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会員のアンソロジー

会員のアンソロジー9・木村三千子氏~

 木村 三千子 キムラ ミチコ

①1927(昭和2)3・13②石川③金沢第一女学校卒④「RAVINE」⑤『歳月』文童社、『顔』『片隅日記』編集工房ノア。

 仲間

植込みを廻ると今日も居た
表通りから死角の位置で
初老の女が猫にエサをやっている
汚い毛並が三匹
浅い容器に盛られたキャットフードを
音をたてて噛んでいる
私に気づき後を向く女
猫までが上目づかいで私を見る

固くなった砂場わきのベンチで
男が鳩に囲まれ
食パンをちぎっては投げている
その仕業がすべての顔つきで

目立つ場所の看板には
  猫や鳩の エサやり禁止
      自治会
子供の姿が消えた団地では
淋しい人がふえている
わびしい組みあわせは
女は猫で 男は鳩か

 清岳 こう キヨタケ コウ

①1950(昭和25)12・19②熊本③京都教育大学教育学部卒④「ERA」「兆」⑤『ウェディングベルを鳴らせ』白風社、『白鷺になれるかもしれない』思潮社、『天南星の食卓から』土曜美術社出版販売、『浮気町車輛進入禁止』詩学社。

 南京四十五度

どろ沼に太い穴がふたつ
よく見ると鼻の穴

鼻の穴ふたつで水牛はこの世とかかわってい
 る

 仕事がおわって

泥にまみれた男と息子を背に水牛は歩き始め
 た

夕焼けは水田から空までをいちめんに染め
今 このシルエットのために翼を広げている

 清宮 零 キヨミヤ レイ

①1928(昭和3)1・4②埼玉③日本大学法文学部政治経学科卒⑤『宙の塵』大宮詩人会叢書。

 月下の微笑(みしよう)

蒼い月光が斜めに森の樹樹を撫で
下草に翳りを映すとき
垂直にうなだれていた〈月下美人〉の
蕾 一個 ひそかに膨らみはじめ
太い茎に支えられて 直角に首をもたげる

臙脂色の細長い萼もふるえながら 捲かれる
大輪開花のきざしだ

透明に近い白の つるぎ状の花びら
甘酸っぱい芳香 放って
プチッ と歓喜の叫び
その瞬間 静かに花ほころびる

空中の一点でつばさ広げ
待ち焦がれていたオレ コウモリに変身
花芯の壼へ透かさず飛び込み 蜜を舐める

黒装束の躰 黄色い花粉でまぶし
月下の微笑に魅せられ
下僕になる

 桐野 かおる キリノ カオル

①1953(昭和28)3・4②大阪③白菊高校専攻科卒④「潮流詩派」⑤『夜』『他人の眠り』『思う壺』潮流出版社、『私の広尾』砂子屋書房。

 出入口

出入口がひとつしかない
他人に入って来られるのが嫌で
入口を釘付けにしたつもりで
出入も釘付けにしてしまった自分に
気づいた
長い時間をかけて汗水流して
私は私を
この薄暗い部屋に
閉じこめてしまっただけのことなのか

何故他人が入ってくるところからしか
私は出てゆけないのか
何故そこで
私はいつも醜態を演じてしまうのか

誰も入るな
けれど私は出てゆかなければ
ひとつしかない出入口の不便さは
そこにある
生きている私の矛盾の理由もそこにある

 草間 眞一 クサマ シンイチ

①1955(昭和30)11・13②茨城③都留文科大学文学部国文学科卒④「青い花」⑤『沈黙する水』書肆青樹社、『そら』茨城図書。

 風

風は腕の中に
太陽の匂いを運ぶ
藁の中に籠もる熱気を
藤棚の間で聞いた噂を
そこで身に帯びた
甘い誘惑の移り香を
そのブンブン唸る恋の言葉を
その手練手管を。
あたかもひとつながりの夢のように
あなたの腕の中に届ける。

