会員情報

会員のアンソロジー

会員のアンソロジー26・ 梁瀬和男氏~

 梁瀬 和男 ヤナセ カズヲ

①1926(大正15)12・24②群馬③桐生工業専門学校卒④「軌道」⑤『夏の草』『初期詩篇』『死者の夏』『ベランダの運動靴』評論『高橋元吉の人間』煥乎堂、評論『萩原朔太郎』あさを社。

 マドンナの宝石

五十年前の 私の若い日に
前橋のこども図書館で
毎月一回 詩の朗読会が開かれた
戦災に焼け残った本館は
こども図書館の北側にあって
『月に吠える』や『聖三稜玻璃』などを
暗い書庫に所蔵していた

定刻五時の朗読会のはじめに
いつも「マドンナの宝石」の
間奏曲が流れ その旋律の中で
「郷土望景詩」が読まれ
「雲」の詩が続いた

「マドンナの宝石」は
盗賊 自殺などの事件のオペラだが
間奏曲の旋律は 優しく
それが焼け残った図書館に 流れたのだ
あの夜の時間の 詩と楽曲は
いまも 老齢の私にひびいてくる

 梁瀬 重雄 ヤナセ シゲオ

①1935(昭和10)8・1②埼玉③県立蚕業講習所中退④「地球」⑤『農園の襞』地球社、『田螺の唄』『野辺の唄』土曜美術社出版販売。

 稲荷山古墳

さきたまの里に その名をとどめる
長い年代と奇跡に 助けられ
稲荷山古墳は 今深い眠りより覚め
遠い遥かな 古代の鉄剣は語る

人々はこの里に 男の情熱をもやし
土の香りに生き 土のぬくもりを肌で感じ
赤トンボの高く舞う 夕映えの空に手を合せ
沼に飛来する小鳥の影を見ながら
古代の人達はロマンを夢見て生きていた

稲荷山古墳の主は だれであったか知らぬ
武蔵野はまだ 自然そのものだった
「武人」の彼は 馬にまたがり
だだっぴろい 原野をかけめぐった

西の大和政権と 隣の上野の国の政治を案じ
鉄剣と共に 埋葬された時
小針沼のハスの種も長い眠りについたという
金石文の ナゾが解ける時
ハスの不思議さも 太古の大空を語るだろう

 八尋 舜右 ヤヒロ シュンスケ

①1935(昭和10)11・30②平壌③早稲田大学文学部国文学科卒④「火牛」⑤『領事館の虫』花神社。

 魂迎え

 七夕や星のかずほど未帰還兵
戦は始まって久しく
ぼくの人生は始まったばかりだった
あのころ 一枚の紙が届くたびに
父や兄が門口から剥ぎとられ
母は痩せた竃の前でささくれた火を叩いた
内気な少年でさえ魂が帝国の髭に引っ張られ
抜きそびれた乳歯から
驢馬一頭分の感情が嘶きながら出ていった
 敗戦の空消えゆきし伝書鳩
それにしても
丘の陣地で砲身を水枕のように抱え
夜ごと蜉蝣のように揺れていたあの新兵は
迷わず故郷の村に帰り着いたろうか
祖霊の墓地に空の骨壷が埋められた日
悲しみも怨嗟も種芋のように断裁され
飢えた家々の土間に転がされた
おもえば
あの日 一系の根を瞹昧に保存した熱情が
いままた稲熱病菌のように茎を這い上り
性懲りもなく冥府への点呼を繰り返す
 魂迎へてんのうの棲む国にゐて

 山形 一至 ヤマガタ カズヨシ

①1935(昭和10)3・10②秋田③秋田短期大学商経科卒④「日本海詩人」「密造者」⑤『断崖の群』秋田文化出版、『裸の海』思潮社、『種子幻影』秋田文化出版。

 切手浪漫

切手には 愛の発信があった
記念切手を集め ときには使った
あの執着は遠のいている

私がいま切手帳で探しているのが見返り美人
確かに一枚有った筈なのに見当たらない
一九四八年 戦後初めての記念切手
どうやって手に入れたのか定かではないが
それが「見返り美人」だった
モノクロ調 図柄は菱川師宣筆による浮世絵
額面 五円
あの頃は 熱中するものがあった

