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研究会の紹介

各地のイベントから(2014.6受)

各地のイベントから(2014.6受)

2014横浜詩人会セミナー 現代詩と落語の意外な関係

 ──八木忠栄氏が講演
 横浜詩人会の「2014現代詩セミナー」は5月 日(土)午後2時より、寄席のある〈横浜にぎわい座〉地下の野毛シャーレで開催された。講師は日本現代詩人会前会長の八木忠栄氏。演題は「現代詩と落語」。まさにうってつけの場所と言えよう。
 八木氏は〈落語と私の接点〉〈落語の現状〉〈現代詩と落語の比較〉など、要点を分かりやすくまとめて話され、なんで現代詩と落語が関係あるの?という私たちの素朴な疑問を解消してくださった。
 なかでも〈現代詩と落語の比較〉は納得させられ、考えさせられた。類似点として飛躍や省略があること、落語にもシュールな作品があることなどは理解できたが、相違点には目から鱗を落とされる思いがあった。
 詩と落語の決定的な違いは、人間が主題であるかどうかであると述べられた。詩はもちろん人間が主題になる作品が多いが、なかには花だけを描いた作品、風景だけを描いた作品があったりして、人間だけが主題とは言い難い。それに対して落語は、人間のみが主題であるそうだ。たしかに花や風景だけを演じる落語って、聞いたことないですね。
 そこから発展させたと思ってもよい、次の言葉は考えさせられた。「落語を聞くと人間を好きになるけど、詩を読むと人間が嫌いになるんじゃないか」
 充実した時間を過ごさせてもらいました。(村山精二)

 

第18回石川詩人会総会記念講演 表現者と「創(きず)」

 
中村純さんが講演
 私たちの核の不安は、人類最善の対処レベルを超えてしまったことにある。子供の未来に健やかな命や安全な環境を手渡したい。表現者として進むべき道を問いなおすため、この問題に取り組んでいる若手詩人中村純さんに、3月15日の第18回石川詩人会総会で「社会と私性の間で」の演題で講演をお願いした。
 中村さんは大震災と原発事故をきっかけに、幼い子供の手を引いて東京から京都へ移住し、多くの命と子供たちを被曝させてしまった責任を自らを通して問い続ける。
 さて、日本現代詩人会の後援をいただいたこの日、能登半島の先端にある珠洲はかって、激しい反対運動を展開し原発を日本で唯一阻止した所、彼らは暮らしの何を信頼し、確信して守り抜いたのかという疑問からスタートした。内容を一部紹介しよう。
 今回のテーマはまさに詩人の感性を通して、どう生きるかを問うことである。十三年前「戸籍の空欄」という詩を書き、在日コリアンであった祖父、その娘であった母の痛みと葛藤を通して、社会の中で表現していくという形で出発した。マイノリティ(少数者)ディアスポラ(故郷喪失者)という在日コリアンの歴史。福島第一原発事故後の世界で、棄民された民としての「フクシマ」と東北の人々は同じ地平を彷徨っている。差別の暴力を超えるのは水平な眼差しで、すべてのいのちはかけがえのないということである。今日は交流のある北陸へ避難や移住されている方々も聴講下さっている。自死や避難先での関連死も大きな問題で、今はもう一つの戦時中にある。
 また詩人の森崎和江さんの仕事を例に、加害と被害の主題に触れ、被害者であることも加害者であることも、自らに引きうけるには勇気や深い思考が必要、真実はよくよく調べないと見えてこない。水平なまなざしを獲得し、対話を可能にして、互いの痛みが創 (きず )として見えてきたときに、次の創造が共にはじまると結んだ。
 なおこの日の石川詩人会の総会では、一・アンソロジー「いしかわ詩人 九集」の発行と合評会。二・第二回かなざわ現代詩コンクールの実施と表彰式&朗読会。三・第十五回詩の研究会。四・会報「いしかわ詩人」の発行─などの事業計画が決定したことを付記したい。        (砂川公子記)

 

埼玉詩祭2014 「詩の時間・詩の空間」 

清水茂氏が講演
 埼玉詩人会主催、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、埼玉文芸家集団後援による「埼玉詩祭2014」が5月日、埼玉県桶川市のさいたま文学館ホールにて開かれた。
 第Ⅰ部の第 回埼玉詩人賞の贈呈式では、北岡淳子選考委員長から埼玉詩人賞の選考経過と受賞詩集が篠崎道子さんの『窓をめぐりて』に決まった旨の報告がなされた。篠崎さんには賞状と副賞が贈呈された。篠崎さんは受賞への謝辞と『窓を─』ができるまでの経緯をお話しされた。続いて、篠崎さんの詩友である松本建彦さんにより、篠崎さんの詩歴の紹介がなされた。秋田芳子さんにより『窓を─』から二編の詩が朗読された。
 第Ⅱ部では、当会会員でもあり日本詩人クラブ顧問、日本現代詩人会会員で早稲田大学名誉教授の清水茂さんの「詩の時間・詩の空間」と題して講演が行われた。
 そして第 Ⅲ部では、「扉の向こう ─朗読による詩と短編集」が小林登茂子さんと山崎勢津子さんにより演じられ、新実南吉の「おぢいさんのランプ」、さいたま市在住の菊地正泰の「通船堀の男」の朗読、埼玉詩人会の会員が東日本大震災を綴った詩編の数々が朗読披露され、好評のうちに幕を閉じた。(埼玉詩人会会長・高橋次夫)