そうして それを見届けると
風はあなたの腕の中で息絶える。

風は物言わぬ一人の赤子となって
あなたをその涼しい眼で見上げる。

 工藤 富貴子 クドウ フキコ

①1942(昭和17)5・8②大阪③名古屋市立大学薬学部卒④「新現代詩」「しもん」⑤『地球と平行なのが好きだ』『月夜のテニス』飛天詩社。

 風の日

ちょっとした光線の加減か
ローム層の砂を運ぶつよい風の具合か
どうしてもこの地に馴染めない日がある
わけもなく部屋の中をうろつくうち
脳画面に田舎の緑濃い景色が溢れだす

帽子を深く被りポケットに両手をつっ込んで
当てもなく部屋を出る
風はまだ冬枯れの木を揺さぶっている
アスファルトの続くまま歩いて 歩いて
公園にたどり着いた

激しく揺れる池の水にも怯えることなく
鴨は群れて漂っている
その先 豚はピンク色の脚を爪先立ちに
ハイヒールを履いているかにして小屋に消え
小さな檻の中ではミーアキャットが
遠くを見つめて立ち ぴくりとも動かない

こんな日は 思いがけない場所に流れついて
ひとも動物も(うろ)を抱えて立つ木だ

 工藤 優子 クドウ ユウコ

①1934(昭和9)11・16②神奈川③秋田短期大学卒④「関西文学」「海流」「紙詩培」「密造者」「銀河詩手帖」⑤『苛酷の使者』檸檬社、『工藤優子詩集』芸風書院、『春宵』葵詩書財団。

 瞑目

やっと
春、
長かったなあ
待ちくたびれたよ
つぶやく命の目覚め

枝々に
合唱しようとふくらむ大小の蕾
やがて ほんのりと香り呼び合う
春はいい ほっとさせて――

様々な春、悔いもない
うすれていく記憶の中で
ひき止めるほどの……

やっと
春、
長かったなあ
澄んだ青空の下 花の香りに
目を瞑り手を合わせるだけ

 國井 克彥 クニイ カツヒコ

①1938(昭和13)1・1②台湾基隆市③日本大学文理学部卒⑤『ふたつの秋』『灰いろの空つめたい雨』『海への訣れ』『紅の汀』『東京物語』思潮社、『並木橋駅』近代文芸社、『月明かり』詩学社。

 啼く鳥

あの鳴き声は(もず)か仏法僧か梟か
夜毎隣家から聞こえて来るのは
不満げな孤独な鳥のくぐもり声
ついつぶやかずにはいられない
鳥を養うなかれ又飼うなかれと
自由にうたうために生きる者を
籠のなかでうたわせられようか
真冬の樹樹に若芽が萌え出ずる
深紅(しんく)の薔薇が静かに咲いている
月下に薔薇が堂堂と生きている
風が気儘に(さや)かに流れる夜と昼
その森の道を自由に歩くために
藍色の音楽のなかを飛ぶために
鳥たちもわたくしも生きている

 くにさだ きみ クニサダ キミ

①1932(昭和7)1・26②岡山③岡山大学教育学部二年課程④「径」「ミモザ」「飛揚」⑤『壁の日録』土曜美術出版販売、『ミッドウェーのラブホテル』『ブッシュさんのコップ』視点社。

 花の活用形

ツボミという
ふくらむことばに
雷を抱かせて
(オシベも メシベも)
異性のにおいは隠していたのに――

化けてしまうと
もう
おしまい。

  〈散る〉は四段
  〈死ぬ〉ならナ変

蝶は虫だと 花は知らない

ちら ちり ちる ちる ちれ ちれ
しな しに しぬ しぬる しぬれ しね

御伽草子は 花軍(はないくさ)

 國峰 照子 クニミネ テルコ

①1934(昭和9)12・24②群馬③上野学園短期大学作曲楽理科卒④「gu i」「Ultra Bards 」「ORANGE」⑤『開演前』書肆山田、『CARDS』風狂舎。

