研究活動・親睦

東・西日本ゼミ、新年会

●東日本ゼミナール・新年会開催2017

●東日本ゼミナール・新年会開催
 管 啓次郎氏、小池昌代氏講演

以倉会長

開会のことば 以倉会長

金井雄二・新井啓子両氏

司会 金井雄二、新井啓子両氏

 1月14日(土)、早稲田奉仕園スコットホール(講堂)にて、東日本ゼミナールおよび新年会が開催された。参加者は、67名。ゼミナールの進行役は金井雄二、新井啓子の両氏が担当。初めに以倉紘平会長から新年にふさわしい挨拶があった。今年の講演は管啓次郎氏と小池昌代氏の二本立てで、昨年同様八名の詩人たちによる朗読も行われた。まず浜江順子より管啓次郎氏の紹介がされた。詩人として内外で活躍する菅氏のテーマは「動物のいのちとリワイルディング」(再野生化)」。動物たちは絶滅の危機に「これでいいのか!」と、無言で訴えていると聞くと、思わず胸が詰まる。詩人としては、言葉を駆使することにより言語の方から動物保護に働きかけていくことが大切と締めくくった。第一部の詩の朗読は、伊藤悠子、浜江順子、黒崎立体、川中子義勝と、充実した朗読が続く。もう一つの講演、小池昌代氏は杉本真維子理事より紹介があった。小池氏のテーマは「サネトモさん」。源実朝の実像とその和歌をみずみずしい感性で講演された。実朝の歌には、「風景に心がのっている」とのその深い考察がいつまでも心に残った。「実朝は立ち姿が孤独である」との言及は、二十八歳で暗殺される彼の生涯、和歌とも重なるのだろう。続く草野早苗、田村雅之、瀬崎 祐、石田瑞穂の朗読も聞き応えがあった。閉会のことばはゼミ担当理事の杉本真維子。ゼミナールは多くの拍手の中、成功裏に終了した。
 新年会はリバティホール。新延理事長の開会の言葉、狩野敏也氏らの挨拶、財部鳥子氏による乾盃の音頭に続き、服部 剛、峯澤典子の司会で、坂本登美氏のハーモニカ演奏などを交えて、楽しい会となった。閉会のことばは副理事長の田村雅之。(報告・浜江順子)


 

「サネトモさん」
 小池昌代氏 講演

小池昌代
 源実朝の和歌に興味を持ったのは、『百人一首』がきっかけでした。現代語訳に取り組むなかで、私は恋歌より地味な叙景歌に惹かれていきました。例えば「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木」(権中納言定頼)、「村雨の露のまだひぬ槇の葉に霧たちのぼる秋の夕暮」(寂蓮法師)など。同時に実朝の歌にも強く惹かれるものがありましたが、同じ自然を詠んでも、実朝の和歌には前掲の叙景歌とは違う独特の感触がありました。次は『百人一首』九十三番の実朝の歌です。
 世の中は常にもがもな渚漕ぐ
 あまの小舟の綱手かなしも
 前掲二首の叙景歌は、自然のなかに作者が溶け、ただ客観的風景が全面に広がっている印象を受けます。比べて実朝の歌からは、遠景の小舟を引く漁師を眺めている実朝自身の姿が見えてくる。実朝自身の意識のなかにも、風景を見つめている自分を見る、もう一人の自分という構造があったような気がします。詠われた風景に、実朝の心、そしてその生が薄く乗っているのです。作者の眼差しに重なるようにしてこの歌を読むとき、彼の背中ごしに鎌倉の海が見えてきます。
 そしてその眼には、どこかガラス玉のごとき感触があり、見えているものだけを率直に歌うだけだという、あまりに飾りのないむきだしの心が映っているようです。生きながらにして半ば死んでいる。実朝の歌には情感たっぷりの生のエロスはありません。無常観が芯にあり、運命を丸ごと引き受けるしかない人間独特のゆるぎのなさと哀しみが透けているようです。吉本隆明は『源実朝』のなかで、こうした実朝の歌の姿を「事実の思想」という観点から書きました。
 鎌倉幕府という制度のなかで、一族郎党の陰謀・対立・うち重なる死を目の当たりにしながら、実朝は遠くない未来に自分もまた、尋常ならざる形で死ぬであろうことを予感していたかもしれない。そういう人間が見つめた風景であり、創った歌であったということです。
 当日の資料には実朝の和歌十首とともに、小島信夫『抱擁家族』に現れた自然描写の一節を掲げました。小島信夫の一節には、内的危機や崩壊を抱えた人間の、一種がらんどうになった心に自然の風物が来襲するさまが描かれています。実朝の自然への眼差しに共通するものを感じたのです。