歴史は大きく動いた
ふとあの(ひと)の白い(はぎ)を思い浮かべた
独り占めする愛ではなかった
共有する愛であった
世間には 温かいものがあったのだ

いにしえの 見返り美人は何処へ
街にでて探して 出会えるだろうか

 山川 公恵 ヤマカワ キミエ

①1947(昭和22)5・30②岡山③天理高校卒④「火片」⑤『ゆっくりでいい』

 しつけ糸

あんたがおなかに来た時でねえ
とうとう着ずじまい
しつけ糸をほどきながら 呟くと
膝を抱えていた娘が 正座した

一度着たいな お振り袖
腕に袂を掛ける私をまっすぐ見つめて
うん 着るといいよ 貸してあげる
娘はからだじゅうでほほえむ

俯けば更に滲み入る視線
幸せだった? 二十歳の時
黙ったまま 糸をひっぱると
娘の呼吸が指にするりと絡み付く

うんうんと頷いて 顔をあげれば
日だまりのように娘は坐っていて
そのくせ光る微粒子に紛れて遠去かっていく
幾筋もの細い糸の端を私に握らせて__

 山岸 哲夫 ヤマギシ テツオ

①1947(昭和22)3・21②石川③明治学院大学文学部英文科卒④「GANYMEDE」「ゆりかもめ」⑤『景キョンボックン福宮の空』新風舎、『かもめ・チャイカ』土曜美術社出版販売、『賑やかな植木』潮流出版社。

 マニト*店で

マニト*店で卓の下に足を伸ばして私の足と触
れていた
バスの二人席に乗って腰が触れ合った
彼女がクリスマスカードを送る気になってく
れた
クリスマスPresent にライターを購ってくれ
ると言った時、
「ライターを男の人に贈るのって特別な意味
があるのよ、故国(くに)では」って言われても、
俺は「そうだろうけど、ミキョン*のこころは凍っ
ているからね」と、素っ気なく言ってのけた
焼肉店を出る頃、アルコールの効いた彼女の
心ははや私を離れていた
次なる目的地へと後輩達の待つ店へと跳んで
 行った
彼女の後ろ髪と首筋に触ったのすら束の間の
 出来事で(酔っていたのか)
今もよう思い出せない

*韓国語の表記はカタカナにして*印を付けています。

 山口 賀代子 ヤマグチ カヨコ

①1945(昭和20)12・18②京都③立命館大学中退④「左庭」「続左岸」⑤『離世』砂子屋書房、『おいしい水』思潮社、『海市』砂子屋書房。

 臨終

あの日 離れの二階で本をよんでいると
低い声で母屋から母がよびにきた
薄暗い階段の影で母は自然なようすでそのこ
 とをつげ
とうとう来たのだとおもいやっとだとおもう
ほんの数時間まえまで緑色の汁を吐き
息も 体内にあるすべてのものを吐くだけの
 器官と化した咽喉が
ごろごろと鳴り祖母は苦しさに顔をゆがめ
断末魔の声をあげる
とてつもなくながい時間がすぎ
ああやっとこれで終わりかとおもうとまた息
 を吸いあげ蘇る
そんな地獄を何か月も繰り返していたひとが
おだやかな顔でねむっている
ねむっているようにみえる
ながい苦しみから逃れたひとの唇に水をふく
 ませ
おもう 死ぬことがしあわせとおもえるとき
 もあるのだと

