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会員のアンソロジー

会員のアンソロジー21・藤元 温子氏~

資料・現代の詩2010

 藤元 温子 フジモト アツコ

①1932(昭和7)8・11②山口④「らくだ」⑤『毬とタンポポ』らくだ詩社、『海抜零米』手帖舎、『いただきます』『あさき夢の』本多企画。

 クリオネ

殻を持たない貝が
シャボン玉色にひかりながら
泳いでいます
甲斐なく死んだ戦士の恋心
思いきり想いを開いて透きとおり
殻は羽衣となりました

「今年もクリオネは元気でいますか」
陸奥記念館に寄り添う なぎさ水族館に
春になると電話をかけるのです
 老いた女は 電話をかけるのです

 藤本 真理子 フジモト マリコ

①1947(昭和22)7・15②秋田③金城学院大学大学院文学研究科英文学卒④「ガニメデ」⑤『イリスの神話』私家版、『スプレィ・マム』『觸れなば』銅林社。

 春の籠

土牛蒡を背負って 十七歳
あなたはアスファルトの道の()を歩いている
もうそれ以上は行けない(キワ)
瑞垣(みずがき)に添う点線になってゆく

(足跡と花びらの)息の途切れを
辿ってゆく
(あめ)(つち)の別れを縫うように
水は流れ 流れないものの肩をなだめて

縫い目の綻びた 祠
そこにはいつも冷たい風が渦巻いている
「何が巻かれているの?」
とおいあなたの声が蝸牛管で渦巻いている
たとえcore less(コアレス)core less(空虚)であっても
           巻き付いて
           巻き込んで
           巻き上げてゆく
そして加美は痩せ細る

 藤原 有紀 フジワラ ユキ

①1942(昭和17)1・28②北海道③国学院大学卒④「りんごの木」⑤『風景』『三宅島』『鏡に向かって』宝文館出版。

 魚となって

テトラポッドの両側から流れ込む潮に
浅瀬の底の砂鉄が波紋の形を変える
旧盆を終えたばかりの
奥尻島東風(やませ)(どまり)海水浴場
氷を浮かべたような冷たい小波に体を沈め
ゆっくりと 蹴伸びをする
魚ってこんな気分かしら?

わたしの腹の下には
三センチにも満たない魚の群れが
波打ち際を目指し 押し返され
砂浜を目指して 押し返され
わたしのバタ足にも乱れることなく
ひとかたまりとなってゆれうごいていた
それは
十五年前の七月十二日午後十時十七分
突然の来訪者に
沖遠く引きずり出された霊たちが
ふるさとへかえろうと
魚となって
もがき漂う姿かと思われた。

 舟木 邦子 フナキ クニコ

①1937(昭和12)9・2②神戸③東邦大学薬学部卒④「燦」⑤『一枚の葉』野火叢書、『風力』ポプラ社、『魂祭り』花神社。

 今も

今も洞窟のどこかに
ころがっているだろう
髑髏(シャレコウベ)の
とりわけ深い二つの穴
眼窩しっかり()いているか

訪れる人もない断崖の洞窟
滴る水の中で 磯虫が這いまわっている
地上から消えることのない戦い
兵士やミサイルを積んで
戦艦が島の港を出て行く

チグリス川 ユーフラテス川の
古代の夢が吹き飛ぶ
破壊された瓦礫の街と
人々の眉間にうかぶ絶望
そして いつか掘り返される屍

眼窩 今も
しっかり開いているか

 船越 素子 フナコシ モトコ

①1950(昭和25)9・12②青森③東京女子大学文理学部社会学科卒④「飾画」⑤『セルロイドの記憶』土曜美術社出版販売、『R・ブローティガンのいる風景』斜塔出版。