「動物のいのちからリワイルディングへ」
    管 啓次郎氏 講演

菅啓次郎
 動物は子供のころから好きだった。詩との出会いにも動物が大きく関係していた。中学一年のとき現代国語で、荻原朔太郎の有名な「猫」を読んだ。「おわあ、こんばんは」「おわああ、ここの主人は病気です」そのユーモアに新鮮な驚きを感じ詩に興味を覚えた。言語が語る動物は、もちろん現実の動物とは別の存在だ。けれども生きた動物と神話や物語や詩の中の動物は渾然一体と混じりあって分離することができない。われわれはそれを条件としてヒトになった。
 われわれには動物のことを真剣に考えなくてならない理由がある。現代は野生動物の大絶滅時代だ。過去千年の野生動物たちの激減の原因のすべては、いうまでもなく人間の所業にある。ヒトは他の動物たちに多くを負いつつ過酷な利用を繰り返してきた。動物の体を食材や素材とし、その力を労働に使って。動物たちとの関係において自分たちの存在の意味を考えてきた。だったら周囲の動物種が消えるとき、ヒトは危険なまでにバカになる。
 話は野生動物には限らない。家畜にとって、この世は地獄だ。端的な例が、原発事故後に放置され、また殺処分に遭った動物たち。経済価値を喪失すると同時に、かれらの命はあっさりと奪われた。この状況を考え直そうと、2014年の秋、シンポジウム「動物のいのち」を開催した。14名のアーティストや研究者とともに、個人的な記憶を掘り起こしつつ、動物の生命を考えた。ヒトは他の動物たちに対して優越感と心の負債を同時にもっている。徹底した人間中心主義で生きる自分たちの行動が他の動物たちの命を追いつめていることを、ぼんやり知りつつ、目をつぶり、耳をふさいでいるのだ。
 今なすべきことがあるとしたら、人間世界の自己収縮をめざし、野生の場所を拡大することだろう。オランダに、千頭を超える野生馬の群れが疾走する驚くべき土地がある。ここオーストファールテルスブラッセンで起きているのは、「再野生化」だ。この土地の四季を追った映画『あたらしい野生の地…リワイルディング』(2013年)はオランダ映画市場最大のヒット作となったドキュメンタリー。その作品に字幕をつけ、昨年秋に日本公開に漕ぎつけた。最後に、この映画の予告編をごらんいただきたい。ヒトの歴史の流れを変えようとするここに詩があり、われわれの詩的活動の意義もあると考えている。


 

◆東日本ゼミナール会員出席者
   (2017年1月14日・敬称略)
秋亜綺羅、秋元炯、天野英、以倉絋平、石川厚志、石川瑞穂、大掛史子、小野ちとせ、小山田弘子、柏木勇一、狩野敏也、川中子義勝、北川朱実、草野早苗、草野理恵子、熊沢加代子、黒岩隆、小林登茂子、坂本登美、杉本真維子、鈴木東海子、鈴木豊志夫、鈴木比佐雄、鈴木昌子、鈴木良一、瀬崎祐、曽我貢誠、財部鳥子、田中眞由美、谷口典子、田村雅之、常木みや子、中本道代、新延拳、西野りーあ、布川鴇、秦ひろ子、剛部剛、浜江順子、原詩夏至、春木節子、日原正彦、藤井優子、藤本敦子、細田傅造、水嶋きょうこ、光冨郁埜、峯澤典子、峯尾博子、宮尾壽里子、宮崎亨、宮地智子、望月苑巳、森水陽一郎、山田隆昭、結城文、渡辺めぐみ

懇親会風景

懇親会風景

◇東日本ゼミナール出席者
 会員 57人
 一般 10人
 懇親会出席者
 会員 43人
 一般 6人

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