 山佐木 進 ヤマサキ ススム

①1943(昭和18)②千葉⑤『風土記』草原舎、『ラビリンスの雨』抒情文芸、『絵馬』ワニ・プロダクション。

 習

沼の出口の 街境いの川
その橋の下で
だれかがトランペットの練習をしている
葦の葉群が
夕陽の濡れ髪になって
身をかしがせながら
聴いている

ときおり魚がとびはね
冗談ごとのように
水音をたてた

ふりむきざまに
感嘆符になって
くちびるに貼りついてきた
桜の花びら いちまい

黙っててくださいね

 山崎 広光 ヤマザキ ヒロミツ

①1950(昭和25)12・7②長野③名古屋大学大学院文学研究科④「午後」「PO」⑤『街・物語』沖積舎、『少女とえんぴつとことば』竹林館。

 終わる夏

終わる夏の残るにおいと
晩い光のすじをひいて触れてくる風
土産物屋の少女はあわく日焼けして
遠い空に風鈴の音がまぎれてゆく
人生にはひとときの休息が必要だ
そこでは世界が感じられる
神様がではない、人の欲の
権力を持った者の欲の代名詞である神様が
ではなく、静かに泌みる溜め息が感じられる
それは神様の祭壇に捧げる生け贄の溜め息
ではない、汚れのない者を犠牲にして
その悲しみが生み出す憎悪を利用するのは
いつでも権力を握った者らだ、そうではなく
短い夏の一瞬をはげしく震わせる蟬のように
この世界を心ゆくまで生きようとするもの
そうしたものたちの祈りに満ちた溜め息が
おさえてもおさえきれない湧き水として
地上に泌み出してくる夏の終わり
そうやって世界を感じる休息のとき
心のなかの祭壇を取り去り、神様を捨て
やがて日常へ戻るバスに私は乗り込む

 山路 豊子 ヤマジ トヨコ

①1938(昭和13)8・10②三重③金城学院短期大学卒④「地球」⑤『きつね』『蜜柑色の鶴』『波立つ鏡』『猫の午睡』『箱の中の日常』地球社。

 発信

二四三九年に到達予定
仮に何ものかが直ちに返信した場合
二八七〇年に地球に届くと言う

二〇〇八年二月五日 米航空宇宙局は
スペインの巨大パラボナアンテナから
ビートルズのアクロス・ザ・ユニヴァースを
無人探査機と交信するための施設より
四三一光年の距離北極星にビーム送信した

アクロス・ザ・ユニヴァースは
「何もわたしの世界を変えはしない」
故ジョン・レノンの瞑想的な曲だ
「よくやった! 宇宙人によろしく」と
ポール・マッカートニーはNASAに寄せた
電波に変換された曲は宇宙へ

返信がありやなしやの遠い距離
わたしの寿命の何倍も何倍ものところ
ただ驚きは きっと
ジョンの歌声は忘れられないだろうこと

 山田 安紀子 ヤマダ アキコ

①1928(昭和3)6・8②静岡③静岡高女卒④「穗」⑤『風はしらぬという』『夕景』書肆青樹社。

 真向勝負(囲碁連作7)

冬の夜は闇を打つ風の音にたじろぎ 炬燵へ
身を預け棋書など開く 注がれる温みの心地
よさに文字がうすれ はや夢見ごこち 眠り
の中では滑らかに石が運ばれ ひとときの至
福に浸る

拳を開き石を盤上に置く 奇数か偶数か不明
のまま添う縁の数値 ハネもノゾキもそれな
りの妥協のはずが いつの間にか乱戦に追わ
れ 過ぎてから見える巧みな手筋

  鉄棒を軸に大車輪のあと宙にとぶ
  くるくる回転してもどる
  上下に舞う身軽さ
  規定の技をこなし すっくと着地する

綱の上を渡り歩くような真向勝負と勝手読み
のわたしの人生 取りこぼした要石の数に 
完璧なことなどありはしないなどと居直るか
ら ヨセに入っても不要な石を抱えて 重た
さに身動きが出来ないでいるのだ

 山田 英子 ヤマダ エイコ

①1936(昭和11)4・18②京都③京都教育大学国文学科卒④「楽市」⑤『火の見』詩学社、『やすらい花』『夜のとばりの烏丸通』思潮社、エッセー集『べんがら格子の向こう側―京都町なか草子』淡交社。

 石上布留(いそのかみふるい)神社

東寺裏の迷路 目立たない陰気な社に入る
「渡辺綱、羅生門に金札を建てしとき
 ここに馬をつなげば大いにふるえ……」
ゆえに名としたとか 実は空海の実家だった
阿刀家の斎壇向こうには 暗い洞窟が広がり
古井戸が口を開けている

世を一つ隔てた白装束の男が無言で立つ
笑み浮かべ 護摩木をすすめるのは
過去のわたしを知る女だった
思わぬ四文字書いて裏返し立ち去るわたしに
「名前を書かはらんとあきませんえ」
呼び止める空海の子孫は饒舌

