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会員のアンソロジー

会員のアンソロジー25・村永 美和子 ~

 村永 美和子 ムラナガ ミワコ

①1938(昭和13)11・24②東京④「解纜」「ALMEE」⑤『島・波のあちら』あざみ書房、『雨が島』「ALMEE」の会、『されない傘』書肆青樹社。

 釣

人の詩を読むと
お金は払いますつり銭はいいわ と
そそくさ 部屋を去りたくなる

つられて 次の部屋に押し入り

じぶんの詩を読むと
釣り糸を垂らすかたちに 腰がこごみ
何かのお釣りとおもって受け取って
払うお金はないけど小銭でいいなら
置いとく ここに
といってパタンと出入口を閉めたくなる

閉まったドアの反動で外に出てきてる わた
  し

どちらの部屋にも
わたしのほかに人がいたのだろうか

*「ALMEE」の始めの〝E〟にはアクセント記号付きます。

 村松 英子 ムラマツ エイコ

①1938(昭和13)3・31②東京③慶応義塾大学大学院英文学科修了⑤『ひとつの魔法』書肆ユリイカ、『愛の詩集』ルック社、『一角獣』サンリオ出版。

 時の果てに

耳を悩ませるのは
時が騒々しく流れる音
奔流ははしる 永遠の海へと

心がやすらぐのは
浜辺に寄せては返す波の音
太古からくりかえされる
悲痛なまでの海の儀式

私たちが切なくむける目に映る
海は神々のやどり 自然の母
たとえ樹々は伐られ 山は崩れても
最後の美を守り 激しさを含んで
――海はきょうも耐えている

 望月 苑巳 モチズキ ソノミ

①1947(昭和22)10・15②東京③小石川高校卒④「孔雀船」⑤『反雅歌』国文社、『紙パック入り雪月花』土曜美術社出版販売、『増殖する、定家』泰流社、『鳥肌のたつ場所』土曜美術社出版販売。

 しづ、と吹く風

しづ、と流れる風。
甘い坂の上でめがねをはずし
あなたは一枚の絵になりましたね。
遠い列車音がこだまを呼び起こす谷深い道で
裸足のまま、たんぽぽになりましたね。
すっと背筋の奥の迷い道にフワッと着地して
あなたは星の吐息になりましたね。
そこが行き止まりであるとも知らず
子別れの儀式であるとも知らず
辿ってきた道をなぞってしゃがみこんだのに
 は
立派なわけがありましたね。
たんぽぽの種子の中に隠れて
あなたの物語を封印した風の嫌がらせ
それは誰よりも賢い嫉妬という選択でした。
記憶の引き出しに閉じ込められてきた
たんぽぽの人よ
いまあなたに報告します
私ははずしためがねを再び掛けて
しづ、と吹く風を
あなたのためにつかまえました、と。

 望月 昶孝 モチヅキ ノブタカ

①1938(昭和13)5・19②東京③早稲田大学第一政経学部政治学科卒④「長帽子」⑤『島へ』思潮社、『鏡面感覚』構造社、『路傍暮色』吟遊社、『童話のない国』JCA出版、『朝食』詩学社。

 紫陽花

偉い奴らだ
あの顔のような毬は枯れても地に落ちない
しがみ付いて
命がけに固く固く
顔が崩れても
落ちない
台風にあっても
叩いてみても
落ちない
どうしようもないけれど
いつの間にか
崩れ果てている
顔半分が腐って
欠けて
相変らず集団で
肩の荷を絶対に下ろさせない恐ろしさ
もし
気分がわるくなって
人を刺したくなったら
行ってみるがいい
枯れ紫陽花が待っている