 夜のちいさな部屋

わたしのなかで詩が音をたてている
古い布きれを引き裂いたように
体が悲鳴をあげそうな夜
わたしのなかで詩が音をたてる
濡れ雑布を きゅっと絞り板の間を拭くのだ
それでもわたしのなかで詩が音をたてている
耳鳴りかと訝しんだが それは詩だった
汚れた雑布をバケツのなかでもう一度洗う
どうして こんな真夜中に
拭き掃除なんかするのか
理屈に合わぬことをするのが女なんだ
呆けたことをいう男たちにウンザリし
わたしは わたしのなかの音に耳を澄ます
存在が溶解しそうな その深部のむこうに
ちいさな部屋があるのだ
ときおり わたしはその部屋へ降りていく
じっと蹲り 耳をそばだてる
かすかに かすかに ノックの音
その 夜の ちいさな部屋で
ようやっと わたしを支えている
詩の音がふるえているのだ

 舟山 逸子 フナヤマ イツコ

①1945(昭和20)7・1②京城③京都府立大学文学科卒④「季」⑤『春の落葉』『夏草拾遺』花神社。

 私は 子供だった

父を亡くしたとき 私は
十五歳だった
半分だけ 子供の心を失った
長い歳月が過ぎ
母が逝くと 私はもう
誰の子供でもなくなった
子供ではなくなって 裸身で
宇宙に 投げ捨てられたように
淋しかった

暑い終戦の夏
あなたが生まれたときのことを
思い出す

遠い親戚のひとから
一枚のはがきが届いた日
私は はじめて
泣いた

 文梨 政幸 フミナシ マサユキ

①1934(昭和9)8・25②北海道③下川高校卒④「青芽」⑤『郊外』北海詩人社、『宿題』緑鯨社。

 港にて

そこは 船が安全に停泊出来る処だった
しかし その為に船は そこから
あらたな航海を強いられていた

だから港は いつも遠い旅の果てへ
地図を開いて 魂の根拠を
説こうと しているのだった

そこでは誰もが 心の錨を下ろして
荒ぶる魂を鎮めた
ここでは 愛も憎しみも同じものであった

あまりにも遠い歴史の争いを見てしまった
大圏を滑って 漂着しながら
航海日誌の終章を促すものがあった

すでに 港の意味は失っていた
幻の港を めざす魂の難破船が
生の根拠を求めて 氾濫している

 古家 晶 フルヤ アキ

①1930(昭和5)2・28②京都③烏丸女子商業卒④「RAVINE」⑤『魚文』文童社、『花電車』編集工房ノア。

 セルロイドの裁縫箱

裁縫箱が定位置にならんでいる
半透明のピンクのセルロイド
女生徒の机の上に
馴れない手付の運針で
三十人ほどがしんけんにとりくんでいる

運針用の布地(キレ)は晒木綿ではなくて
スフ混りの よくすべる布になっていた
教室にかるい緊張と優しい刻が流れている
セルロイドが ひかっていて

裁縫箱がみんなに手渡されたとき
指貫き 糸巻 へら 赤い針山 木綿縫針
待針 くけ針 りりあん巻きのにぎりばさみ
先生の言葉通りに 確認する
みんなと同じものが揃っているか
何度もあけたり しめたり嬉しくて
だまっていても思わずもれる笑み

あの頃のように無性にうれしいということ
何処へ行ってしまったのだろう

 古谷 鏡子 フルヤ キョウコ

①1931(昭和6)2・13②東京③東京女子大学日本文学科卒④「言葉」「そして、」「六分儀」⑤『声、青く青く』『眠らない鳥』花神社、評論集『詩と小説のコスモロジィ』創樹社。

 風が吹いた

風が吹いていた
風はみえないんだよと
ある日子どもは見えないものを見てしまう
おおきな木のまわりをぐるぐるまわって
風がどこへ行ったか

空に魚を泳がせたり
たましいを海のむこうに運んでいったり
お洒落な紳士の髭をさかなでし帽子を飛ばし
屋根瓦を舞いあげ舟を陸に押しあげたことを
おおきな木にむらがっている葉っぱたちなら
聞いていたかもしれない