いま会いたいという詩人を見舞う
わたしの懸念を見透かしてか夫人が言われた
「きれいな顔してますよ」
握手はしたけれど 世を一つ隔てるさみしさ
かつて死を歌った 詩人は無口でうなだれる
絶え間ない冗談 笑いを発砲する夫人
部屋の窓外には螢 飛び交う川が流れている

 山田 輝久子 ヤマダ キクコ

①1933(昭和8)7・31②岡山③東京女子大学短期部英語科卒④「黄薔薇」「どぅるかまら」⑤『砂塵』思潮社。

 籠目

母恋しと姉君を困らせたスサノオに似て
いもうとは波頭をわたしにぶつけ
夫恋(つまごい)のしぶきをあげつづける
なぜどうしてなんの咎であの人は

病魔にさいなまれて逝ったのか
いもうとよ見えてくるではないか
わたしたちを取り囲む巨大な籠が
問いは籠目をしたたり落ち地を流れる

籠の謀略を阻止できないのは
誰のせいでも過ちでもないと
籠目に残る湯葉ようのものを
口にすると激辛い悲の味がする

いもうとの背を撫でながら
わたしもむなしく問うている
億万の時を重ねてもまだ馴染めない
臓腑よじれるえぐい滋味について

 山田 隆昭 ヤマダ タカアキ

①1949(昭和24)1・9②東京③大正大学仏教学部卒④「地平線」「花」「展」⑤『うしろめた屋』土曜美術社出版販売、『座敷牢』思潮社。

 雨漏りの夜

屋根が破れているわけではない
ごくわずかな瓦のずれ
そこから気まぐれに侵入する雨

ひたいに一滴
また一滴と落としてゆく刑罰に似て
規則正しい水の音が
生と死の襞を織る

屋根裏に棲むおびただしい
祖先と末裔たちがヒソヒソと
今日といういちにちを生きながらえた
やもりについて噂する

少年のなかに満ちてくる水は 波立ち
柔らかな皮膚の裂け目から
溢れ出ようとしている

天井にじわりとひろがる染みは母の貌となり
哀しみと喜びの涙を落としはじめる

 山田 直 ヤマダ タダシ

①1928(昭和3)8・14②群馬③慶応義塾大学大学院文学研究科博士課程④「日本未来派」⑤『百貨店』思潮社、『公案』土曜美術社出版販売。

 夜の肌

夜の肌のぬめりが降りてくる
明るすぎるのに気づく
螢光スタンドはここで消すところか

下の居留地の路地から
消音装置をつけたざわめきが
倒立したまま昇ってくる

ここでコローニュの聖水か
またはニースのごつい裏山の
ばら園の蒸溜器から滴ってくる

ぼくの好みの匂いが寄り添えば
この空間と時間とは完成するのだが
ぼくのドラマは日常の虚を衝いて訪れる
身構える暇もなくでき上っていたこの水槽に
裸のまま呑みこまれ 閉じこめられる

アカリオムを満たした透明な夜の肌と
呼吸を止めた時間と
個だけとなっていたこのぼくと

 山田 ひさ子 ヤマダ ヒサコ

①1939(昭和14)11・14②千葉③成田高校卒④「詩のレモンの会」「光芒」⑤『春いろ』『はつ夏』『ミスミ&サイコ』草原舎。

 せつない

――ふいに逝ってしまった友よ
哭いている風は せつないか
流れている水は せつないか
夕ぐれの猫は せつないか
あなたはまさに せつないか
わたしはいっそう せつない

ゆく雲は せつなく
立っている木は せつなく
飛ぶ鳥は せつなく
あなたはすでに せつなく
わたしはさらに せつない

あなたの庭は あかるくせつない
あなたの花は しだれてせつない
あなたのへやは あふれてせつない
あなたはもはや ふかくせつない
わたしはせつせつと ひたすらせつない