 流氷

月光に
ふとい喉がおとこ泣く
海明けは近い

他者を受容し重なり合う透明な闇の深さをだ
れも計れまい。いま世界の内圧は高まり、わ
たしといえる意識がひび割れていく。せめぎ
合う内と外とのこの充溢がこわれたとき世界
は激変するだろう。溶け去るいのちの消失点
で、一塊の意識が一滴の意識に移行できるか。
その瞬間を視、きわめるために酔いしれる。

旅人よ
酒を()いでやってくれ
白い魔王のはりつめた思いに

 久保木 宗一 クボキ ソウイチ

①1948(昭和23)8・22②群馬③中央大学法学部法律学科卒④「方位」⑤『ひよめく闇に』国文社、『佇む季節』砂子屋書房、『風に』風塵舎。

 石の(かた)

キリコ キリコ キリリコロコ

ルコ リリリリ ろろろろ ラリコ

きんきん きぃぃん キリロルロ

ロリトン ロリケン ケンケンキキキン

トロポロピレリ ラカサンサピレ

トテピテサビレ サラホロリ

   キン トルピ

 久保田 穣 クボタ ユタカ

①1934(昭和9)11・29②群馬③群馬大学学芸学部卒④「軌道」「夜明け」⑤『風樹』『眼の列』煥乎堂、『サン・ジュアンの木』紙鳶社、『栗生楽泉園の詩人たち』ノイエス朝日。

 ふり返ると

わたしがふり返ると
すべてが見慣れた風景なのに
沼も崖の道もいっぺんに消えていた
そんなことはないのだと
ふたたびふり返ると
ひとりの少年が水の涸れた沼の底に
石を投げている

渇いた夏の空が少年の頭上に広がっている
〈蟹はどこかへ消えたよ〉
少年はひとり言のように呟いた
風が沼の底から吹いてきた
ヒマラヤ杉の先端から
夏の光が駈けおりてくる

すべてが見慣れた風景なのに
日々 崖の道は崩れ落ちて
蟹の道は消えていた
少年は養護園への坂道をゆっくり登り
桜の葉の陰に消えたが 少年のからだには
蟹の匂いがわずかに残っていた

 熊谷 ユリヤ クマガイ ユリヤ

①1953(昭和28)11・7②北海道③ニューサウスウェールズ大学大学院英語学・英文学修士課程修了④「地球」⑤『名づけびとの深い声が』思潮社、『捩れながら果てしない』土曜美術社出版販売。

 手触りで確かめるために

それから
そのひとといっしょに
地球儀の内側にもぐりこむ

赤道の上に現れた
熱い亀裂のあたりから

     (ながいあいだ
     どこにかくれていたのだろう
     やさしくいろあせた
     ふるいちきゅう)

そして
手探りで覚えた時間のかたちを
手触りでたしかめあう

      (くらやみに
     なれておくために)

次の命になるときに
思い出すことができるように

 熊沢 加代子 クマザワ カヨコ

①1947(昭和22)11・30②福岡③武蔵野音楽大学卒④「パレット倶楽部」⑤『SEE・SAW』紫陽社、『応用問題』書肆とい、『子供の情景』書肆山田。

 廃校

子供らの放縦と規律を失った小学校の校庭は
今では 撤去された自転車の保管所となり
夥しい数の自転車が まるで
捕らわれの身でもあるかのように
無表情に銀色の列を連ねている

動くものが身動き出来ないものになり
その役目をうばわれている
だがまだ死んではいない
青空の下で 或いは どしゃ降りの雨の中で
一台一台が所有者の物語を秘めて
もう一度引き取られることを待っている
(閉じこめられたものから解放される
 それも一つの復活だ)

子供らのいない校舎は
山峡の山びこのように寂しく
その寂しさは寂しさのままに
今年も校庭の桜は咲くだろう
そして無数の花片が自転車の群に降りかかる
まるで春の洗礼のように