ざわざわざわざわ風の言葉が空をかきまわし
ざわざわざわ子どもの胸のなかが揺れている
見えないものがこの世に存在し
見えないものがゆっくり世界を動かしている

 古屋 久昭 フルヤ ヒサアキ

①1943(昭和18)11・15②山梨③甲府工業高校卒⑤『落日採集』『人名詩集「あ・い・うさん」』美和草舎。

 メダル

北京の夜空に
五輪の炎が消えていく

人々は たたえた 記録を
ほこった メダルの数を
金 銀 銅
米国 百十個
中国 百個
日本 二十五個

それでも
耳にきこえてくるのは
遠い小さな国のおおきな歓声
目にうかんでくるのは
見知らぬ国の見知らぬ人々のよろこびの顔

ひとつという 尊厳
ひとつという 美しさ
モルドバ一個(銅)
モーリシャス一個(銅)
トーゴ一個(銅)

 文屋 順 ブンヤ ジュン

①1953(昭和28)10・1②宮城③高崎経済大学卒④「舟」「孔雀船」⑤『八十八夜』書肆青樹社、『祥雲』思潮社。

 夢想

ぼくはいつも
ガラスの尖った欠けらで
指を傷つけ
真赤な血が流れる夢に
なぜか捉えられている
ジュースを容れたコップが
もし破壊したなら
ぼくはその鋭さに
いとも簡単に負けてしまうだろう
ぼくの指は乾いている
その乾きは冬の間につくられた
ぼくの指は丸い
まるい指の不器用さ
それでも
爪先立ちのぼくの中に
確かに赤い血が流れている
赤い血の夢想は
ぼくの貧しい生活に
何の役にも立たないでいる

 別所 真紀子 ベッショ マキコ

①1934(昭和9)3・1②島根③日本社会事業学校卒④「解纜」⑤『しなやかな日常』麦書房、『アケボノ象は雪を見たか』皆美社、『ねむりのかたち』花神社。

 春あかつき ――― 句と詩と

春あかつきうすうす紅の耳拾ふ
   二月が光る硝子のやうにめざめる
 はがねの夜に 撤き散らされた
 わたしの部分を組み立て直して
 白地図の北回帰線を青く塗る日だ
 砂と鉄の寝台のしたで
 ふるへてゐる 草の心音

芹摘みの母やそれより行方知れず
 月のおぼろな夜には
 彼の世の者たちが語りはじめる
 昔をとこが 昔をんなと
 一夜契つて 征くいくさ
 離魂の兵士は 水の底
 ほら 虹いろの鱗が

 帆足みゆき ホアシ ミユキ

①1921(大正10)11・2②福岡③佐賀大学特設美術部卒④「光芒」「花筏」⑤『冬の筐』草原舎。

 見殻抄

九十九里浜で拾った小さな二枚貝
両蓋はきっちり合掌していたが
手にしたらすぐ割れてしまった
  滑らかな軟質物を
いつどこで失ったか探す術もないが
日本海域 オホーック 印度洋 地中海の
砂が零れ(にお)いが散り
貝の旅の沓さに涙してしまう
それにしても小さな内壁の美しいこと
乾いているのに虹を含み歴史を秘め
果ててなおこの無辺際
  私は今何を聞こう
はるばる刻が運んできた膨大なものへ
小さな応え等ある筈もない
  九十九里浜は百千の海へつながる
私も百千の哀惜の歌を
この小さな貝殻に封じこめて放り
海鳴りの果てへ還してやる

 北条 敦子 ホウジョウ アツコ

①1933(昭和8)3・24②大阪③姫路西高校卒④「風」「岩礁」⑤『火花』花書房、『炎炎と真昼』国文社、『語り口と石』『ゆらぐ』土曜美術社出版販売。

 夏の朝

白いむくげの花 窓辺すれすれに咲いている
朝ごはんを食べている男と女を覗き込むかた
 ちで
見て見てきれいねえ むくげの花
こっち向いて咲いてるわよ
女はうきうきして男にはなしかけた
それなのに男は うん ただそれだけ
女はいらいらをおさえ込んで つぶやいた
朝からむしむしするわねえ男は返事をしない
黙々と箸を動かしているやがてお茶お茶お茶
あらっ むくげの花は おっかなびっくり
女はそんな男の態度が花に対して
恥ずかしいやら申し訳ないやら……
ごめんなさいね このひといつもこんな調子
なのせっかくきれいに咲いてくれたのにねえ
女は思わず花にあやまっている