 山田 玲子 ヤマダ レイコ

①1933(昭和8)4・17②兵庫③大阪大学大学院文学修士(英文学)④「沈黙」⑤『ひきわたすもの』詩学社、『シェイクスピア演習リポート』弓書房。

 合歓(ねむ)の花

「それでも今がはな(、、)なのよ」
年長の女の人はわたしに言った 笑顔で
あれはいくつくらいの時だったかしら

合歓の木は
夜その葉を閉じて
眠っているようだ

夏に花ひらく
合歓の花
昼間は葉をひらき
木はすべて輝いて
すばらしい

わたしはいま本当に年とって
あの若い日よりなんと憧れることだろう
紅く咲く合歓の花に

 山中 以都子 ヤマナカ イツコ

①1944(昭和19)1・18②愛知④「山脈」⑤『訣れまで』不動工房、『赤い糸』『雪、ひとひらの』山脈文庫、『水奏』砂子屋書房。

 伊吹山

電車が、橋のなかほどにさしかかると、決
まって、窓の外に目をやった。赤い、ちいさ
な路面電車、一輛きりの。学校の往き帰り、
そこから眺める伊吹山が好きだった。はる、
なつ、あき――、伊吹は、それぞれの美しさ
をみせてくれたが、とりわけ、全身真っ白な
雪に蔽われた冬の姿には、息をのんだ。光の
悦び、雲の嘆き、風の怒り、をつぶさに見極
め、たじろぐことなく受けとめて、しかもな
お、山肌は、冴え冴えとどこまでも、白……。
十五歳のわたしが、白という色の罪深さを、
はじめて知った時だった。

 山中 真知子 ヤマナカ マチコ

①1953(昭和28)3・11②島根③大東文化大学大学院文学部日文専攻修士課程修了④「gu i」「地球」⑤『どうぞあの初めのアリアを』『TORSO』『眠りの劇場』『詩の余白』ワニ・プロダクション。

 海洋民族2008

船出せぬ船 二十万隻
アンビバレンス列島に
汽笛の雄叫び

アキバに殺傷男あらくれ
シブヤに刃物女あらわれ
幾千年来 海はあらなみ
竹島が独島なら
残りの島々は 本日国か
明日への希望を失い
防風林難民一揆の暮らし
漁師は海に向かって夢の投網
農夫はカモクな土に言葉を求めて品種改良
ネット民はそよ風に化学記号を備える
朝な夕なの海浜では
折込み広告なみな 巨大クラゲが踊り
知らず知らず自治区とよばれるフリル列島

太古の
真っ暗な海から
生霊死霊が点滅する

 山之内 まつ子 ヤマノウチ マツコ

①1950(昭和25)3・10②鹿児島③共立女子大学文芸学部卒④「幽ゆう」「禾のぎ」「現代詩図鑑」⑤『卑弥呼』『木の時間』『小匙1/2の空』ジャプラン。

 ぷあ ぷあ

一昨日が 上流に殴られていた
 昨日が 中流に?れていた
 今日が 下流で遊んでいた
 明日は どこにもいないかもな
川の話じゃないぜ

「詩」の殺し方を知ってるかい?
 爬虫脳の得意なおふざけしだいさ
「死」の殺し方も知ってるかい?
 子持ちの巫女さんでも
 ニーチェでも教えてくれるさ

人込みで地獄をもらったことがあるよ

(合せ鏡は黙るだろうな)
(きみの背中から割れつづけるだろうな)

ずっと下流であそんでるかって?
「詩」と「死」をあそんでるかって?
とりあえず素泊まりするよ
社会の妥協点でな

 山村 信男 ヤマムラ ノブオ

①1933(昭和8)2・10②京都③立命館大学理工学部機械工学科卒⑤『重い母』『木馬道』文童社、『風神雷神図』私家版。

 バランス

見えている一日を苦もなくやり過ごし
所在無げにぼんやり疲れて
畳目に(かお)をおとしていると微かに揺らぎが
からだの内側の支点を軸に
シンメトリカルなものが右に左に
いったん揺れはじめると
堪え性も無く増幅のきざし
あっ傾ぐ 傾ぐなぁ――
鬱へ沈みこむように
はたまた躁へはね上るように
あとは弥次郎兵衛よろしくぎっこんばったん
誰だあ勝手に俺を揺すってる奴は――
尖った声をたてるとぎーっこんばーったん
おや怒鳴られたはずみで時のリズムが調子を
 おとしたね
この機を潮に丹田に力をこめ上体を伸ばす
はたして嘘のように()ぎの常態が戻って
畳目から(かお)を上げると
明日の往還が今日と相似たかたちながらすっ
 と見通せて
その裾野が切ないばかりに赤く染まっている