 倉田 茂 クラタ シゲル

①1933(昭和8)12・16②新潟⑤『平野と言ってごらんなさい』本多企画、『ルノワールの部屋』花神社、『高遠など』エイ・ピー・シー。

 楽器になる男

音声と左手の指先の律動をマイクに伝えて
ボビー・マクファーリン*がクラシックを演奏
 している
表情豊かなからだがフルートになり
コントラバスになる

からだが楽器になるひとが音楽家なら
からだが
絵の具になるひとが画家だろうか
言葉になるひとが俳優だろうか

不器用なからだが画布の上で絵の具になれず
舞台の上で言葉になれず
せめてこころで 言葉になろうとしたのが
二十歳(はたち)前の私だったのだろう

あっという間の五十年 それはまた
引き合わないとても長い歳月
こころにも不器用というのがあるのだと
知るために過ごしてきた半世紀

 

*ジャズ歌手(米1950―)

 倉橋 健一 クラハシ ケンイチ

①1934(昭和9)8・1②京都④「イリプス」「火牛」⑤『寒い朝』深夜叢書社、『異刻抄』『仕身』思潮社、『抒情の深層――宮澤賢治と中原中也』矢立出版。

 壁にもたれて

砂まじりの壁にもたれて
霙のやむのを待っていたら
膝に居たはずの幼ごが居なくなった
そのまま月日は流れ記憶も蕩尽して
今はもうあれは猫ではなかったか
二十日鼠ではなかったか
それにしてもそんな韜晦が許されるかどうか
蒙昧した私はそこで
丸太を組み合わした梁のある天井裏で
埃になることを思いついた
それにしても必要なのはまたしてもたくさん
 の月日!
という切ない思いが脳裏をよぎると
膝ががたと震え
原初の熱が甦った
なんのことはない
居たはずだった幼ごとはこの熱のこと
熱の概念にすぎなかったのだ
こうして私の長い責めも終わりを告げ
鼻唄混じりに
(いまさらながら)霙のやむのを待っている

 倉持 三郎 クラモチ サブロウ

①1932(昭和7)6・10②愛知③東京教育大学大学院修了④「日本未来派」、「しけんきゅう」、「ガニメデ」⑤『離陸』『木』国文社、『考えるジャガイモ』日本未来派、詩論集『イギリスの詩・日本の詩』土曜美術社出版販売。

 くさ

くさ わ かみさま が
ちじょう に わすれた ハンカチ だ
カオス の なか から
うみ と りく を わけて
この よ を つくり おえた とき
ほっと した ので あせ を ぬぐった
みどり の ハンカチ を
ポケット に いれる のを わすれた

つくり ぬし に わすれられて
ちじょう に のこされた くさ わ
とおい そら に むかって て を ふる
じぶん たち が はなれ こじま に
のこされて いる こと を
かすかに みえる ふね に しらせる
こども たち の ように

きょう も はずかし そうに
は の うら を みせ ながら
くさ わ てん に むかって
ほそい みどり の て を ふって いる

 来栖 美津子 クルス ミツコ

①1926(大正15)3・15②群馬③水戸髙女卒④「砧」⑤『花の咲く時』書肆青樹社。

 古い写真

「あなたのほうが長く生きられるから
 持っていて」の添え書きといっしょに
姉から送られてきた 写真

母を真中に 三人の兄とその連合い
姉たちとわたし
冬の日の縁側に並んで みな笑っている

 でも長兄は外地の抑留から帰ったばかり
 姉の一人は離婚の危機にあった
 わたしといえば 闘病中の身
 後列のはしに蒼白く立っている

母も兄たちも
いまは別の世の人
頰を馴でるように写真を馴でる

この黄ばんでいる写真も いまは
鮮明に蘇える(すべ)があるというが

 呉 美代 クレ ミヨ

①1927(昭和2)8・1②東京③鎌倉女学院卒④「花」⑤『紅』『危ない朝』国文社、『はじめてのように』『海は揺れないではいられない』『大樹よ』土曜美術社出版販売。