 森 杏太郎 モリ キョウタロウ

①1933(昭和8)8・22②東京③明治大学文学部史地科卒④「新現実」⑤『ジブラルタルの幻想』『瞑想』青土社、『本棚』ふらんす堂。

 霜柱

光の射し込む前に
氷柱は姿勢を張り
その一角に空気を吸い
土塊を押し上げて成長する

去年
風に吹かれて飛んでいった
蒲公英の白い衣裳の子供たち
踊る前の眠りから覚めてはいない


霜柱の下に萌える芽の
静かな希望と
意志の主張を知る人がいる

 森 常治 モリ ジョウジ

①1931(昭和6)4・17②埼玉③早稲田大学文学部英文科(大学院、博士課程卒。)⑤『トーテム』『埋葬旅行』沖積舎、『現代批評の構造』思潮社、『ことばの力学』講談社、『ケネス・バークのロゴロジー』勁草書房。

 埋葬旅行

わずかに残されることになった感覚の通路で
君はいま僕に何を伝えようとしているのか

あの埋葬旅行中に僕達がこよなく愛した犬を
追跡者のように野原で追いはじめた君ほど
幼馴染という言葉が似つかわしかった者を知
 らない

台詞の遊戯でたがいの苛立ちを試しあい
半狂乱の人生をこうして過ごし果てた僕ら
口にしたすべての偽りの言葉をここで
もう一度夜霧のように吐いてみたからとて
誓いが崩れるわけでもあるまい

友よ
南部の貧乏白人の壊れた杖のように
病院のベッドに横たわってしまった君
僅かに残されることになった感覚の通路で
君はいま僕に何を伝えようとしているのか

 森 哲弥 モリ テツヤ

①1943(昭和18)1・21②京都③立命館大学文学部哲学科心理学卒④「砕氷船」⑤『少年玩弄品博物館』ユニプラン、『幻想思考理科室』『物・もの・思惟』編集工房ノア。

 検非違使駆く

新月の夜、都大路を検非違使の一団が疾駆す
る。蹄の音、鐙の音、武具の擦れ合う音が朱
雀大路に響く。ひたすらに検非違使は駆ける。
検非違使は羅城門まで下り九条大路を東へ進
む。東洞院(ひがしのとういん)大路を北へ上がる。東洞院五条
で先頭の一騎が夜盗を斬り検非違使は猛々し
く駆ける。検非違使は誰一人自らの口から言
葉を発することなく蹄の音、鐙の音、武具の
音だけをたてて都大路を駆ける。五条坊門、
行き倒れ。検非違使はつと立ち止まるが下馬
することもなく走り去る。綾小路(あやのこうじ)、六角、
姉小路(あねがこうじ)と北進し、大炊御門、土御門(つちみかど)と過ぎ一
条へ。検非違使は東洞院一条から西へ向かう。
大宮大路を下る。二条大路を、神泉苑を左に
見て西へ進む。朱雀大路を過ぎ宇多小路へ、
高辻まで一気に下る。遠くに炎立つ。検非違
使は馬に鞭を入れる。塩小路にて火付け人捕
らえ斬首。検非違使は駆ける。なおも駆ける。
九条大路を東へ、羅城門を左へ折れ朱雀大路
を北へ、検非違使は蹄の音、鐙の音、武具の
音残して寡黙に駆ける。新月の夜、都大路を。

 森 三紗 モリ ミサ

①1943(昭和18)6・28②岩手③岩手大学教育学部英語科卒④「地球」「堅香子」⑤『私の目 今夜 龍の目』『カシオペアの雫』『宮沢賢治文語詩の森』第三集共著、『森荘己池詩集』(解説解題)。

 ヒッチコックのカラス

八重桜が咲き残っている道に
カラスが飛んで来る 低空飛行をし
襲いかかって来る 人間の臭気に
一羽が合図し 二羽になり
こちらに向かってくる
杉木立を降りて滑走して鳴き声が襲ってくる
三羽目のくちばし 爪 獰猛さ
夜の群ではない 真昼の恐怖が迫ってくる
狙われているのは眼かもしれない
視界が消える 闇の奥に
嚇かし過ぎた石つぶて 恫喝 靴音
追い払おうとしても 拾おうとしても
握る棒切れもない 捕獲し 羽根をむしり
焼鳥にして喰べた
パチンコでねらい 空気銃をぶっ放し
雀を籠の罠をしかけて捕えた
雉を山際で射止め 蕎麦のダシにした
内臓は甘露煮にして 卵は卵ごはんにした
記憶にある罪たちの映像を
影のまた影まで
カラスは突きつけてくる