 やまもと あきこ ヤマモト アキコ

①1928(昭和3)10・9②石川④「北の人」「石川詩人」「赤門文学」「驢馬」を経て現在「火牛」⑤『羊は一列に』『雪豹』花梨社、『通過者』思潮社。

 鳥語集 2 オウム

深夜 海底から電話がかかる
かけてきた相手からの呼びかけはなく
まずロックのはげしいリズムが
耳殻になだれ込む
(多分 当直で(おか)にあがれなかった内気な
異国の若い船員が
そこに立っているのだろう)
船底のギャレーで調理中なのか
野菜を刻む音
それが壁にぶつけられて
とび散る音 しぶく水量
刃ものが触れ合って金属音が波立つ
――やがてエンドレステープのように
疳高い声がリフレーンする
「ボク サミシイデス」
「今夜ハ一緒ニ起キテイテクダサイ」

あれはヒトの声ではない
青年の肩に止っている
オウムの声だ

 山本 衞 ヤマモト エイ

①1933(昭和8)3・10②高知④「OおNんLる」「地球」「叢生」⑤『石臼』学校共済組合、『午後の夏』『母と子のうた』詩学社、『くぎをぬいている』風濤社、『讃河』コールサック社。

 虻

なんともでぶっちょな体型に
不釣り合いな小っぽけな羽根
力学的にはどう考えても飛ぶことは不可能
なのだという
それでもアブは飛ぶ
軽やかに目にもとまらぬ速さで

わけは一つ
親の飛ぶのをみて育ったからだそうな
そういえばボクも口移しでたたき込まれた
背負うこと 与えること……

でも どこか ちぐはぐ
目の位置も 胸のすわり心地も

今にして思うのだ
重荷なら他人に預け
蜜ならたっぷりと自腹を満たし
黄金色の花粉にまみれ 高く 高く
翔べる術をこそ教わっていたなら
……と

 山本 かずこ ヤマモト カズコ

①1952(昭和27)1・6②高知⑤『渡月橋まで』『いちどにどこにでも』ミッドナイト・プレス。

 (自然)

 すこしずつすこしずつ山の端の向こうへと
太陽は逝ってしまう。私は途中までで光りを
追いかけるのをやめた。放棄してしまう。一
日が死んでゆくその過程。そして私も。それ
は、傲慢な態度と言えるかもしれない。黙っ
て眺めていた。何もしないで。
 あの鳥にしたところで飛びながら、すこし
ずつ死んでいる。死んでしまうまで飛び続け
る。
 そして、私たちはこれからも朝陽を見るこ
とはないだろう。それはほとんど確かなこと
だろう。それならば、夕陽でいい。夕陽がい
いわ、と私は言う。
 こうして湖のほとりでぼんやりとしている
うちに、あなたとの関係もまた、少しずつ死
んでいくのだろう。それを口にしたことはな
い。口にすれば加速度がつくように思えてき
て、恐いのだ。私にも恐いものがまだ残って
いるということ。それに驚く。生きているも
のすべてに必ず訪れる死。関係という生き物
もまた、その自然からは逃れられないだろう。
あなたは私の想像の邪魔をしない。夕陽を見
るときあなたは、私の中に入ってこない。

 山本 純子 ヤマモト ジュンコ

①1957(昭和32)1・21②石川③筑波大学・京都教育大学大学院修士④「息のダンス」⑤『豊穣の女神の息子』『あまのがわ』『海の日』花神社。

 大徳寺あたり

青年僧たちは
バスを待つとき
停留所から少し離れ
横一列に並ぶ

網代(あじろ)笠が深いので
道行く大人と
目と目が合わない
犬やこどもとなら目が合う
かもしれない

バスが来て
停留所の人が
みんな乗り込むと
青年僧たちは
縦一列になって乗る

 山本 丞 ヤマモト ジョウ

①1931(昭和6)②北海道③駒沢大学文学部卒④「現代詩研究」、「核」「帆Pan 」⑤『家系のいらだち』思潮社、『朝のいたみ』黄土社、『黄昏ランナー』『外骨さんの墓』花神社。

