◇11・10・18 午後6時30分~ チャリティ企画 東日本大震災 詩劇『鎮魂と復興のうた』(京都府 京都市国際交流会館メインホール)主催 現代京都詩話会
◇1・6 南邦和詩集『帰郷』出版記念会(韓国大邱市 大邱市毎日新聞ニューメディア局)
◇1・7 日本詩人クラブ新年会(東京都目黒区 東京大学駒場Ⅰキャンパス ファカルティハウス・セミナールーム)
◇1・15 午後1時30分~4時30分第89回花話会(栃木県宇都宮市 古河文学館 講座室)講演 神田さよ「私の詩姿」山本十四尾「花の詩」鑑賞
◇1・28 日本国際詩人協会新年会(京都府 京都ホテルレストラン「ア以」)水崎野里子「『世界詩人会議』のこれまでの経緯と今後の見通し」
◇1・31~2・3 タヒチ大統領府招聘事業 ポール・ゴーギャン タヒチ移住120周年記念展・ネオジャポニズムinタヒチ(タヒチパペーテ市庁舎 主催ネオジャポニズム実行委員会 後援フレンチポリネシアタヒチ大統領府・タヒチ文化省・パペーテ市他)若狭麻都佳が詩作品「女神の痣」を出展
◇2・11 日本詩人クラブ2月例会(東京都目黒区 東京大学駒場Ⅰキャンパス ファカルティハウス・セミナールーム)講演 郷原宏「嵯峨信之の詩と思い出」小講演 池田康「詩と音楽」
◇3・3 午後1時~ 第2回シンポジウム「詩型の融合」(東京都新宿区 日本出版クラブ会館 鳳凰)主催 詩歌梁山泊~三詩型交流企画 1部基調講演 藤井貞和 2部パネルディスカッション「詩型の融合~かたちはどこにあるのか」藤井貞和 対馬康子 筑紫磐井 笹公人 江田浩司 司会 森川雅美
◇3・5 午後7時~8時 浜江順子朗読会VOL7 (東京都千代田区 NPO法人東京自由大学)(天童大人プロデュ―ス 第729回)
◇3・10 日本詩人クラブ3月例会(東京都目黒区 東京大学駒場Ⅰキャンパス ファカルティハウス・セミナールーム)講演 佐藤光「ウィリアム・ブレイクと柳宗悦」小講演 渡辺めぐみ「詩に求めるもの」朗読 稲垣真美 山佐木進
◇4・14 午後2時~4時45分 日本詩人クラブ三賞贈呈式(東京都目黒区東大駒場キャンパス21KOMCEEセミナーホール)
◇4・15 午後1時30分~4時30分埼玉詩祭(埼玉県桶川市 さいたま文学館)第18回埼玉詩人賞贈呈式 受賞者秋山公哉 講演「詩のことばは生きる力―ことばの移動教室の活動から―」特別講師 清岳こう トイピアノ演奏
1月29日(日)、茨城県土浦市の県南生涯学習センターで、茨城県詩人協会の第7回研究会が、会員多数の参加を得て開催されました。今回は初めて県外から長嶋南子さんを講師に招聘。「ふるさとを書く~それって本当にあったこと? うそでしょ。」と題する講演が行われました。
その中で長嶋さんは、ふるさとを題材としてなぜ詩を書いているのか、詩とは何か、どんなことに気をつけているか等について、具体的に自作を通して紹介。出席者からも大変好評でした。
また、福田恒昭、川澄敬子、草間真一の3氏による詩の朗読と、作品が生まれるまでのことについてのスピーチも行われました。
(詳しくは会報126号の同協会企画委員会・高山利三郎氏のレポートをご参照ください)
岩手県詩人クラブ主催「2011 詩の講演と詩を楽しむ会」が11月19日、北畑光男氏を北上市の日本現代詩歌文学館に招いて開催されました。
岩手の生んだ詩人といえば、明治時代に活躍した石川啄木、大正から昭和10年に活躍した宮沢賢治がいます。北畑氏は二人以外に忘れてならない詩人として、大正の人道主義や民衆派詩人として活躍した富田砕花、立原道造と盛岡で交遊を交わした加藤健、結核との闘病生活の中で詩作し続け、詩集『動物哀歌』を刊行した村上昭夫を紹介。
さらに岩泉昭夫、中村俊介、現代詩人賞創設に浄財を投じた沢野起美子や、森荘巳池、及川均、荒川法勝、吉田慶治、香川弘夫、内川吉男などの詩業について語り、聴衆に感動を与えました。
(詳しくは会報126号掲載の岩手県詩人クラブ会長・八重樫哲氏のレポートをご参照ください)
2011年10月10日午後1時30分より、三重県総合文化センターにおいて第17回みえ県民文化祭現代詩大会が開催されました。
講演の講師は細見和之氏。大学で社会の広さを知り、同人誌活動で詩を書くことが文学の始まりだったこと、ヘーゲルを通して模倣できない言葉のあることを知り、自分の詩となる言葉を探し始めたことから話を始められました。アドルノの「アウシュビッツのあとで詩を書くのは危険である」という表現に衝撃を覚えたこと、さらに「ドナ・ドナ」に出てくる子牛こそユダヤ人であり、ジョーン・バエズの有名な「ドナ・ドナ」も、ベトナムという戦場へ、牛のように送られてゆく若者たちを歌った反戦歌なのだと語りました。
最後に二人の師の「語りえぬこと」として、金時鐘さんのお父さんが歌っていた「クレメンタインの歌」を朗読。その詩の中にある「母を探す」は、3・1反乱に加わり迫害された、親子三代の哀しみが込められた言葉だったこと。一攫千金を夢みて山に暮らすという視線で語られる原曲と対比しながら、実は、植民地支配により失われた「母国、母語を探すという哀しみ」であったことが紹介されました。
さらに、徳永恂さんの「のっぺりとした白い地面が自分の記憶から離れない」という爆心地長崎を見た時の語り得ない日本語。その深部に、理解できない日本語があることも指摘し、人々に伝えてゆくことの大切さを熱っぽく語られました。
(詳しくは会報126号掲載の三重県詩人クラブ事務局・村井一朗氏のレポートをご参照ください)
講演する細見和之氏