鹿児島県詩人協会では毎年『鹿児島県詩集』を発行している。2011年版は第15集にあたり、55名の参加者があった。
その県詩集収載の作品をテキストとする実践的現代詩セミナーを11月27日に開催した。題して「現代詩セミナーin鹿児島」。参加者は30名。
まず講師の粟津則雄氏に「詩のありか」というテーマで講演していただいた。子供の頃の不思議な出来事、その光景。それはときに異様な赤さの夕焼けであったり、他の人の死の体験の表徴として語られる一羽の鴉であったりもするのだが、まさに人間の原風景というものを具体的に語られ、詩はそこへ接がってゆくものだという認識であった。あるいはそれは、もっと詩へ引きつければ、言語以前の世界へ言語で近接するという行為にも接がってゆくものであろうか。エッセーやメッセージに近いものを単に行分けしさえすれば詩になるというわけではないのである。粟津氏はまたランボーの原詩を読まれ、講演のテーマにも重ねて訳のありようも語られた。。
後半の詩のセミナーには新藤凉子氏にも加わっていただいた。あまり知られてはいないが、新藤凉子氏は鹿児島生まれなのである。
セミナーはまず出席者が自作を朗読し、それをみんなで批評したあと、粟津氏と新藤氏の評をいただくという形で行った。お二人の的確かつ思いやりに満ちた評に出席者全員がうなずくことしきりだった。
もちろん、その講演とセミナーは全体で3時間ほどである。しかし、地方で詩意識を常に高い次元で抱きつづけようとするとき、そのようなセミナーへの参加はとても大切なことのように思う。参加者の中から真の詩人が生まれ出ないとは限らないのである。付け加えれば、もう少し多くの人に参加して欲しかったというのが本音ではある。
さて、この1年、鹿児島からは次の詩集が発信された。
谷山亮詩集『世界は確実に広い』
折多紗知詩集『幼年回想』
進一男詩集『かつて光があった』
茂山忠茂詩集『茂山忠茂詩集』
宇宿一也詩集『賑やかな眠り』
宮田修詩集『雀/いかにもわたしは』
小島遊詩集『どくはきしょうねんこかちす』
山之内まつ子詩集『徒花』
進一男詩集『続続続進一男詩集』
ここで特筆すべきは奄美在住の詩人、進一男氏の詩魂のすさまじさであろう。詩集『かつて光があった』は氏の33冊目の単行詩集であり、『続続続進一男詩集』は氏の4冊目の全詩集である。質量ともに、それは驚くべき詩の結実である。
鹿児島県内で発行されている詩誌には「解纜」「詩創」「刺虫」「水車」「天秤宮」「野路」があり、いずれも順調な発行をつづけている。