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●日時:2012年6月2日(土)13:00開演
●会場:東京・飯田橋 ホテル メトロポリタン エドモント
●第62回H氏賞(廿楽順治氏)・第30回現代詩人賞(杉山平一氏)授賞式
●先達詩人の顕彰:尾花仙朔、辻井喬氏
●講演:藤原新也氏 ほか
*どなたでもご参加いただけます(¥1000・会員は無料)
*終演後どなたでもご参加いただける懇親会があります(会費別途)
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第4回理事会において、名誉会員に日高てる、堀内幸枝の両氏を推薦することが決定されました。本年8月に開催される2012年度総会の承認を経て、正式に決定されます。
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2012年度の「先達詩人」は尾花仙朔氏、辻井喬氏の両氏に決定しました。両氏の略歴と感想を「活動報告」のページに掲載しましたので、ご覧ください。尚、両氏の顕彰は《日本の詩祭》(6月2日実施、東京飯田橋 ホテル メトロポリタン・エドモント)で行われます。

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長谷川龍生と鎗田清太郎両氏の名誉会員への就任が2011年8月20日の通常総会にて決定しました。

私の現在
―名誉会員に推されて―
 
長谷川龍生
 
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名誉会員に推挙されましたことに、厚く御礼を申し上げます。二〇一一年六月十九日に私は、八十三才に成りました。永らく闘病生活をつづけておりましたが、糖尿病の血糖値も一四〇台前後に低下し、脊柱管狭窄症もブロック手術の結果、腰、脚の痛み、しびれから、少しづつ解放されて、元気を回復しております。しかし、過信は禁物でありまして、日常生活を用心深く、過ごしております。三月一一日には東日本震災があり、精神的ショックにより、しばらく歩行困難に陥りましたが、現在は少しづつ解放されて、上半身は大丈夫であります。一日、三五〇〇歩数が限界域でありまして、それを忠実に守り、あとは、すぐに疲労がたまりますので、車を利用しております。もちろん、独り暮しの身の上ですが、近所の住人たち、周りの知人たちに見守られて、幸せな日日を送っておりますが、長生きしようなどとは、思ってはおりません。それよりも、より良く生きるということに専念したいとねがっております。
私の現在は、今まであゆんできた過去を、いっさい否定して、より良い知覚の道を往きたいとねがっております。否定しても、否定しきれない過去が多々ありますが、どうしても否定したい、転換を計りたい、そのことを力業でもって実行したいと言うのが、八三才からの再出発の心意気でしょう。というのは、私が誕生した「昭和という年代」が私自身の存在をふくめて、何んとも言えず、いまわしい環境だったからです。そのような「昭和という年代」が、もう一度、姿、形を変えて、襲ってきているという実相になやまされているわけですが、その国家という正体が、現在になって、やっと判ったからです。どのように判ったか、それは、こんごの私自身の生き方にかかわってくる問題です。より良く生きるということは、個の生活、生活知の掘り下げによって明確になってくるでしょう。生活知、科学知、文明知が迫ってきています。

長谷川龍生氏略歴
私は大阪市の船場にある商家、家業は医療器械商の七人の子供の末っ子、一九二八年(昭和三年)に生まれました。長男である人と私との年令の差は二四才、折柄の昭和恐慌で家運は衰微、果ては倒産、一家離散。幼児である私は自閉症気味の問題児で、怪我が多く、哀れであったそうです。
早くからの文学少年で、小学校を卒業する頃、島崎藤村、佐藤惣之助、深尾須磨子の名を知っておりました。最初に手にとった書物は夏目漱石の「硝子戸の中」、高山樗牛の「滝口入道」でした。熟読しましたが何が何んだか判りません。旧制中学校に偶然に入って、読み直しました。その後、雑読、乱読がつづき、肺浸潤という結核に罹りました。世間は戦時下に入り、寝たり起きたりの空襲下の中で、私は、詩人の小野十三郎の阪南町にある家を訪ねました。
一九四五年、敗戦の年に寄留先を焼け出され、身ひとつでうごめいていましたが、小野十三郎の門下に入り、辛うじて、大阪の文学運動に馴染みはじめました。
一九五四年(昭和二九年)に上京しました。以来、東京区内を転々としていますが、五六年まで、浪人生活をし、あとは就職をして詩的生活に耽りました。いろいろ苦難困難があって、半世紀があっ!というまに過ぎましたが、日本現代詩人会に入会したのも、草野心平と村野四郎のおかげだと、現在でも感謝しております。私の処女作品は「山口線仁保」(一九四五年)、処女詩集は「パウロウの鶴」(昭和三一年)です。
戦後文学をふりかえってみますと、野間宏、安部公房、花田清輝、佐々木基一の姿、顔がとつぜんにうかんできます。文学のおもしろさ、複雑さを教示してくれた先達の人たちです。現代詩の領域では、草野心平、村野四郎、わが生涯の鞭一本、小野十三郎です。ありとあらゆる人生の奥ゆきを伝えてくれました。しかし、八十三才の新しい門出のわらじを揃えているのです。いま。