 杜 みち子 モリ ミチコ

①1944(昭和19)4・7②茨城③早稲田大学英文科卒④「海嶺」「布」⑤『象が来た日』『赤い林』書肆とい、『象の時間』書肆山田。

 地図

毎朝 香ばしいコーヒーを淹れた
野の花を飾った丸い卓袱台で
きつね色のトーストをかじりながら
地図を描いた
それさえあれば
何処までも行けると信じていた
描き終わると一枚ずつ
壁にピンでとめた
地図で壁がいっぱいになると
もう朝は来なかった

 森 れい モリ レイ

①1951(昭和26)10・7②東京③短期大学英米文学科卒④「日本未来派」「ZERO」⑤『鳥の飛ぶさま』炎の会、『密約 さくら』ガルーダ・ハウス。

 星啼の空

首から腐っていく
莟の内部で
雨に妬まれた 香り立つもの
ひらく という秘儀は
とめることができない

呼ばれる名のままに
薔薇は
薔薇を咲きつづける

指を入れて
時を進めるなどと
思いあまる星啼の空に
一枚の花びらすら
ひろげることのできない
人と呼ばれるものの上にも 雨が
哀憐の火が
闇に光りながら
生きる時間を押し流していく

 森川 雅美 モリカワ マサミ

①1964(昭和39)1・26②兵庫③駒沢大学文学部歴史学科卒④「あんど」「酒乱」⑤『山越』『くるぶしのふかい湖』『流れの地形』思潮社。

 (暖かな陽射しと呟く時に)

暖かな陽射しと呟く時に眼の裏側から温もる
露わになる眼には反射しえない光沢が映える
いくつかのまだ空けやらぬ野に生成し続ける
一瞬に萌え出ては次の瞬間にはすでに消える
虚に満たされ少しだけ震え続ける音を発する
産み落とされまだ眼の開かない時に似ている
延長する枝と根の先端が今日も成長し続ける
えんどう豆が地面に散らばりすずめは群れる
追い風に元の位置には戻らない微かに揺れる
多くよく噛んで食べるならば血液や肉になる
簡潔に記すと腕は足よりもさらに長く伸びる
感染するのは長く放置された後のことである
近日の内にニュースは多くの人たちに伝わる
危険な毒素が土中の深くから染み出している
靴の底から歩く地面の起伏する感触が伝わる
茎は根につながり土中の水を常に吸い上げる
警告はわらよりも薄く目の前の肺がつぶれる
肩甲骨には消えないだれかの呟きが付着する
交錯する現在は羽化し葉脈を強く噛みしめる
降誕する名前は紙つぶてとなり一瞬に横切る
さらに遠方へと伸びる両眼をいつまでも瞠る

 盛口 襄 モリグチ ジョウ

①1928(昭和3)3・10②京都③日本大学農学部卒⑤『光の山稜』フロンティア発行所、『毛蟹』現代詩工房、『仁和寺の様は足許のら咲く』長尾美術研究所、『盛口裏詩集』芸風書院、『一本の樹』長尾美術研究所。

 点滴(ある闘病記)

点・滴・滴。一日中滴又滴(癌告知)
点滴のしずくビニル管にしたたり落ちる。
それが今日取り敢えずの私の生命。絶食四日。

透かせば無色透明美しい。舐めれば薄塩味か
結局「わたし」ってこれ丈の者「だった」。
人間本来チューヴの如しとは誰の言葉か。

日長一日「考える」又考える故頭丈は冴え
しかし書止めるのが いや書いて纏める事が
いかにも億劫。少し眠る。眼が醒める。

云わなかった言葉。云えなかった言葉
一切合切 まとめて「廃棄しよう」と
覚悟決まって又眠る。目が覚める(点・滴・
 滴)

