HOME > 日本現代詩人会とは > 成り立ち・歴史 > H氏賞事件 ――その経過と結果

一九五九(昭和三四)年度第九回H氏賞選考にあたって、会員八七名にアンケートによる詩集推薦を求めたところ、五五通の回答があって、二二冊の詩集が候補になった。これは一票以上の推薦のあったものすべてである。次にこれにもとづく第一回の選考会が四月二日、神田・トミーグリルで開かれた。選考委員は幹事一五名であったが、安西均が病気で欠席したので、一四名が出席した。会ではまず、この日の選考委員会招集の葉書の文面が、問題になった。
この葉書の文面は、事務担当の木原孝一副幹事長が作成し、会名のゴム印を捺して発送したものである。ところが、そこには特定の三詩集名が記されていた。すなわち、「アンケートによる有力候補」として、吉岡実、安水稔和、茨木のり子の順で、ペン字横書き三段に記載されていた。
これに対して村野四郎が木原孝一に向かい、「招集状に三名だけ特記したことは、選考委員に先入観念を与えることにもなり、選挙運動と受け取られる恐れがある。そういう誤解を受ける行為は、事務局としてつつしむべきではなかったか」と発言した。これに対して木原副幹事長は、「自分の意図としては、事務能率上の便宜をはかるつもりだったのだが、誤解される恐れがあるとすれば、事務局として手続きを誤まった」と釈明し、幹事全員これを諒承した。
次に、事務局が持参したアンケート回答紙を全員の前に公開し、土橋治重副幹事長が一枚一枚読み上げた。それを上林猷夫、三好豊一郎が集計し、全員で確認した。それによると高点順に、吉岡実、茨木のり子、安水稔和、北川多喜、以下二二名の詩集であった。そこで、得票一票のみの九詩集をけずり、一三冊を候補詩集として次回の選考にかけることとして、その日は散会した。
第二回選考委員会は、四月六日夜、同じくトミーグリルで開かれた。この席上で西脇順三郎幹事長が、幹事長宛の匿名の投書が三通あったと発言し、全文を朗読した。
第一回の投書は、四月一日朝(第一回選考委員会の前日の朝)西脇宅に届き、差出人は「一幹事」とのみ記されていた。第二回の投書は、四月二日(第一回選考委員会の当日)午前八時――一二時受付の速達封書で、選考会場のトミーグリルに届いた。宛名は、「西脇順三郎様、他幹事御一同様」、差出し人名は「一幹事」であった。
「第一の投書」の全文は、次の通りである。
前略 H氏賞選考委員会通知の中で、アンケートによる有力候補として三人だけが挙げられてありますが、このアンケートからこの結果を出すにつき西脇幹事長は、その現場におられたのでしょうか。
もし副幹事長任せでしたら選考会の席上に、アンケートのハガキを全部持参させ、公開の場であらためて有力候補を決めるべきであると思います。
幹事長最後のお仕事として公正な責任を以て選考を遂行させる事をお願いいたします。もしもこれを実行なさらない場合は新聞にて真相を発表いたすことを附記します。
「第二の投書」は、前述の通り、第一回選考委員会の当日に、事前に会場に届いたもので、その文面の趣旨は、「第一の投書」とほぼ同様のものであった。
ところが、「第三の投書」は、第二回選考委員会(四月六日)の二日前に、西脇幹事長宅に届いたものであった。その文面の趣旨は、第一回選考委員会で、自分の投書が公開されなかったことを非難するものだった。すなわち、「これを発表しないことは、幹事長の越権であり怠慢であり握り潰しの醜怪行為であります」と述べていた。そして、「次回の六日には、幹事長が会場にあの封書を必ず持参し開会前に公表して戴かねばなりません」とつづけ、ここでも「新聞などに書く」かもしれません、と結んでいた。
既述のように、問題の招集葉書の文面については、第一回の選考委員会で村野四郎の指摘があり、文責者の木原孝一副幹事長が釈明(陳謝ととってもいい)している。また、アンケートの回答状全部を公開の席で再集計し、一三冊の候補詩集を決定したのだから、事は決着していると考えても不思議はない。それ故に、西脇幹事長は、事をむし返すような、投書の公開を見合せたのであろう。しかし、「第三の投書」では、投書の未公開そのものを問題とし、「新聞に書く」とまで言っているのだから、西脇幹事長としても投書のすべてを公開せざるを得なくなったのだと考えられる。
そこで、再び木原副幹事長が、「アンケートの集計に公正を欠いた疑いがある」、あるいは「手続き上に間違いがあった」ものとして、最初からやり直すべきかどうかを、全員に諮った。これに対して、「アンケートの集計は公正に行なわれた。このまま選考を続行すべきだ」と決議されたので、選考続行に決まった。
こうして選考が進められ、最終の無記名単記投票の結果、吉岡実詩集『僧侶』七票、北川多喜詩集『愛』五票、『吉本隆明詩集』一票で、吉岡実の第九回H氏賞受賞が決定した
