驚きました。
ぽつりぽつり書いて、詩集を出すのも十何年に一冊がやっと。もうずっと、自分が編集する同人誌「蘭」のほかのどのグループにも加わらず、それも四〇年続けてきてまだ71号というのでは、やはり怠け者。
出無精なのでお目にかかった詩人はほんの僅か、それなのに今回、私の作品をしっかりと読み込んで、その上楽しんでくださる方が何人もいらっしゃることがわかりました。本当にありがたいことです。それに加えて筆無精もあって、多くの方にたびたび失礼をいたしております。お詫びしなければなりません。
今度の詩集『春の謎』の「あとがき」として、「詩とは、実はささやかなものだと思う」で始まる短い文章を書きました。
ずっと昔の一九六一年、当時所属していた「時間」の〈詩壇時評〉にも「詩とはささやかなものだ」というのを書いています。逆説のつもりでしたが、早速「詩学」の詩壇時評で「何か考え違いをしているのではないか」などど正面きって叩かれた記憶があります。今回の詩集の「あとがき」には、なぜか賛意を寄せてくださる方がとても多くて、これにも驚いています。
私は十五年戦争の始まる年に生まれ、その終焉とともに少年期を脱し、いささかひねた世代です。昨年、広島県詩人協会での講演のマクラで〈劣等感からの出発〉という言い方をしましたが、若いころ、私は抽象的、観念的な物言いが全く苦手でした。同年代の誰もが洗礼されたロマンチックな叙情にも、自分の内面を出すことが恥ずかしくて、なじめませんでした。高校生のころ、教師や友人たちと俳句を勉強、二十代初めまで続きました。一級上に鷹羽狩行がいました。
短い俳句では「事」を述べきれず「物」に託して表現します。現代詩を知るに至って、そうした即物主義的な姿勢のまま散文詩を書き始め、以後ずっと、行分けの詩は数えるほどしかありません。第一詩集の題が『物』で、人間は出てこないのかと言われました。散文詩でモノばかり書いた人にフランシス・ポンジュがいますが、私の場合、たびたび季語を入れて、それで人間や風土につながろうとしたのかも知れません。
思想も主張もメッセージもそれ自体が詩ではない。詩は批評だが、批評が詩なのではない。詩は感動だが、感動が即、詩ではない。詩は叙述や説明とは別仕立ての、言語で構築された「魅力的な仮想の空間」に宿る。ずっとそう思ってきました。
昔、詩が文学のすべてだった時代と異なり、現代のポエジーはあらゆる文学芸術、さては商業的分野にまで拡散してしまっています。「詩という形式」の古びたジャンルが片隅に追いやられるのは当然でしょう。
だからこそ、濃厚なポエジーを純粋な形で保持する「言葉の小箱」のような装置は重要な使命を持つ。現代詩は「ささやかな」存在にならざるを得ないでいますが、やはり詩は「なんたっておもしろい」ものであるはず。感動などという、通俗と常識の染み付いた言い方には収まりきらない、一種ミステリアスな魅力、からっと乾いた詩的爽快感。それが大声上げて力まずとも、生きにくいこの世界へのささやかな抵抗、異議申し立てともなる、そんな詩を書きたいと思います。
藤富保男さんから「高垣は眼で歩く」という愉快なコピイを貰いましたが、私の詩は必ずしも写生や写実ではないでしょう。モノをまず眼で見付けて、次にそれを壊して組み立て直すので「仮想の世界」だと思っています。適当にウソッパチも入れています。
世の中には難解な詩もあっていいとは思いますが、外装はなるべく親しみやすいほうがいい、日本語としてできるだけ正確に、明晰を期したいと考えます。私の取り柄と言えば、何十回でも書き直すことでしょうか。実は推敲の過程がいちばん楽しいのです。