 なかなかこないバス

稲の穂が雨に洗われ
束ねた髪になって
田をうねっている
実りをゆさぶる雨だった
芋畑では
芋の葉が汗をにじませて
土の匂いを運んでいる
残りの火を
ちろちろ燃やしているカンナ
見上げると
夏を脱いだ鳥が
ゆったり空を施回している
ふいに光をはじいて
車が風景を横切った
先端をいく新車だ
砂埃の中にぽつんと立つバス停
はるかな距離感よ
疲れて腰をかがめると
石の熱い息に触れた
その息を感じながら
私はなかなかこないバスを待っている

 暮尾 淳 クレオ ジュン

①1939(昭和14)4・23②北海道③早稲田大学文学部心理卒④「騒」「小樽詩話会」⑤『紅茶キノコによせる恋唄』青娥書房、『雨言葉』思潮社、『ぼつぼつぼちら』右文書院。

 デジャ・ヴュ

00から01へと
コンピューターの数字が
なめらかに進めないと
交通機関も通信手段も
家電製品その他も
みんな狂ってしまうので
年寄や子供は
安全な所に居るようにという風評が
風評に終ったのは
技術者が懸命に働いたからだ
なんて忘れていたが
借金だらけの生活が
万が一にも
0にならないかと
ひそかに願っていた世紀末は
何事もなくあっけなく
二一世紀へ
そしてわたしのラバさんと
寝そべるはずだった
椰子の木陰まで
いつの間にか色褪せたデジャ・ヴュ。

 黒岩 隆 クロイワ タカシ

①1945(昭和20)9・7②愛知③広島大学医学部卒④「歴程」⑤『水遊び』詩学社、『夕鶴抄』落合書店、『みずうみ』詩学社、『海猫』花神社、『星の家』思潮社、『海の領分』書肆山田。

 聖家族教会

触りたい
触りたい と
重力に逆らい
天に向かって伸びてゆく
十八本の石筍たち
(せめ)ぎあう愛と闇とオリーブを重ねても
何十年も 何百年も
まだ届かない

滅びよ
滅びよ しかし
ベラスケスの青に濡れて
天が つい手を伸ばした
石灰の指を伝い
哀しみの水が滴り
人々の罪の中に降りてくる つらら石((ツララ))
今年も 一ミリと少し

(たま)(ほら)なるバルセロナ
揺曳する黄金()の幻

           *上下つながった鍾乳石

 黒川 洋 クロカワ ヒロシ

①1943(昭和18)4・1②広島③呉工業高校電気科卒④「騒」「方方」⑤『詩人が唄うとき猫が欠伸する』『B級詩人のつぶやき』皓星社。

 ひばくの唄

ピーッ
被爆服に身をかため
いちれつ縦隊にならぶ。
ピッ と
笛を合図に駆けだし
前方十m 足らずの
配管目ざして走る。
途中でレンチを掴み
配管継手のボルトを締める。
いち人ひとやま百二十秒
ふたたびスタートに戻る。
汗にゴーグルがくもり
ピッピッと被爆計。
あのとき 後ろにいたのは
十四番 どこの生まれか
たがいに名のらず眼をそらし
十三番は途中で転び
出ずらをふいにした。
♪××に帰る汽車賃が
あればひと月生きられる
スイングするのは十二番。

 黒田 えみ クロダ エミ

①1935(昭和10)1・29②大阪③岡山大学教育学部二年課程④「柵」「イリプス」⑤『献立日記』手帖舎、『天鼓鳴る』詩の会・裸足、『平尾不孤作品集』『薄田泣菫の世界』日本文教出版株式会社。

 宇宙の卵のなか

宇宙には卵が浮かんでいて
その卵のなかにも宇宙があって
その宇宙には生きものがいて
生きものは消滅と誕生をくりかえしている

宇宙の星はまわる
北極星は二万五千九百二十年で一周する

人間は一日に二万五千九百二十回呼吸して
昼も夜も休まず二万五千九百二十日呼吸して
やがて その人間は消滅する*
いま 呼吸は何回目か 知らず 数えず
破壊と征服を好む生きものの体内にも
生きものがいて
消滅と誕生をくりかえしている

