけ 弟を抱き上げ
今度はおれが雪に這いつくばって泣く――

これが あとで 食卓の話題となる
(うそだ そんなこと!
なんども言わないで)  ほら これが
写真だ (しゃしん?)――いや 記憶を
じぶんで消したのか

だけど今 おれがほんとうに知りたいのは
いったい誰が おれたちの理由を
知るのか 写真を撮り続ける者よ
いつまで おれたちは 泣いたのか
誰に向って泣いていたのか

 渡辺 宗子 ワタナベ ソウコ

①1934(昭和9)4・21②福岡③北海道札幌教育大学卒④「弦」「新・現代詩」⑤『ああ蠣がいっぱい』『水の巣』緑鯨社、『水篭』文芸社。

 火だるまが走る

豪雪の列島を転がる
圧えられた季節の沸騰
水の巡りがこんなにも(あつ)
脈搏ち血へ注ぐのだから
捨てきれない残骸の木霊
 おおうー おおー うー
山鳴りの応答
雪中に統率された炎焰不動の兵士
氷結した?の敗走する幻影

吹雪く視界を焦がして
白樺 ナラ 蝦夷松 アカシアの裸木
 おおうー おおー うー
森は抵抗に生きているのだから
燃えさかり命へ浄化する
拒絶と渇望のはざま
水の巡りがこんなにも灼く
地霊の煙硝となったのだから
国境のない雪のスカイライン
鳥獣座にも告げよ
不動尊の審判

 渡辺 武信 ワタナベ タケノブ

①1938(昭和13)1・10②神奈川③東京大学工学部建築学大学院博士課程修了④「AFTER HOURS」⑤『まぶしい朝・その他の朝』国文社、『渡辺武信詩集』『続・渡辺武信詩集』思潮社。

 肯定の工程表

沈み行く陽光が放つ
一閃のピンスポットに刺し貫かれた
一滴の涙のように
記憶の海に浮かび上る瞬間
それは時として浅い悪夢の序幕となる

天気予報によって転機したのではなく
天候によって転向したのでもなく
ただ 歳月が夢のエキスを奪い
行為の契機だけが 毎年
バースディ・ケーキのように繰り返される

あらゆるパーティから遠く離れて
死を閉めだす容器のために
リビングをテディ・ウィルソンのスイングで
満たしつつ
とりあえず暮らしを肯定する工程が
私から過激な歌劇を奪ったのか
しかし罅割れた日々に散在する快楽の火薬庫
は不安定な時限装置のセンサーに繋がれ
時々ダイオードの警告灯を点滅させる

 渡辺 正也 ワタナベ マサヤ

①1929(昭和4)1・2②三重③三重大学卒④「石の詩」「仙人掌」⑤『食堂の降雨図』暦象詩社、『薔薇時間の非在』石の詩会、『遠い道・深い道』『零れる魂 こぼれる花』思潮社。

 木

濃緑が褪せてきて あわただしく縮れはじめ
風にふかれ 音もなく少しずつ離れていき 
骨格だけになった もう約束は残っていない
とうとう来たね
みんなが集まって だれかが言う
光を受けて おびただしい葉脈が 大きなか
たちになって 空に深く嵌まっていたのだ 
かわいた時間が?がれて 憶えている実の色
はここへ来るまでにみんな落としてしまった
朝が来て鳥たちの囀りがあるとすれば そ
れは 昨夜の立待月に洗われていた森の上だ
 なにもしないでいたわけではない 見知ら
ぬ地で 物語がはじまってから 水車のよう
にたえず川から汲みあげた水を 終ることの
ないように音をたててちりばめ 営みの花を
からだに刻んできた
定められた位置で あらわに佇立する姿勢に
寄り添う泡雪が消えぬうちに みんなはそれ
ぞれ帰っていく

 渡辺 みえこ ワタナベ ミエコ

①1943(昭和18)4・8②東京③横浜国立大学学術修士⑤『耳』詩学社、『南風』、『発熱』ライオネスプレス、『喉』『声のない部屋』思潮社、『水の家系』南風プレス。

 呼び声

峡谷にかかる細い吊り橋
一筋の線になった金色の三日月
そのどんな曲線よりもしなやかに
女は白い背を反らせ
何かを呼んでいた

それは誰も渡ったことのない
吊り橋に風の渡る音
地球の影が月を覆う音

女の吊り橋が呼んでいる
地を震わせ
時を震わせ
水を這い
沢を駆け上り
その声は人を連れ還る
生き物が生まれたばかりの
原初の草原に

 渡辺 めぐみ ワタナベ メグミ

①1965(昭和40)9・17②東京③立教大学文学部日本文学科卒、法政大学文学部英文学科卒④「紙子」「ウルトラ」⑤『ベイ・アン』土曜美術社出版販売、『光の果て』思潮社。

 オカリナ

蝶が行く
草地を
晴れやかに 広やかに
わたしをさがす
蝶はもういない
わたしをさがす
蝶を追いかけ
見えない遠くに
わたしをさがす
光の果てに ほんの少しでも
わたしが在ることを
それだけを 信じて
わたしは わたしから
何気なく 剝がれた
出血は小さく
オカリナが
聞こえた

 渡会 やよひ ワタライ ヤヨイ

①1949(昭和24)1・12②北海道③弘前学院女子短期大学国文科卒⑤「極光」「パンと薔薇」⑥『洗う理由』『失踪/CALL』未明舎、『リバーサイドを遠く離れて』『五月の鳥』思潮社。

 きつね

あの背中のまるさは
浪費家ではないのかもしれない
芒の陰からのぞく眼はあかくて
泣きはらしたようにも見えるので
だまされでもしたのだろうか
〈群レテモヒトリ
〈イツダッテ
みせかけは幾通りもあるから
そばへ寄るのをこらえていると
フランクに乞うてくる
路地から町はずれ
含羞を点滅させて夕暮れを
きらきら光るキク科の植物を
そうして当たり前のようにうながされ
手は前脚(まえあし)となってしゃがむのだ
月代(つきしろ)は待たない
ガレキにものを落として夜がくるから
ただ喉を上げて懇望する
もうひとつの空へ
〈モット寂シサヲ!
〈モット野菊ヲ!

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