美しい斜陽きらめく外房(そと)の海
海の涯にはニライカナイ(弥陀の浄土)が
日が落ちる。滴一滴に私の生命輝やいて

 森田 進 モリタ ススム

①1941(昭和16)4・26②埼玉③同志社大学、早稲田大学文学部卒④「地球」「嶺」⑤『海辺の地方から』昭森社、『乳房半島・一九七八年』混沌社、『野兎半島』書房ふたば、『言葉と魂』ルガール社、『詩とハンセン病』土曜美術社出版販売。

 小動物園の兎

ぽろん ぽろん ぽろん
和毛に包まれ
目覚めた兎は

明後日にやってくる
赤い悲劇の目のまま

跳ぶ
跳び越える柵もハードルもない
それでも 跳ぶ
まったくの野放し

ぽろん ぽろん ぽろん
和毛に包まれて
身を守れるか

守るものは
確かに実在するか

 森野 満之 モリノ ミツユキ

①1945(昭和20)12・25②旧満州③東京大学文学部仏文科卒④「地球」⑤『真ん中』『梢の夢』土曜美術社出版販売。

 天にむかう人

手狭になっても新大陸はもうない
大航海時代はとうに終った
捌け口を求めても植民地はもうない
帝国主義の時代はとうに終った
資源を使い尽しても
あたらしい星は見つからない

新天地を求める現代人は
大都会に群れをなして押し寄せる
ちっぽけな欲望の塊は
息苦しさから逃れるように天にむかい
林立する高層ビルの中から
地上の人を見下している

天にむかう人に、あはれはあるか
あはれとおもうこころは天にむかい
をかしとおもうこころは地にむかう
あはれとおもうこころは惻惻として涙にぬれ
 ている
そう解説された古典の先生の話は
いまでも本当か

 森原 直子 モリハラ ナオコ

①1950(昭和25)9・22②愛媛④「野獣」「多島海」「こすもす」⑤『花入れの条件』『トマト伝説』創風社出版。

 節分

――せたらうてやんなせぇ
祖母の声を
まどろみのなかで遠くに聞き
従兄の背中で揺られながら
我が家に着く頃には
すっかり寝入ってしまっていた

祖母がしていたように
今は私が 節分の豆を
家族それぞれの歳に取り分ける
五十五 もうひとつ 五十五
二十五は娘の分
そして 二十九こ
なくなった息子の豆
私がせたらう豆の重さ
――ばあちゃん
  しっとったんじゃろねえ
  ねこんだふりしとった
  うちのこと
  今も しっとる
  うちが せたらうとるもん

 守屋 健 モリヤ ケン

①1930(昭和5)2・7②東京③日本大学経済学部経済学科卒④「朔」「同時代」「雁書」⑤『野の道』表現社、『十五歳・夏』私家版。

 影

そして アスファルトの国道 白い建物
夕映えの街
――秋風が立つ
こわれた舗道
街路樹のふるえる秀つ枝
朽ちてゆく色失せたコスモス
死が夕映えの中で唄っている
影が絵となって映っている
ゆれている 流れてゆく
わたしの背後(うしろ)
それはいつも優しく
いつも親しげに
わたしに触れる

 盛山 千登世 モリヤマ チトセ

①1935(昭和10)8・6②愛知③高校卒⑤『記憶の底で』原像の会、『大晦日の午後に』樹海社。

 ここの家の

ここの家の先客であるそのひとに ここの家
に来てから五十一年になるわたしが 北向き
の玄関前の電信柱は何時から在るのかとたず
ねると お前がはじめて見上げたその時から
そこに立っていたのだと問答めいていうので
そのひとの大きらいな玉葱をみじん切りにし
てどっさり味噌汁の中に入れた
その時の包丁の切れ味はいかがでしたか は
い 泪は出ませんでした それに玉葱も近頃
意気地無しになって辛味を失くし甘いだけの
丸いだけの腑甲斐無さで それでもフライパ
ンで熱くいためると今夜はカレーライスです
の香りが窓から逃げていく
電信柱ならほらこのようにと片足立ちをする
目開き三十秒目閉じなら三秒 どちらへ転ぶ
と思う? それがねえ奇妙に右に転ぶ なに
しろこの国が右へ傾いていく時代にわたしは
生まれた 母四十の時で六十二で母は逝った
 今わたしは七十三 ときどき母のような腕
でおもいきり抱きしめられたいとはげしく思
うときがある