卵のなかの私は卵の親を知らない
自分の体内の生きものを知らない

宇宙には設計者がいたのか
宇宙に監視者はいるのか
            *ルドルフ・シュタイナー説

 黒田 達也 クロダ タツヤ

①1924(大正13)2・9②福岡④「ALMÈE」⑤『ホモ・サピエンスの嗤い』『集落記』『幻影賦』アルメの会、日本現代詩文庫39『黒田達也全詩集』土曜美術社出版販売、『黒田達也全詩集』本多企画。

 針

日々はやさしく壊れ
狂った平和のたまり場に
世紀のトカゲが獲物をさがしにやってくる

干物の日本語で しょせんは
新聞紙を空にかざしながら生きる
汗くさい醗酵の日々よ
八月の陽ざしが苔くさい軒下に疲れを語ると
 き

おまえは歴史をいっぱい背負いこみ
おれは痩せた笑いをわらうのだ
トカゲの貪婪な舌先を脊後に受けながら

血なまぐさいデルタの怒りは
すまいの一隅で
心に針で触れている
しろい壁は白痴のようにもの言わぬ

 黒羽 英二 クロハ エイジ

①1931(昭和6)12・6②東京③早稲田大学第一文学部文学科英文専修卒④「文藝軌道」⑤『いのちの旅』書肆ユリイカ、『鐵道癈線跡と』『須臾の間に』詩画工房。

 トーチカ

トーチカは小さい時から知ってた
戦争に生れ戦争に育ったので
元はロシア語と後で知って驚き大人になれば
トーチカの中か外で死ぬ身と決めてはいたが

六十余年後トーチカへ入った棺へ入る歳で
ペナン島のは屋根丸く地下暗く基地の中に
コタバルでは銃眼大きく地上高く十人は入り
英印軍六千強行上陸日本軍五千三百銃弾の雨

昭和十六年十二月八日未明のこと
たちまち日本軍死者三二〇名負傷者五三八名
自転車銀輪部隊日速二十粁でシンガポールへ
ブキテマ高地激戦で終結の両軍死傷者四万以
 上

今は空しくコンクリの棧橋(びあ)残る廃線の続きの
トーチカの銃眼に切り取られた四角い空の青
砕石高く積み上げた防潮堤から見渡す海の青
寄せる波トーチカ出入りする男に何も語らず

 黒羽 由紀子 クロハ ユキコ

①1949 (昭和24)5 ・5 ②茨城③米国ニューポート大学院心理学修了④「白亜紀」⑤『ひかる君』『夕日を濯ぐ』『オカリナの風景』国文社。

 耳に籠る

突然〈母に仕返しをする!〉語気荒く捨てぜ
りふを残し駆け去った少女 私はなぜか そ
の母に思え端端さえも聴きたくないと きつ
く耳を塞ぐ けれどあの時のことばが擦り抜
けて籠ったみたいでどうしても離れない 続
けざまに怒号に似た高ぶった反響が 脅える
ほど指先きまで伝わってくる

私は堪えながら〈なぜ仕返しをするの あん
なに母の思いを 注ぎ込んできたのに〉腑に
落ちず口走る すると 恨みが呼び覚まされ
でもしたかに強打する音に変わっていく そ
の時 ふと何者かの気配 こわごわ振りむく
 だがいない ただ無数の梢が影を落として
いるだけ ところどころ折れて まるで少女
の心の傷が ありありと再現されたように

気づけなかった不覚さに 跪く そして母と
して〈許してもらえるなら〉と必死に讃美歌
を声にする その旋律が耳に届き 解き放た
れるのを願って恐れながら いつまでも

 経田 佑介 ケイダ ユウスケ

①1939(昭和14)1・16②北海道③新潟大学教育学部卒④「舟」「青焰」「ブルジャケ」⑤『泡だつ日々泡だつ海』沖積舎、『良寛さの海』ふらんす堂、『カプリンスキー詩集』レアリテの会。