折からせみが鳴き出した
むかしの男はそんなもんサ
気にしない 気にしない……
盛んにエールを送ってくる

 星 雅彦 ホシ マサヒコ

①1932(昭和7)1・5②沖縄④「地球」⑤『誘発の時代』石文館、『パナリ幻想』土曜美術社出版販売。

 骨の語らい

南島の五月雨のなかに
デイゴの花が真っ赤に咲き乱れ
大腿骨が幾つも並び
安楽椅子にすわっている

心に宿る精霊たち
死にマブイはいつも
生きマブイに語りかける
沈黙の風にそよぐ真実(まこと)の言葉で

一途な母たちよ
生きてまさぐる骨たちの
深い情愛は受け継がれ
豊かな血の造形となる

ああ白日にさらけ出された骨たちよ
その孤独な魂の言葉で
今日も明日も 永遠に
耳の底で 囁き続けるだろう
              注・マブイ=霊魂のこと

 星野 元一 ホシノ ゲンイチ

①1937(昭和12)・2・21②新潟③十日町高校卒④「かぎゅう」⑤『君が帰って来る日のために』沖積舎、『日曜日のピノキオ』武蔵野書房、『ゴンベとカラス氏』『モノたちの青春』夢人館。

 星たち

星は切手
ぺらーっとなめて
貼りつける切手
元気かー といって
貼りつく切手
   あいつは漆にかぶれてジャガイモになった
 あいつは女の子の裾にとまって?になった
 あいつはネコジャラシを見て猫になった
 あいつはへへののもへじを書いて
 答案用紙になった
 あいつは………
 こらー なにしているかーっ
 みんなカラスにされて
 戦後の街へ飛んでいったが
  星は切手
今はここだといって
村がないぞー といって
こぐま座あたりに
貼りついている切手

 星野 徹 ホシノ トオル

①1925(大正14)8・25②茨城③茨城大学英文科卒④「白亜紀」⑤『原石探し』沖積舎、『楽器または』『祭その他』『フランス南西部ラスコー村から』現代詩文庫『星野徹詩集』『詩とは何か』思潮社、『詩的方位』国文社。

 フランス南西部ラスコー村から反歌

 

北緯七十度に位置する最北端のフィヨルドだ
が そこの鬱然たる洞窟の岩石絵画は 直ち
に現代のヴァイキング美術の原型であった 
そこに現れる狩猟のさまざまは 彼らがトナ
カイを呼び へらじかを呼び 鯨を呼んだこ
とと 等価的な関係にあっただろう それは
友を呼び息子を呼び 妻となるべきひとを呼
び 神を呼ぶこととすら等価的であっただろ
う 何となれば狩猟は獲物を殺すことではな
くて 獲物と一体になるために 獲物を呼び
寄せること 白夜の空に向かって 彼らはめ
いめいが一体になりたいものの名を 懸命に
必死の思いで呼ぶのだ それはかつてスカ
ンディナヴィア半島の西側の断崖絶壁の危う
い縁に 辛うじて取り付きながら 神の超絶
的な愛におのれの命を預かっていただく形で
 素朴な生活に入ってからこの方 彼らの不
変不惑の欲求であり むしろ際限なくその谺
が反復されることを ひたすら乞い願う 一
種の祈りのごときものであったから ではな
かろうか