 諸隈 道範 モロクマ ミチノリ

<①1934(昭和9)4・7②中国・長春③新潟大学教育学部卒④「現代詩研究」⑤『カバイート・デ・トトーラ』(日韓対訳・姜晶中訳)書肆青樹社、『アイオロス』近代文芸社、『アンモンの神託』道艸人舎、『異境の風景』ほおずき書籍。

 西風考

トラキアの洞穴に住むという
西風の神ゼフィロスは
サンドロ・ボッティチェリの絵画にも
登場するが その姿は俵屋宗達の描く
風神とは似ても似つかない がしかし
両者とも風の神であることにはまちがいない

「しずかにきたる西風の
 西の海より吹きおこり――」
とわが藤村はうたっているが 果たして
彼はゼフィロスを感じていたのだろうか

われわれはこの世に生を享けて以来
呼吸という風を絶えず起している
この小さな風によって生かされ
生きている限り瞬時も止むことはない

おのれが起す呼吸という小さな風は
やがて西から吹き起る風と呼応して
消えてゆく運命にある
故に 西風は意味深なのだ

 八木 忠栄 ヤギ チュウエイ

①1941(昭和16)6・28②新潟③日本大学
芸術学部文芸学科卒④「いちばん寒い場所」⑤『きんにくの唄』『雲の縁側』思潮社、『詩人漂流ノート』書肆山田。

 良寛さま

日暮の浜にぽつんと立っていなさる
あれは良寛さま
ご自分の石像を背負って

まっくらな丘のうえ
子どもたちはワアワア哭いている
田んぼに頭から突き刺さった百姓たちは
みな干からびてしまった

でっかい夕陽が
声あげて哭きだした
間もなく佐渡のかなたへ
ストンと落っこちるぞ

良寛さまの石像は
国上山の中腹でついさっき
こと切れたばかりです

          (「夢七夜」のうち「第二夜」)

 八木 幹夫 ヤギ ミキオ

①1947(昭和22)1・14②神奈川③明治学院大学文学部英文学科卒④「歴程」⑤『秋の雨の日の一方的な会話』ミッドナイトプレス、『野菜畑のソクラテス』ふらんす堂、『夜が来るので』砂子屋書房。

 春の購買力

葱を持っている男が通る
青々とした威勢のいい男だ
葱を持った少年が走っている
まっすぐに育つといいな
葱を持つ女が笑う
首筋は白く 水がこぼれたらはじけそう
出会う人は葱をかかえて
同じ方向からやってくる
葱は安いんだろうか
向うの山の斜面に葱が異常発生
したのだろうか
美味しそうな色艶 美味しそうな匂い
すれ違う別の男にも女にも
触発する 刺激する
「葱が買いたいわ」
「葱は何にでも使えるからね」
公園のいたるところから
ほのかに(この形容は臭い)
葱が匂う
流され易いのだ
誰もが持っていると

 柳生 じゅん子 ヤギュウ ジュンコ

①1942(昭和17)7・26②東京③小倉西高校卒④「タルタ」⑤『天の路地』『藍色の馬』本多企画。

 十一月――父に

もつれる光が降りたっては
桜の花を咲かせている

あれは ひとが
誰にも言わずに
抱いて逝ったことばたちだ

ひとり緘黙(かんもく)を貫いた自負と
誰かを大切に守り通した安堵が
季節はずれの高みで
思わずほどけている

わたしの暗がりで身じろぐ気配がする
けれど 世俗にまみれなかった
ことばは
今も死者たちの上にだけ
こぼれるのが
ふさわしい

かすかな花の息づかいが
墓地の寂寥を支えている

 薬師川 虹一 ヤクシガワ コウイチ

①1929(昭和4)1・30②京都③同志社大学大学院文学研究科修了④「RAVINE」⑤『疲れた犬のいる風景』『ヒーニーの世界』洛西書院。

 風化する時

風が吹いてきた
今こそ風化の時
全てを消し去り
跡形も残さず
消えてゆこう
身も心も軽く
鼻歌を唄い
口笛を吹こう
俺の耳も目も
鼻も口も手も
俺の生きた時間と共に
次第に消えてゆく
そして何も無くなった時
生まれるのは
平穏