 アルゼンチン蟻の食卓で

幻想を漂流する幽霊ども
あなたの愛する宇宙人たち
悪の権化がはまり役

蒼穹を拝跪し 愛を吠え
広大無辺の宇宙に浮き 共喰いする
あなたこそ唯一 善意の宇宙人
贖罪に奔走するあなたの胃袋で
蟹ども(キャンサー) 大狂乱の乱痴気騒ぎ
蟻ども(アルゼンチン)大虐殺の大長征

ああ、ダ・ヴィンチよ、
永遠の「大洪水」の贈物はまだ?
腐り 崩れ 溶け 消える あなた
喉頭、胃袋、肺臓、肝臓、卵巣、子宮

蟹と蟻の発情期、
蒼穹の巣穴で
潑剌老人ども乳繰り合う
恍惚の笑み さらば若者よ
おお せかいは ひとつ

 小網 恵子 コアミ ケイコ

①1952(昭和27)3・9②東京③実践女子短期大学国文科卒④「たまたま」「布」「repure 」⑤『雲が集まってくる』詩学社、『耳の島』書肆青樹社、『浅い緑、深い緑』水仁舎。

 野

あの人が喋ると
ねこじゃらしが揺れる
相槌をうちながら
風の方向を感じていた

食卓に座れば
いつもわたしに向かって
風は流れる
風下に風下に
種は飛ばされて
わたしの後ろに
ねこじゃらしの野が広がる

あの人が一つ大きく息をついた
話したことをもう一度反芻するように
黙して
落とした肩の向こうで何かが揺れた

 香月 ゆかし コウヅキ ユカシ

①1956(昭和31)2・24②兵庫③甲南大学中退④「階音」⑤『月のみちかけ』私家版、『二月生まれ』ふらんす堂。

 詩の教室

教室の中は
人で茂っている

削っている人
引っかかっている人
堀り起こす人
恥ずかしさや気まずさを鉛筆でかわし
年齢不詳の言葉を消しゴムの影から繰り出そ
 うと
ぐるぐる回る人
底の方からうめく人

固くなった思い出が
急に溶け出すこともあって
晴れ 時々 迷子

今日は
あなたの裏通りを一つ
筆入れにしまって帰ります

 甲田 四郎 コウダ シロウ

①1936(昭和11)1・3②東京③中央大学法学部卒④「すてむ」⑤『陣場金次郎洋品店の夏』『くらやみ坂』『冬の薄日の怒りうどん』ワニ・プロダクション。

 ウォーキングの男

早朝男が広場の敷石に腰を落として
目を落として
じーっと土を見ている
ここに来る意味がそこにある
毎朝ここに来る
その意味がその土にあるのだ
土の中ではモグラが石につかえている
だがその土に意味がある間は
男はそこにまた歩いて来る
何度でも歩いて来る
♪ふるい立て、いざ
友達も家族も死んでしまった
それでもその土には意味が光り
♪どこかで誰かが
風の中で待っている!

 閤田 眞太郎 ゴウダ シンタロウ

①1934(昭和9)6・8②京城④「すてむ」「石見詩人」⑤『冬の蛙』『背後の眸』石見詩人社、『かんてらのうた』潮流出版社、『脊椎動物の居ない土地から』ワニプロダクション。