 細野 幸子 ホソノ サチコ

①1942(昭和17)9・16②東京③秋田北高校卒④「北国帯」⑤『ガラスの椅子』北国帯、『三角公園で』『あの日の風に吹かれて』あぜん書房。

 誕生

ルネッサンスの画家は
少女をモデルに少年を描いたという

絵筆のさきで
たくみに結合されたふたつの異なる性

ほのかなエロスの匂う
未成熟な
その 肩胛骨(かいがらぼね)の上に 画家は
カンバスを
おおきくはみ出すほどの かろやかな
白い つぼさを
花束のように添える

タブローの仕上げをまえに
「美」を孕み
いましも 天空たかく立ち昇ろうと
優美に身がまえている
ひともとの ポエジイのために

 細野 豊 ホソノ ユタカ

①1936(昭和11)2・13②神奈川③東京外国語大学スペイン語科卒④「日本未来派」⑤『花狩人』土曜美術社出版販売、『薄笑いの仮面』書肆青樹社、『現代メキシコ詩集』『ロルカと二七年世代の詩人たち』土曜美術社出版販売。

 友よ 終りのときに

崩壊が始まっている
はるか眼下の水平線を傾けて
まっ赤な太陽が沈んだ
海が乾いていく

山頂の小さな俺に
乾きつつ迫ってくる海
足が滑り
俺は宇宙へ落ちていく

砂浜一面に白骨が散らばり
干上った海底に月が映える
冷たく光る地球の周りを
昆虫たちが巡りはじめる

闇の中で多くの光る目が瞬き
見えない彼方から風が来る
友よ 目を上げて
終りのときに立ち合おう

 細見 和之 ホソミ カズユキ

①1962(昭和37)2・27②兵庫③大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程④「紙子」「イリプス」⑤『言葉と記憶』思潮社、『ホッチキス』書肆山田。

 他者

カントを読んでいると
三歳になった娘がやって来て
「あそぼう」と言う

パパはお仕事――
と答えて本に目をもどすと
「どうして?」と問う

いっそ泣いてくれればいいのだが
(あるいは泣かせてしまえばいいのだろうか)
怒りも不信もなにもないそのまなざし

 細谷 節子 ホソヤ セツコ

①1936(昭和11)3・25②福島③若松女子高校卒④「山毛得」「詩脈」⑤『たった一つの細胞であれば』『風になり鳥になり』花神社。

 新雪

一呼吸ごとに
新しい空気を摂り入れるように
心のなか深くまで
新鮮なものを届けよう

睡っていても 目覚めていても
呼吸するように
世の中の美しいものを ほんの少しでも
掌のひらに載らないほどのちいさなものでも
陽の光のように感じることが出来れば
私の呼吸はいい呼吸なのだ

目覚めた朝の 目映いばかりの新雪
真白な山脈
銀色に輝く稜線
寒空に飛ぶ鳥の眩しさを
呼吸のなかに入れて
凍てついた早朝の日が昇りはじめる

 堀 雅子 ホリ マサコ

①1941(昭和16)1・6②上海③松原高校普通課程(定時制)卒④「詩行動」⑤『何もかもそとから』銀河書房、『いのちのはた織り人』『いのちの輪ロ ン舞ド』海風社、『鬼野面』『花の魔女たち』白地社。

 誕生

私は見た
あなたが星を発つのを――

私は見た
満ちる瞬間 天意が魂を授けるのを――

私は見た
あなたが地球に向って来るのを――
岳大を父親に 木綿子を母親に
この二人に向って運命が始まる――

私は見た
母なる木綿子が全身の力で迎えにいくのを
 あなたが母に抱かれるために走ってくるの
 を――
二人と親子になる 地球におりてくる
一心の「家族」が生れるのを――

宇宙が こんなに確かに生きているのを
私は見た――

 堀 昌義 ホリ マサヨシ

①1928(昭和3)1・14②愛知④「?竹」「象」⑤『行方』暦象社、『残りの夜』不動工房、『点と夕景』詩学社、『次のバスが来るまで』? 竹社、『小動物編』『コップの時代』樹海社。

 波打ち際

聞き覚えのある
つぶやきや ざわめきを泡立て
彼方から波が打ち寄せてくる
波打ち際を歩くと
岬の先端のマッチ棒の鳥居が
少しずつずれて崖陰に隠れ
歩むにつれ やがてまた見えてくる
歩いてきた道のりを
繰り返す波打ち際の風景
生きることも
滅びることも
未決のまま繰り返し彷徨っている
波が 脚もとの砂をさらい
ツチフマズをこそばゆくするころ
潮間帯の漂流から
打ち揚げられたアナアオサが
岩礁にへばりついている