 安英 晶 ヤスエ アキラ

①1950(昭和25)8・17②北海道③札幌北高校卒④「EOS」「地球」⑤『極楽鳥』パンと薔薇の会、『ダフォディル』緑鯨社、『山撓』『幻境』『よる・あ・つめ』思潮社。

 ほたる

陽が落ちた川縁で
ほたるを一匹みつけました
そうーっと掌の籠につつんで 帰りました

深夜
わたしの枕元で
あおいひかりが明滅していましたが
あれはたぶん ほたるを真似た
わたしの魂だったような気がします
湯上りのかすかに湿った浴衣の襟もとから
ぬけだしてきた

いつまでも
よるべないはかなさで瞬いていましたが
やがて
戒名のないお仏壇の からの骨つぼのほうに
すうーっと流れていきました
ただ それだけのことでしたけれど

ええ
それだけのことなんですけれど

 安田 萱子 ヤスダ カヤコ

①1941(昭和16)9・17②東京③慶応義塾大学文学部卒⑤「燔」⑥『食物誌』『百花一首』思潮社。

 秋・山路

既に秋の山路を
しなやかに美しい蛇が横切って
乾いた穂むらへと姿を消す
天空は突きぬける青

濡れた蛇の姿態のように
滑り去っていった私の中の一つの季節
動き、ともいえぬ幻に似たその移り

あの蛇はいつ殻を脱いでいたのか
人にもそれは可能なことなのか
即ち新たな季節が。
冬枯れにも眩く光る原野のような

山路はゆるやかにめぐって
さらに先を見ることはできない
澄んだ風景を裂く
不意の鳥の声の鋭さにおののく。
が、それも一瞬

 安永 圭子 ヤスナガ ケイコ

①1935(昭和10)2・26②山梨③第一高校卒④「飛天」「櫟」⑤『いのちいっぱい咲くからに』飛天詩社、『七月六日の赤い空』土曜美術社出版販売。

 夏の蛇

鳥の巣の卵をねらっていた青大将が
ドサリと落ちた

木をゆすっていた乙女は
蛇を抱きあげ
つるつるして 冷めたくて
気持がいい と
目を細めほほずりする

蛇はコトコトと鳴き声をあげ
細い舌を出した

都会の思いがけない雑木林にある
時間の吹きだまりを
縺れた藪をほどきながら
なま暖かい風がわたる

幻影に似た妖しい林の景
微かに抗いぬるりとすべり抜け消えた蛇
乙女の胸と腕に
赤い鱗の斑点を残した

 安水 稔和 ヤスミズ トシカズ

①1931(昭和6)・9・15②兵庫③神戸大学英米文学科卒④「歴程」「火曜日」⑤『蟹がに場ばまで』『久く遠おん』詩文集『十年歌―神戸これからも』評論集『おもひつづきたり――菅江真澄説き語り』編集工房ノア。