ご挨拶
鎗田清太郎
 
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このたびは名誉会員に選んでいただき有難う御座居ました。病気の為お役にたてず申訳けありません。
これからも現代詩人会の発展をお祈り致します。

鎗田清太郎氏略歴
一九二四年(大正13年)、東京に生まれる。国学院大学哲学科卒業。
角川書店等で編集者をつとめる。
一九五六年(昭和31年)、『時間』同人。
一九八〇年(昭和55年)、『火牛』創刊。
一九八三年(昭和58年)、日本現代詩人会理事長。
一九九五年(平成7年)、日本現代詩人会会長。
二〇〇六年(平成18年)、「先達詩人」として日本現代詩人会より顕彰される。
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日本よ、泣かないでください
日本よ、立ち上がってください
地震で崩れた地にも花は咲き
津波で倒れた海岸にも鷗は飛びます
2011年3月11日仙台の東沖
巨大なる地震の波
凄まじい勢いで海岸を呑み込み、村を飲み下し
車 と汽車をおもちゃのごとく吸い込んで、原電をも爆発させる
我が愛する父と母
懐かしい友と兄弟たち
そ の数万の尊い命までを一瞬に呑み込んでしまった
大地震の荒波の前で
桜咲く日本の春は忽ち消え失せたが
あ あ、その黒い高波の中に東京の春は音もなく
消えうせたのだが
日本よ、あなたは泣かないでください
日本よ、あなたは立ち上がってください
今世界があなたの涙を流しています
今人類はあなたの涙を拭いています
これは日本の災難ならぬ地球の災難
これは日本の不幸ならぬ世界の不幸
今 こそ失ったものより残ったものを考える時です
国家の躓きを国民のさらなる踏み石とし
真の日本の力を見せる時です
我々の最も恐れることは恐怖心そのものだから
怖がることはありません
不幸だと思うことはありません
運命を愛してこそ不幸は消え去るものです
宇宙の広大さを考えてごらんなさい
宇宙の中の地球がいかにちっぽけなものなのかを
時たま神は人間にパンならぬ石ころを投げるものの
神もある人の不幸の前では呆然となる時があるものです
神は片方の門を開けずに片方の門を閉めないものだから
決して希望を捨ててはなりません
日本は寂しくないのです
日本の忍耐心は他ならぬ人類の忍耐心なのです
生と死との分かれ道でも
秩序を守り、お互いを配慮し合う姿は偉大です
崩 れ落ちた道路でも信号に従い道を渡るあなたは美しいのです
一 本のミネラル・ウォーターを得るために数百メートルの列をも辞さないあなたも偉大です
あなたたちの落ち着きぶりと秩序意識
あなたたちの他人を愛し、配慮する心が
再び日本を立ち上がらせるはずだから
ビルの上に乗っかった旅客船が再び青い海へ戻り
爆発した原電が再び安全に電気を送り
あなたは以前のように地下鉄の中で日常を楽しみながら出勤できるはずだから
日本列島よ、泣かないでください
日本列島よ、希望の力で立ち上がり、
またも国民の心と心とを繋ぎ合わせ
平和の新幹線を走らせてください


2011・3・17
韓国新聞『中央日報』に掲載。
(林容澤 訳 仁荷大学教授。萩原朔太郎の研究者で、ハングルで詩集『月に吠える』を翻訳。)

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