 丘上のひと

そのひとは いつも丘の上に居る
ひっそりと座っていたり
影もなく 立ちつくしていたりする
そのひとは いつも顔を持たない

そのひとが 初めて丘に登った時
秋の海は はるかに凪いでいた
未墾の砂原は 丘の(フモト)から海まで続いていた
その日から そのひとは丘の上に居る

そのひとは もう居ない
だが 丘の上にいつも居る
時には 巨人のように立っている

そのひとの 血を承けたものたちの
こころざし衰えた時 思い屈した時
そのひとの大きな眼差しが背を灼く

 河野 明子 コウノ アキコ

①1943(昭和18)1・4②埼玉④「展」⑤『女雛』創樹社、『笛』紫陽社、『糸へんの……』ゴトー企画、『鬼さん』ふたば工房。

 この色

婦人服の売場で〝如何ですか〞と
ジャケットを薦める私に
その人は きつい口調で言い切った

この色は嫌いなの 見たくない色だわ

――おしゃれな色ですが――

昔はこの色が国中に溢れていたのよ
思い出したくもないわ

――今年 流行の色ですけれど――

この色は恐いの 二度と溢れて欲しくないの

カーキ色 国防色 陸軍の制服の色
わたしが一番きれいだったとき と*
綴った詩人も この色は嫌いだったろうか

心の奥に恐怖の色を持ち続ける人達がいる

              *茨木のり子詩集より

 河野 俊一 コウノ シュンイチ

①1957(昭和32)5・9②大分③立命館大学文学部地理学科卒④「青娥」⑤『今の顔』『詩集抜粋日本国憲法』みずき書房、『「さよリーグ・現代詩大会」とは何か』鉱脈社、『陰を繫いで』みずき書房。

 夕焼け

五十代の俺たちにとっては
夕焼けはひとつの投影だが
自転車で下校している
あの子らにとっては
夕焼けはひとつの比喩だ
一月という
若く硬い月に
俺たちは気遅れしながら
夕焼けをみつめる
光の頼りなさに
もう優越感を
おぼえることなどないが
あふれるものを
ていねいに包む器は
胸の中にちゃんと
しまっている
時々そのなかに
こんな夕焼けを出し入れして
自分の時間の
足し算と引き算を
たしかめてみるのだ

 河野 妙子 コウノ タエコ

①1937(昭和12)2・23②中国・大連市③福岡学芸大学教育学部卒⑤『蛾』『なんでもない一日』ALMÈEの会。

 こんにゃく

おおきなじしんがあっていらい
いつもゆれているかんじがする
じめんがゆれているのか
じぶんがゆれているのか

ふとみるとながしだいのうえの
こんにゃくがふるえている
やっぱりときどきゆれているのだ
わたしがゆれているのではない

きぜわしいおばさんだった
いままでのわたしなら
すこしぐらいゆれたって
すぐわすれてしまうはず

だけどいまではきになって
ゆれるのをまっているような
ゆれないでといのっているような
ふしぎなわたしがここにいる

 郷原 宏 ゴウハラ ヒロシ

①1942(昭和17)5・3②島根③早稲田大学政経学部新聞学科卒④長帽子⑤『カナンまで』檸檬(れもん)屋、『詩人の妻――高村智恵子ノート』未来社、『立原道造』花神社、『ふと口ずさみたくなる日本の名詩』PHP研究所。

 帰郷 石原吉郎に

そこに立つ
そこに坐る
そこにうずくまる
川を見る
ただ川を見る
風を聴く
ただ風を聴く
何も考えない あるいは
何も考えないことについて考える
そこがあなたの位置
それがあなたの姿勢

その川はアンガラ河の支流
凍原を貫いてエニセイ河に注ぐ
エニセイは北流して北極海に至る
川のほとりでその海を視る
海を流れる川を視る
何も望まない あるいは
何も望まないことを望む
それがあなたの条件
それがあなたの望郷 (以下略)

 高良 留美子 コウラ ルミコ

①1932(昭和7)12・16②東京③東京芸術大学美術学部芸術学科・慶応義塾大学法学部法律学科中退⑤『生徒と鳥』書肆ユリイカ、『場所』思潮社、『仮面の声』土曜美術社、『神々の(うた)』毎日新聞社、『崖下の道』思潮社。

 滝の音

滝の音が聞こえてくる
滝の音はむかしをいまに呼び戻す
むかしには むかしの悲しみがあり
いまには いまの喪失がある

滝の音が聞こえてくる
滝の音はむかしをいまと切りはなす
むかしには むかしの記憶があり
いまには いまの忘却がある

滝の音が聞こえてくる
滝の音はむかしをいまと結びつける
むかしには むかしの沈黙があり
いまには いまの放心がある

滝の音が聞こえてくる

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