 江差で

焼けた海に
車櫂(かんじ)の音がひびく。
裂けた空に
木皮布(あつし)の帆がひかる。

やっと暮れて
暮れて淡々(あわあわ)
旅のおわりの?島
目の下に黒々。

閉じる闇
久遠(くおん)よ。
開く闇
久遠(くどう)よ。

今は眠れ
明日は出立。
それで どこへ
それで どこまで。

 安森 ソノ子 ヤスモリ ソノコ

①1940(昭和15)8・26②京都③同志社大学法学部政治学科卒④「地球」「柵」「どうえ」「呼吸」⑤『紫蘇を摘む』『地上の時刻』編集工房ノア。

 公演を終えた夕

写真家が楽屋を訪れた
ふるさとの友三人を伴って

五十五年前の面影残る同級生たちと収まる再
 会の写真
白髪の交ったそれぞれの笑顔は
小学校の学舎へと 一挙に飛び
スキーに水泳に興じた日々に溶けてゆく

「僕は喉頭癌を患って 声が出なくなってい
 る 思うように会話もできない
君はやはり 想いを実行して 世に問うて
応援するよ
喋れない僕の分まで これからも仕事をね
書いてきたこの手紙 すぐに読まなくてもよ
 いよ」

部厚い文の行間に 宙の光に呼応する水晶の
 ような存在が
励ましは 現世での限られた時間 遅い歩み
 にも速度を増せ――と

 柳内 やすこ ヤナギウチ ヤスコ

①1957(昭和32)9・7②大阪③大阪大学人間科学部卒④「アリゼ」⑤『輪ゴム宇宙論』『プロミネンス』詩学社、『地上の生活』土曜美術社出版販売。

 冬のひまわり畑

 富良野のホテルを後にして旭川へ向かう。
道路沿いにひまわり畑が目に入った。車を停
め夏の朝の眩しい光を受けて輝く、一面のひ
まわりの前に立つ。背丈一メートルほどの可
愛い小振り。ほぼ一斉に同じ方向を向いてい
る。日廻りというが太陽を追って首を回すの
は開花まで。大輪の花を咲かせた後はずっと
東を向くという。朝の光をいちばん大切に受
けるのだろうか。
 人も大人になったら、選んだ方向を真直ぐ
に向いて立つのだろうか。向きは色々違うけ
れど、それぞれに「見えない手」で示された、
光の方向があるだろう。苦しい時も悲しい時
も、ただ生きるために見上げる光があるだろ
う。
 そして季節は変わり 今は冬枯れの富良野
にも、きっとひまわり畑があるだろう。あの
一途に鮮やかな黄色の花々。強く美しい生の
輝きは失われても、冬の淡い光の中に、わら
わらと優しく浮かぶ幻のひまわり畑を、私は
見ている。

 柳田 光紀 ヤナギダ ミツノリ

①1934(昭和9)3・16②東京③早稲田大学文学部国文学科卒専攻科修了④「日本未来派」⑤『海と貝殻の唄』花神社、『壺の言葉』『詩の真実を求めて――詩美の原質を探る』土曜美術社出版販売。

 花と小鳥たちのうた

この荒野の闇の中で
傷ついた魂に
野に咲く花たちは ほほ笑み
やさしく ささやいている

この荒野の風の中で
傷ついた魂だけが
やさしい花のささやきを
聞くことができる

この荒野の落日の中で
明日へ向かう傷ついた魂のために
野に輝く花たちは ほのかに香り
祈りのうたを歌っている

明るく透き通る花野の 光の中で
愛しい小鳥たちも 軽やかに舞いながら
調べを合わせ 声高らかに
傷ついた魂たちの
命のうたを歌っている

 柳原 省三 ヤナギハラ ショウゾウ

柳原 省三 ヤナギハラ ショウゾウ
①1949(昭和24)6・27②愛媛③新居浜工業高専中退④「地球」「柵」⑤『群青の円盤』近代文芸社、『海賊海域』『船内時間』土曜美術社出版販売。

 夜光虫の航跡

夜の熱帯を航海すると
航跡がどこまでも続いてくる
巨大なスクリューで掻き回されて
夜光虫が怒っているのだ

海で死んだ者の魂が
光っているのだと教えられた
幼い頃の
夏の浜辺の恐怖の記憶――

外航船員となった時には
その妖しい美しさに魅せられ
ぼくは就寝前に一人
よく船尾に立ったものだ

長い海上生活に
いつしか忘れていたその時間が
定年間際にまた甦った
海の好きだった二男が死ぬと
職業人生を振り返りながら
夜光虫の航跡を見ていたくなる

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