 堀内 幸枝 ホリウチ サチエ

①1920(大正9)9・6②山梨③大妻女専卒④「葡萄」⑤『村のアルバム』的場書房、『紫の時間』『不思議な時計』ユリイカ、『夕焼けが落ちてこようと』昭森社、『村のたんぽぽ』三茶書房、『夢の人に』無限社、『九月の日差し』思潮社。

 アマリリス

母さん
私と手をつないで行った彼処(あそこ)はどこ
あの沼のほとりは
幼かった日の記憶はうすぼんやりだけど
あの日の男の人はだれ
赤いアマリリスをくれた人は
子供の日を思い出しても
母はその日 たしかにアマリリスの花を
手にしていた

〈限りなく愛してほしい〉の花言葉

あれほど子供達を深く愛していた母の謎が
今も胸ふたぐ
私の眼の裏に残る血より濃い アマリリス
今も謎 今さら謎 幼き日は謎
アマリリス
生涯で一番美しかった母を見たあの日
なんであんなに美しかったか あの日
謎 アマリリス

 堀内 統義 ホリウチ ツネヨシ

①1947(昭和22)1・10②愛媛③早稲田大学教育学部卒④「漣」「野獣」「孔雀船」⑤『罠』昭森社、『海』創樹社、『夜の舟』『楠樹譚』『耳のタラップ』創風社出版、『日の雨』ミッドナイト・プレス、『峡のまれびと』邑書林。

 精霊

空の青さ 深さを
たばねるように
洗濯ものを
取り入れている姉

青桐の葉蔭
虫取り網の影を
垂らしながら
息を潜めている弟も
ぼくには気づかない
さきの世の ふたりは

潮をふくんだ風が
港町のはずれ
砂地の家の小さな闇を
吹きぬけている

簾のむこう
キラキラ散る 波光
湧き上がる雲に やがては
ぼくも呑まれるだろう

 堀内 みちこ ホリウチ ミチコ

①1941(昭和16)3・29②京都③上智大学文学部国文学科卒④「炎樹」「空想カフェ」⑤『花びらを?む』思潮社、『海辺のカフェで待ってて』フォト・シンボリー、『小島さえ止まりに来ない』思潮社。

 マミーが紅茶をのんでいる

家事が一段落して
マミーが紅茶をのんでいる

洗濯 掃除 アイロンがけ
窓ガラスを磨いたり
とても とても 忙しいマミーが
ゆったり紅茶をのんでいる

もう なにも出来なくなったマミーは
「情けない こんな身体になってしまって」
なげくな マミー
あなたは じゅうぶん働きました

そうよ マミー
あなたは 働きすぎました
心臓が悪くなるまで

ゆっくり休んでくださいませ
マミー 紅茶をもういっぱい いかが?

 堀江 泰壽 ホリエ タイジュ

①1942(昭和17)3・20②栃木③足利工業高校卒④「東国」「日本未来派」⑤『今日という日』『木になる気』『ふりかえった窓』紙鳶社。

 いまの今

へいぼんすぎる生活
心のなかに育っている渦
悲しいのは報道の記事ではなく
一歩 そう一歩ふみとどまる
それがどうしてできなかったか

見つめあい だきしめ合う心
動きに追いつけない人間
豊かさ 快適さを求め
背のびしたすきまに繁殖する魔
言い訳がただ一つの自衛策
つのりつのる己の貧弱さに
独りかくれんぼすれば角は大きくなるばかり