しかし、H氏賞問題は、これで完全決着したわけではなかった。思わぬところから問題が再燃し、詩人間の暗闘という相貌をも呈するにいたった。
まず、この年から雑誌「詩学」に、H氏賞についてのすべてを、発表することになっていた。それはH氏賞を、より広く社会的に知らしめる目的からだった。そして、「詩学」五月号に、「選考経過」と各選考委員の「選評」が掲載された。この「選評」を執筆したのは選考委員十四名中八名であった。すなわち、安藤一郎、緒方昇、上林猷夫、北川冬彦、高橋新吉、土橋治重、村野四郎、長島三芳である。はしなくも、この「選評」によって、誰が誰を推したかが明白になった。そこから、「謎の投書主」は、問題の葉書に記された三名(吉岡実、安水稔和、茨木のり子)以外の者を推した選考委員の中にいる。最終投票で北川多喜『愛』に投票した者の中にいる、という臆測が生まれた。ここから選考委員(幹事)相互の間に疑心暗鬼が生じ、詩壇ジャーナリズムも、確たる根拠もなしに、おもしろおかしく推測記事を流すようになった。
一九五九(昭和三四)年四月一九日、定時総会で幹事改選が行なわれ、次の人々が新役員に選出された。幹事長北川冬彦、副幹事長土橋治重、同三好豊一郎、幹事安藤一郎、安西均、上林猷夫、木原孝一、笹澤美明、佐川英三、高橋新吉、壼井繁治、長島三芳、西脇順三郎、村野四郎、山本太郎(伊藤信吉、草野心平は辞退)。
新幹事会では、「投書の件はなかったものとして、水に流し、会の発展のために建設的な方向に進もう」ということで、意見の一致を見た。
ところが、吉岡実へのH氏賞授賞式をかねた「五月の詩祭」当日の五月二七日付「朝日新聞」朝刊に、またH氏賞事件に関する記事が載った。それは学芸欄のコラム「素描」に書かれたものだが、内部の者でなくては知りえない事実が書かれていた。またそこには事件発端の責任者たる木原孝一編集の「詩学」の匿名時評が、投書者を非難しているのは「木原の居直りだ」と反発する動きも出ていることなども、伝えていた。
調べてみると、この記事は、朝日新聞社学芸部宛に来た「一幹事より」という匿名の投書にもとづいて書かれたものであることが判明した。また、産経新聞にも「幹事T」よりとした匿名投書が来たことも明らかになった。
日本の代表的マスコミによって、会の内情が報道されたため、波紋が広がった。退会者も出るし、会員に動揺が生じた。そこで村野四郎幹事から、「こういう事態を生んだこと、事態の混乱を収拾できない責任をとって、幹事は総辞職すべきだ」という提案があった。これに対して、「この件の責任は前幹事会にあり、マスコミ情報も歪められたものだ。むしろ、今後の会の活動によって、前向きに解決すべきだ」という反対意見もあった。しかし、大勢は総辞任に傾いた。
一九五九(昭和三四)年七月二七日、神田・トミーグリルで、臨時総会開催。議長に近藤東、副議長に三好豊一郎を推して、議事に入った。「総辞任不要」の声もあったが、「まず問題の三投書の公開が先決」の動議が出て、三好副議長が朗読した。
幹事総辞任については、「会則第一四条総会」の規定には「役員の選挙」はあるが、「役員辞任の承認」の規定はないので、報告事項とし、事実上承認された。
つづいて新幹事の選出を行なったが、今回の被選挙者には、一九五八―五九(昭和三三―三四)年の幹事経験者は除外することとし、次の一五名が選ばれた。
幹事長近藤東、副幹事長木下常太郎、黒田三郎、幹事大江満雄、扇谷義男、大滝清雄、蔵原伸二郎、桜井勝美、神保光太郎、関根弘、鳥見迅彦、殿内芳樹、福田陸太郎、山本和夫、山中散生(岡本潤、深尾須磨子、藤原定、北園克衛、田中冬二辞退)。
木下副幹事長は、「H氏賞の選考は、幹事会以外の第三者選考委員会をつくって、運営すべきだ」と提案。その趣旨にそって新会則の具体的な成案を急ぐこととなった。
いわゆるH氏賞事件なるものは、幹事会=選考委員会の内部における匿名投書が発端であった。この投書主はついに不明であった。問題は、この人物が名乗る通り、「一幹事」であるなら、なぜその主張を幹事会=選考委員会の席上で述べなかったのであろうか。現に村野四郎は同趣旨の発言をし、木原孝一はじめ出席者全員が、それに賛同していた。事はこれで決着したはずであった。にもかかわらず、投書主はこれを会の外部――マスコミにまで持ち出し、会の名誉を傷つけたのは理解に苦しむ。事件は風化しつつあるが、これに関連して、あらぬ嫌疑をうけ、傷ついた詩人もいた。しかし、最も大きく傷ついたのは、詩人の品性を自ら汚したその投書主自身であったであろう。

 

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