 日も暮れて

若いケアワーカーの前にきて
品のいい老女が頭を下げた
日も暮れてきたので家に戻ります

同僚の一人がその場を離れ
行く手で彼女を待ち受ける
夜道の一人歩きは危険です
今夜はこちらのお部屋でお休みなさい
彼女はハイと手をつないで引き返す

さすがだね
と用向きで来た彼は感心し
帰る家のない人なのかも
同行のわたしがそう言い足したら
彼は廊下で歩をとめた

いいよなあ あんたには子どもがいて
確かに彼には子どもがいない
でもあんたには老後豊かな資産がある
それを突き放して彼は言う
おれの心はわからんだろう

 山本 聖子 ヤマモト セイコ

①1953(昭和28)②長野③千葉大学卒④「潮流詩派」「流」⑤『砂の祝祭』『社会性の座標』『三年微笑』潮流出版社、『宇宙の舌』コールサック社。

 友引

窓の向こう側を黒い服の一団がいく 赤信号
でとめられた観光バスの 隣の背もたれに所
在なさげに身をうずめていた男が 葬式だ 
と不意につぶやく 今日はないわよ と〈常
識〉を教えてやったが それでも 葬式だ 
と男は不機嫌に繰り返す

年をとったと思いながら一団の来た方を見る
と 十字架の立つ建物 黒には力があるのか
強化ガラスをすり抜け 何にも興味を示さ
ない男の 白いものの混じる横髪を引いたよ
うだ 葬式とは言わないのよ と〈理屈〉を
添えたが 男はどうでもよくなったか 独り
の世界に戻ろうとしている

黒服は〈不吉〉を溜め込んでいるらしく 一
団は信号が変わってもそろりとしか進まない
追い抜くバスの窓越し わたしは気づかれ
ないようちいさく口を尖らせ 今にもあふれ
そうなそれを ひとり分だけ吸い取って 再
び目を閉じた男にそっと吹きかけた

 山本 泰生 ヤマモト タイセイ

①1947(昭和22)2・10②徳島④「兆」⑤『空耳』思潮社、『三本足』書肆青樹社、『声』コールサック社。

 詩編より


もともと流れるものではない
今という一枚の空間 この途方もない集積
通電されると
三十八億年 いのちの歴がひとをして
舟に乗せる


ひと 一皿一皿の人生がある
ちょっとちがう生 だれも知らない
ちょっとなに味


雨はやみませんか
崖や坂はなくなりませんか
旅はまだ終わりになりませんか

 山本 隆子 ヤマモト タカコ

①1937(昭和12)2・13②福岡④「詩人会議」⑤『知っていますか 花も歌うということを』あゆみ出版、『象の門柱』青磁社。

 こどもの時間

そこいらを駆け回っていた男の子が
若草の上で手足をいっぱいに広げ
神妙な顔して仰向けになっている

愛されて育てば 愛を知る人間になる
愛を知る人間が
自分と他者 ふるさとを愛する人になる
ふるさとを愛する心とは
光と風と 人々の生きる心を想う心
いま 見守られている記憶の滋味に
あの子もまた きっと育まれる

空の下
眼のきらきらした幼子に広がる世界を
何者にも侵されない薄緑色の澄んだ時間が
うっとりと流れている

弾けるように再び走り出した子に
「草の上は気持ちよかった?」と聞けば
「ふふ」と鼻に皺を寄せ
「くしゅぐったかった」と答える

 山本 哲也 ヤマモト テツヤ

①1936(昭和11)5・7②福岡③国学院大学文学部卒⑤『夜の旅』思潮社、『連?騒々」母岩社、『冬の光』『静かな家』七月堂、評論集『時という磁場』石風社、『詩が、追いこされていく』西日本新聞社。

 あかるい踏切

(前二連略)
あのあたりから、ここまで
(ここまでとは、どこまでなんだろう
いくつもの路地や学校を通り抜け
通り抜けるたびに
町の隙間は、きみの内面に場所を移したのだ
三角ベースの野っぱらも
空きっ腹も
いまは癌細胞のように散らばっているだけさ
酔っぱらったきみがみている
酒でもふざけない隙間

酔っぱらったきみがみている
大学病院の、はめ殺しの窓
酔っぱらったきみがみている
はめ殺しの内側で、横たわっている男

ことばは、
きみを支えられるだろうか
あかるい踏切のむこうまで

1 2 3 4 5 6 7 27

ページトップへ戻る