心をみがけず表面をみがく人間が
空の山の美しさ そして街を
あなたのとなりを闊歩する

温ったけえうるおい
真剣にぶつかりあうふれあい
どこいっちゃったんだべえ

 堀川 豐平 ホリカワ トヨヘイ

①1930(昭和5)5・25②徳島③徳島第二高校卒④「詩脈」⑤『ふるさと春夏秋冬』集団電気写真、『流刑地光景』近代文芸社、『失語』詩世界社。

 石川真五郎さんの風景

びっくりした
踊っている新緑やかい見たことない
とおく河岸の木々のゆらぎ
走る 初夏の雲
まるで ゴッホ

もう一度 会場みなおしたら
もみじの山なみ 火照る夕焼けの連作
ただの紅一色でないンでよ 色のおしゃべり
どれも これも 楽しい絵
苦労したけんど 風景の底の桃源境みっけた

ふつうはナ 戦後の荒れた阿波を
ほないにゆたかに見なんだでョ
どん底で ビリで 何じゃないというとった
真五郎はんの眼のプリズムは
阿波の真景とらえとった 誰も知らなンだ

作務衣の小さな真五郎はんが 色紙に宝珠
貴いンでよ 悟とったんやなァ

 堀場 清子 ホリバ キヨコ

①1930(昭和5)10・19②広島③早稲田大学国文専修④「いのちの籠」⑤『じじい百態』国文社、『首里』『延年』いしゅたる社。

 愚民

自民に投票したけれど
六歳の孫が成長して 戦争に行くかと心配で

それは さぞかし心配でしょう
あなたが自民に入れたから
憲法第九条は変わるでしょう
徴兵制が施かれるでしょう
あなたの孫も やがて戦争に行くでしょう
血と泥にまみれて死ぬでしょう

あなたが自民に入れたから
あなたが殺すも同じこと

あなたが自民に入れたから
庶民の暮らしはお先まっくら

誰も彼も
ハメルーンの笛吹き男に従(つ)いていった
二〇〇五年の総選挙
われも われも と自民に入れて
大切なものを投げ棄てたから

 本郷 武夫 ホンゴウ タケオ

①1945(昭和20)9・1②栃木③大学中退④「烈風圏」「東国」「青い花」⑤『答える者』国文社、『藤岡町大字』土曜美術社出版販売、『ユリの樹の下で』書肆青樹社、『夜は庭が静かだね 一行読めればいい』港の人。

 宴会を終えて

したたかな中国の仲介者との宴会を終えて
夜露に濡れた露台から 全員で
眠りに就き始めた 首都の夜を見た
闇に埋まった屋根と胡同の薄明かり

北の京の スポットライトに浮かんだ古塔
真っ白い影が階段を上る 其の時ぼくは一人
乾杯と心の聖杯を掲げ世界の闇を飲み込んだ
同伴者たちの只一人もこのぼくに気付かず

一月の冷気が外も内も等しくした時
全員は間もなく二手に別れ
ぼくをホテルに 彼らは自らの館へ
闇の中へ車を走らせるのだ

明日の朝ロビーでと言い 笑みの頭を下げ
ぼくの乗り込む車は見送られた
大きな街路樹の陰 近くに権力者たちの館
がある という別れ際の言葉を投げて

 本田 和也 ホンダ カズヤ

①1933(昭和8)1・3②神奈川③早稲田大学大学院文学研究科修士④「光芒」「ウィル」⑤『祖』土曜美術社出版販売、『烏爪の家』草原舍。

 少年と鳶

あっ 鳶 明るい崖を飛んでいるとき
少年は私を見つけて声を上げた
草むらの上で大の字になって
空遥かを追っていたに違いない

飛車角落しの将棋ながら親に挑み
ソフトに夢中になり 本に読み耽るなど
もう一人の私かと思う むさ苦しさ顕に
花畑カールのさきの稜線に立とうとする

いまは 風に重たさをうまく乗せ
羽軸を煽ってゆっくり回る術は覚えたが
全体は茶色 あの眼が探し出した私の
白い班模様の羽はどう映ったことか

怒りや不安 欲望が心いっぱい噴きでたら
それは跳躍台 自分の大切な絵の具
やがて暁に飛ぶとなれば さらに
いのちの風切羽や君の翼で世界を描くがいい

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