 

岐阜県詩人会定期総会開く

  
「詩との出会い」山本みち子氏が講演
 好天に恵まれ、爽やかな風のふきわたる5月18 日(日)、岐阜県詩人会第2回定期総会が、岐阜駅構内にある「スクエアー G」のクラフト室で 35名の出席で行われた。
 総会終了後、山本みち子氏が「私の詩作と詩集について」と題して講演を行った。はじめに、自分と詩との出会いを語られ、自立して生きようと模索するなか、生活と詩をつなぐ「野火」を主宰していた高田敏子氏を知ることとなり、詩雑誌「野火」へと参加。そこから詩を書くことがはじまる。
 高田敏子氏、野火の仲間、先輩詩人たちから学んだことは数知れず、今でも自身の詩作をする上での教訓となっている。例えば、「人の心を思いやり、相手の立場に立って考えること」
「物事を固定して考えない、そのものの本質を見ること」など。こうした教えは、創作する上での血や肉となり、これまでの8冊の詩集として実を結んでいる。また、自作資料で、これらの詩集から1篇を取り上げ、作品を朗読しながら、分かりやすく解説。まさにタイトル通り「私の詩作と詩集について」を丁寧に語られ、詩集が作られたいきさつや、作品の背景を十分知ることができた。
 静かに、そして謙虚に語られる語り口。初心者の多い詩人会の誰もが、納得と共感の出来る講話に身を乗り出して聞き入った。質問も沢山あり、会は大変盛りあがった。大変具体的で心に残る講話であった。(事務局・頼 圭二郎)

 

山梨県詩人会満88才の総会 

 「体験と詩作」岡島弘子氏が講演
 2014年5月17日、山梨県詩人会の総会と記念講演を山梨県立文学館で開催した。
 昨年の国民文化祭「現代詩の祭典」などを振り返り、新年度は文学散歩、山梨の詩画展、『山梨の詩2014』の発行など各事業計画・予算を満場一致で可決した。ところで、山梨に最初の詩人会が誕生したのは1926年というから、今年は満八十八歳になる。受け継がれた詩への情熱が滾り続けて今がある。指をおり一年二年と数えると、今この瞬間は確実に未来につながっているとの思いを強くし、私は今、感傷の詩人になっている。
総会に先立ち記念講演を開催し、岡島弘子氏が「体験と詩作」と題して講演した。岡島氏は本会会長の古屋久昭氏と交互で山梨日日新聞の月刊詩壇の選者をしている。一般の聴講者も多数訪れて会場は満席となった。岡島氏は東京から山梨県笛吹市に疎開して十六歳まで過ごし、今でも甲州弁が出てしまうというほど、山梨の山河に思いを寄せている。詩集『ほしくび』から「水の色」「まぶしい」「やってくる人」「みえてくる」「冬晴れ」と朗読し、自己の体験をいかに詩にしていくかについて熱く語り、「トンネルをぬける」で締め括った。悟った先の吹っ切れた境地から見えてくる大きな意志との対峙。私は、岡島氏が「これからは、おばあさんをやめて魔女になる」と、微笑んでおっしゃった場面が印象に残り、その内側に純朴で思慮に富む永遠の少女を見た気がした。(山梨県詩人会理事長・こまつかん)

 

「広島県詩集」出版記念会

 「遠流に生きる詩人」山本衞氏が講演
 ワールドカップサッカー・ブラジル大会初戦、日本代表がコートジボワールに2対1で敗戦。やや重苦しい雰囲気を払拭してくれたのは『DCZサックスカルテット』の軽快な演奏だった。 広島県詩人協会主催による「広島県詩集第 集」出版記念会は、6月 日(日) 時 分から、広島市内のホテルニューヒロデンで開催された。
 長津功三良会長の挨拶、北村均事務局長の詩集出版に至る経過報告の後、詩集参加者による自作詩朗読。続いてアトラクションのサックス演奏となり、「北酒場」等々、馴染みの曲が披露され、会場は華やかな雰囲気に包まれた。
 その余韻にひたりながらのコーヒータイムの後、 時から日本現代詩人会会員の山本衞 (えい )講師(高知県四万十市在住)による講演「遠流 (おんる)に生きる詩人」の運びとなった。 『高知県は、土佐の国といわれ都から非常に遠いゆえに罪人を流すのに都合が良かった。山本家も流人の系譜で、平時の乱にこの地に流された源希義(まれよし)ゆかりの者で都に帰ることが叶わなかった者の末裔であろう』と演題の趣旨の説明から入り、ついに都に縁の無かった詩人「正木聖夫 (すみお )」と山本氏が主宰する同人詩誌「ONL」の同人西森茂を取り上げ、詩を書くことの意味を参加者に問い掛ける。いわゆる山本節とでもいいますか、語り口の軽妙さと、内容の重たさと、大いに笑いながら、深く考えさせられた90 分。参加者は40名
 続いて同ホテルで懇親会がもたれ、満ち足りた時間の内に会は終了した。(北村 均)


 

 

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